64.撤退
インペリアルタワーの最上階で、一部始終を俯瞰していたアインスは珍しく表情を曇らせていた。
「今の一撃はボク個人に出来る最大威力の設置型魔法だった。工房化した塔に日々魔力を備蓄し、一斉に放出する広域殲滅魔法。ちなみに今のは三か月分の威力だ。ガーデンの一区画くらいは吹っ飛ばせる」
僅かな沈黙の後、背後に控えていたロゼはそれが問いであることに気付き、恭しく答える。
「防いだのは腐食魔法の一種ですね。それも上位魔人のみが使える非常に高位のものでした。はてさて、何故ただのプレイヤーである彼にそれが使えたのでしょうね」
「理由はあとで調べればいい。今はあれをどう処理すればいいかが問題だよ」
先ほどの設置魔法はガーデンの一部と、多くのプレイヤーの犠牲を承知の上での一撃だった。
予定通りの効力を見せていれば、プレイヤーの反発を招き、ゲーム内における彼のレームダックを引き起こしかねない覚悟を持った上での行動だったが、それすら呆気なく無力化された。
「ネームレス……。あれはただのプレイヤーじゃない。彼を地下に落としてから五日以上経っているけど、その間一度もログアウトしていないことは把握してる」
ゲームにログインした際のスタート地点、及びデッド時のリスポーン地点となるゲートは、インペリアルタワーの一階に設置されている。と、言うよりはスタート地点の上にタワーが建築された。
全てのプレイヤーが必ず利用しなければならないこのゲートを管理していることは、彼らの生殺与奪を握っているに他ならない。
問題行動を起こすものはリスポーンキルを繰り返すことで、実質的にプレイ不可能に追い込むことでBANと同意義の効果を生み出すからだ。
インペリアルがアポカリプスの実質的運営陣と見なされている大きな要因の一つである。
「現実時間で二日近く、彼はログインしっぱなしと言うことだよ。その程度なら無理をすれば不可能じゃないけど、調べた限り彼は数か月はガーデンから行方をくらましていたらしい」
「特殊な例ではありますが、アインスはその実例をすでにご存じでは?」
「確かにね。けどあのネームレス君からは『彼女』のような狂気は感じられない。とてもナチュラルに、むしろ最初からこの世界に生きているような、そんな雰囲気すら感じるんだよねえ」
アインスはネームレスと言う存在を計りかねていた。
和平会談までに調べた情報では、曰くNPCを殺さないAI人権論者、曰くPK専門のジャイアントキリング、曰くこの数か月ログアウトした痕跡が無く、行方知れずだった。
そんな彼が言葉を喋るNPCを仲間にして姿を見せた。
目的はNPCとプレイヤー間の戦闘行為を止めることだと言う。
「僕はてっきり『彼女』と同じ思想を持つ人間かと思っていたが、どうやらそういう訳でもないらしい」
「そのようですね。先ほどからの彼の変貌ぶり、あれは私たちの目的とするそれと非常に酷似しています」
ネームレスは、アインスの目論む死者のAIを寄せ集めてシンギュラリティへと至ると言う工程を、小規模ながらもそのまま体現していた。
「あのネームレスと言う方を媒介に神を誕生させる。なるほど、いかにもラヴレスらしい考え方ですね」
「だからこそ、早めに手を打たないとね。ボクの推測通りなら、彼はゲーム内で死ねば現実でも死ぬ。さすがに殺人は気が引けると地下に落としてはみたけれど、すでにあれだけ強力な力を持っているとなると話は別だ」
「どうされるつもりで? これ以上殲滅魔法を使えばこの塔の維持が不可能になりますが」
アインスは黙ってステータスウィンドウを開き、フレンドリストから三つの名前を選択し、コールボタンを押した。
間も無くコール音が止み、三つの名前が点灯し、チャットがつながったことを示した。
『ちょっと! いきなりかけてこないでよ! 危うく先生に見つかる所だったじゃん!』
『…………なに?』
『……悪いが勤務中だ。かけ直せ』
すぐにでも通話が切られそうな雰囲気を、アインスの一言が打ち消した。
「トリプルSクラスのレアエネミーだ。チャレンジしてみたくないかい?」
アポカリプスのプレイヤーにとって最大の楽しみは狩りである。
ゲーム内に数人しかいないトリプルSクラスの敵。
そう聞いて戦いたくなるのは上位プレイヤーの性だった。
「そいつにガーデンを襲撃されて半壊した。討伐者にはその土地の管轄権を上げてもいいんだけどなー?」
『行く! すぐ行く! 仮病使って次の授業ぶっちしてでも絶対行くから逃がさないでね!』
『行く……』
『……外回りと言うことにしておこう。言い訳用に割のいい案件を用意しておいてもらうぞ』
「はいはい。大口融資でも、病欠用の偽造診断書でも。いくらでも用意しておくよ」
通話を閉じて、三人が来るまでどう時間を稼ごうかと窓から眼下に目をやったとき、その視界を埋めつくすほどの爆発が覆った。
「なっ!?」
塔全体に張り巡らせた魔法障壁のおかげで、その被害が室内まで及ぶことは無かったが、その威力は直撃すれば確実に塔を瓦解させる程のものだった。
「あいつ……撃ってきやがった」
「安心してくださいアインス。貴方の作ったこの工房陣地は完璧です。竜王のブレスとて外部からの破壊は不可能です」
しかしアインスの表情は、反撃された驚きではなく、何かを悟ったように不敵な笑みに彩られていた。
「狙ったのは塔でも僕でもない、『ゲート』だよ。あれが壊されればリスポーンはおろか、ログインすら不可能になる。どうやら彼は本気でこのゲームからプレイヤーを排除するつもりらしい」
「…………」
「ボクの障害になるのはてっきり『彼女』だと思っていたけど、彼の方がよほど厄介だ。やっぱりここで確実に殺してしまおう」
そう言ったアインスの顔は、ゲームで敵を殺すと言った愉悦的なものではなく、現実的な殺意に満ちていた。
◆
全力を込めた炸裂魔法の一撃を無傷で防いだインペリアルタワーを眺めながら、ネムは感心したように嘆息した。
「錬金術師の陣地スキルが拠点防衛において最強なのは知ってるけど、ここまで完璧に防がれると手の施しようがないね」
防がれたとはいえ、あまりに圧倒的な魔力爆発に、周囲を取り囲んだプレイヤー達はもちろん、味方であるはずのミゼルやラヴレスですら言葉も無かった。
これ以上の攻撃は無意味だと悟ったネムは、何ごとも無かったかのような涼しげな顔で倒れているくるりに近づき、抱き上げた。
「二人とも、ここは退こう。これ以上戦っても意味が無い。やっぱり当初の予定通り、地道に攻めるしかないか」
くるりを抱えてガーデンを出ようと踏み出した先の人垣が割れる。
いくら怖いもの知らずのプレイヤー達とは言え、勝てないと分かり切っている相手に敢えて挑むほど戦闘狂でもない。
しかし、割れた人垣はネムの為のものではなかった。
モーゼのように割れた人の海の先に立っていたのは、2メートルはあろうかと言う巨大な弓を構えて、ネムに照準を合わせたセブンの姿だった。
「街を壊したことは、……正当防衛と言うことで目をつぶる。けど約束は守ってもらうぞ。他の奴らを逃がす代わりに、お前には僕に従ってもらう。そういう約束だったはずだ」
今にもつがえた矢を放ちそうなセブンに対して、ネムは涼し気に答える。
「悪いけど、その約束をしたのは『私』じゃあないよ」
「何を言って――――!」
怒気をぶつけようとしたセブンは、相対する目を見て一瞬既視感のようなものを感じた。
「まるであの時と同じだね。『僕』を助けるために、『私』の額を撃ち抜いたあの時と」
その言葉で思い出した。
自分が初めてこの世界で殺したNPCの、哀し気な瞳を……。
「撃ちたければどうぞ。ただ、二度も殺されてはあげないけどね」
目の前にいるのが本当は誰なのか、判断がつかないセブンは歩いて来るネムを前に矢を放てずにいた。
そして隣を横切って通り過ぎ去った直後――――
「すまないモブさん。約束を破ったお詫びはいつかするよ」
背後を振り返ると、彼は一度も振り替えることなく、ミゼルとラヴレスを伴って瓦礫の山となったガーデンの廃墟へと消えて行った。




