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65.更紗とメイドさん

 会議室と呼ぶには少々手狭な一室で、白熱した議論が交わされていた。

 飾り気の無い長机に布を掛けただけのミーティングテーブル、その上座に腰かけた飛炎は彼らの心情に黙って耳を傾けていた。

 

「あそこの森はもともとオラ達の土地だべ! 教会からの委任状だって残ってるだ!」


「その教会の圧政が嫌で貴様らはこの街に逃げてきたんだろうが。だったら街を守る俺たちに土地の一部くらい献上するのは当り前じゃあねえのか、ああ?」


 年老いたオークとワーウルフは唾を飛ばして言い争っている。それに対して口を挟む者はいない。

 限られた会議時間の中で、他種族の諍いに口を挟むより、自分たちの問題を議論したくて仕方が無いのだ。

 誰もが「いいからさっさと終わらせろ」と、議長である飛炎に無言の視線を送っている。

 

 この場に集まっているのは、王国(キングダム)へと庇護を求めて来た者、その思想に賛同した者、そんな様々な亜人種たちの各種族長達である。

 飛炎は鬼人族代表として、またこの街の執政を担うものの代表としてこの場を取り仕切っている。

 

 誰もが(おさ)と呼ばれるに相応しい、立派な髭や深い皺を刻み、少しでも自分たちの種族の利を得ようと牽制し合っている。

 そんな室内に違和感を感じる存在、むしろ異質と言っていいほどの奇妙な人物が一人紛れ込んでいた。

 

 簡素な着物に可愛らしいフリルのあしらわれたエプロンを付けた少女は、盆にのせられた杯を傲岸にふんぞり返るワーウルフの族長へと差し出した。

 

「いつも街の警備有難うございます、ネツワル様。こちらは今朝醸造されたばかりの果実酒でございます。どうぞご賞味ください」


「おう、更紗か。すまんな、丁度喉が渇いてきたところだ」


 会議中に彼女が給仕をするのは通例なのか、誰も更紗の行動は気にも留めず、ワーウルフのネツワルも差し出された酒を一気に呷った。

 

「ほ……う。これは何とも……美味いな!」


「お気に召されましたか?」


「おう、気に入ったとも! これほど美味い酒は初めてだ。戦のあとに呷ればまさに勝利の美酒の冠が相応しかろうよ」


 そう言って杯を掲げて絶賛するネツワルに、更紗は小さく微笑んだ。

 

「それは重畳でございます。ですが残念でございます。こちらの原料となるルベルの実は収穫量が少なく、安定供給が難しい状況なのでございます」


 それを聞いて、先刻までネツワルと言い争っていたオークの族長が驚いて更紗に目を向けると、彼女は彼にだけ見えるようにそっと口元に指を立てて沈黙させた。

 

「むう、まあこれだけの上物であれば仕方がないか……」


「毎日お飲みになりたいですか? 少々お値打ちものではありますが」


「構わん! この酒には一財産と交換するだけの価値がある。実に美味だ。まさに神業と言っても過言じゃあないな」


「……だ、そうですよ。さすがはオーク族秘伝の酒でございますね。ホールディン様」


 更紗は唐突に視線を移すと、ネツワルの向かいに座っていたオーク族長に頭を下げる。

 ネツワルの言葉に密かに口元を緩めながら聞いていたホールディンは、ようやく更紗から沈黙を解かれ、大きすぎる鼻を鳴らしながら胸を張る。

 

「ま、まあそこまで言われっと悪い気はしねえべな……。けんどルベルの実さ栽培するにはそれなりに豊饒な畑が必要だべ。あー、いい土地さえあっだら酒場に並べるくらいの量は用意出来んだけんどもなあ」


 ネツワルは絶賛した酒を、先ほどまで反目していたホールディンが作ったことに気付き、何とも言えない気恥ずかしさに満たされた。

 同時に自分が上手く乗せられたことに気付いて、今度は更紗の祖父である飛炎に怒鳴る。

 

「飛炎、貴様最初から仕組んでやがったな!」


「儂がお主らの持ってくる議題までいちいち事前に把握しとるかい。いつまでも長々と話しとるから孫が勝手に気を利かせただけじゃ」


 一瞬年端も行かぬ少女に嵌められたことに激昂しかけたネツワルは、しかしすぐに思い直した。

 彼が口にしたことはすべて本心であり、事実農耕などしたことが無い自分たちが土地を手に入れたところで大した益にはならない。

 ただ力こそ価値である種族としての誇りと、弱者と侮っていたオークへの嘲りが、彼らと平等であることへの不満として発露されただけだ。

 

 実利をとるか感情を優先させるか、葛藤するネツワルの心にトドメを指すように、去り際に更紗が一言の銃弾を放つ。

 

「そう言えば件の土地はモンスターが頻出するそうですよ。強者であるネツワル様の部隊が直接警備に当たられれば鬼に金棒。オーク族の方々もさぞかしお心強いことだと思います」


 絶妙に承認欲求を満たされたネツワルは、迷いが消えたように豪快に笑う。

 

「がはははは! そう言うことなら任せておけ。我らワーウルフがいる限りモンスターなど一匹も近寄らせん。思う存分この天上の美酒造りに励むといい!」


 最後まで傲慢に笑うネツワルと、それでも褒められて悪い気のしないホールディンが了承の頷きを返すのを横目に、静かに更紗は会議室から退室する。

 

 扉を閉めた更紗はホッと安堵の息を吐いた。

 思惑通りに事が運んだことに対する安堵だった。

 

 同じ亜人と言えども種族が違えば当然思想も価値観も変わってくる。

 今回の場合、利害関係を考えればもともと答えの出ている問題だった。

 誰もがそれは理解していたが、重要なのは誰がその仲裁をするかだった。

 

 王国(キングダム)では全ての種族が平等だと表明しており、誰もが表面上はそう理解してはいても、内心納得できない者もいる。

 

 本来そう言った問題は、いわゆる“大人の対応”で流すものだが、あの場に居る者たちは立場上そういうことに不慣れだった。

 弱肉強食の世界だからこそ虚勢を張り続けなければいけない。

 それは飛炎ですら同様だった。むしろ議長である彼の場合、誰かに肩入れするような発言は絶対に許されない。

 

 そういうとき緩衝材の役目を果たすのに子供である自分は適役だと、誰に言われるまでもなく更紗は理解し、時折ああして口を挟むようになっていた。

 飛炎もそれに気づいており、この顛末を予想してあらかじめホールディンに果実酒を手土産に頼んでおいたのだろう。

 

 そこまで反芻して、

 

「さて、本来のお仕事に戻りましょうか……」


と、顔を上げた先には、祈るようなポーズでうっとりと更紗を見つめるメイド服の女が立っていた。

 腰まで続く金髪はアシンメトリーに右側に結われており、整った顔立ちで天を仰ぐ姿はさぞかし絵になっていただろう。

 なにしろ、絵は喋らないのだから。


「大の大人たちを手玉に取る幼い少女、ああ、なんてアンバランスに素敵でそそるんでしょう……。さすが更紗様です! これはぜひ日記に残して後世に伝えなければいけませんわ」


「わっ、わっ」


 メイド服の女はいきなり更紗を脇から抱きかかえると、まるでダンスのようにくるくると回りながらはしゃぎ始めた。

 

「お、おろしてくださいプライマリィさま……。更紗は子供ですが、乳飲み子ではありませんよ」


「あら、これは大変失礼いたしました。侍従長様。男たちの我欲渦巻く舌戦の場において、優雅且つ楚々として切り伏せていく姿があまりに神々しく、つい我を忘れてはしゃいでしまいましたわ」


 更紗を床に降ろし、メイド服のスカートを摘まみ上げ、恭しく首を垂れる様はさながら幼姫に尽くす女中そのものであった。

 

「それを言うならプライマリィさまの方でしょう。先日出向いたホビットの村で、襲って来た異界人を一瞬で返り討ちにしたお手前は見事な物でした。村の皆様も感謝していましたよ」


「あら、あれは村のためにやった訳ではないのですけれど……。(わたくし)は更紗様がか弱いお姿で果敢に村人を守り、悪人共に立ち向かう姿に心奪われ、些細な助力をしたに過ぎませんわ」


 更紗はその時の情景を思い浮かべ、僅かに身震いした。

 王国(キングダム)は現在も各種族の勧誘を行っているのだが、争いごとを好まないホビット族を刺激しないために、子供でありながら交渉経験のある更紗が僅かな護衛と共に交渉に向かった際の事であった。

 

 そこで運悪く異界人の襲撃を受け、更紗はそれまでの知識と経験を活かし、なんとかホビットの避難誘導に成功はしたが、最後まで残った自分があわやと言う折に、唐突に表れたプライマリィという女に助けられることになった。

 

 各地を安住の地を求めて旅しているという彼女のために、更紗は自分たちの住むノアの街を紹介したところ、二つ返事で承諾された。

 ――――のだが、

 

「別にメイドとして働く必要は無いのでは? プライマリィさまなら戦士として好待遇でお迎えされると思うのですが」


「勝手ながら(わたくし)の力は誰彼のために振るうためのものではありません。命をかけて戦う以上は、それに相応しい方の為にのみ剣を取ると決めておりますので」


 そうして彼女は更紗の護衛兼屋敷のメイドとして働くことを希望した。

 

「それで、肝心の侍従としてのお仕事は済んでのですか?」


「…………てへっ☆」


 着飾れば貴族とも見紛えそうな眉目秀麗な顔で、悪戯っぽく舌を出して誤魔化すプライマリィに、思わす更紗はため息を漏らす。

 心構えこそ立派だが、プライマリィという女はメイドとしてはとても優秀とは言えなかった。

 剣を持てば一騎当千、包丁を持てば料理下手。掃除をすれば物を破壊し、洗濯至っては石鹸の存在すら理解していなかった。

 

 しかしそれでも真面目に一生懸命仕事に取り組む姿は周囲から好感を得ており、少々奔放な言動も気立ての良さと捉えられ、更紗も彼女のそんなところに一定の信頼を寄せ、自身の補佐として色々と教授していた。

 

「はあ。それでは今日は買い出しについてお教えいたしますね。丁度今日は族長の皆さんもいらっしゃって晩餐会を催す予定です。色々と要り様ですから荷物運びも手伝っていただけますか?」


「はい! モチのロンでテンパイでございますわ」


 偶然か意図的か、この二人の出会いは後にこの王国(キングダム)の趨勢を決めることになる重要な分岐点であることは、まだ誰も知らなかった。


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