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61.戦局3

 ネムたち三人とマリスの戦いは続いていた。

 執拗にネムを狙うマリスの攻撃を捌きながら、グリムがデバフを付与し、セブンが攻撃を仕掛ける。

 初めてとは思えない息の合ったコンビネーションにも拘らず、未だマリスは膝を付く素振りも無い。

 

 避けそこなった触枝の一本がネムの腋を掠め、膝を付く。

 そのまま追撃が来るかと思いきや、マリスは血に濡れた触枝に舌を絡め、恍惚と立ち尽くしている。

 頬を上気させながら血を啜る表情は妖しくも蠱惑的だった。

 

「吸血鬼ってやつかよ。まさか次は霧になって襲い掛かってくるんじゃねえだろうな?」


「先輩、このままじゃ埒があきませんよ。いくらデバフかけても分散して本体まで届いてないですし」


 くるりの身体はそれぞれ別個の生物の複合体である。

 腕に傷をつければ腕にはデバフがかかるが、胴体や脚などまで届かない。

 

「複数ターゲッティングがあるってことか。まるでラスボス仕様だな。これなら確かに手足くらい切り離しても問題なさそうだ」


 しかしそれが中々上手くはいかない。

 無数に伸びる触枝が接近を拒み、離れた位置から左手による遠隔魔法で牽制してくる。

 それらを掻い潜り、肉薄できたとしても、今度は右腕の怪腕が圧倒的暴力となって敵対者を圧し潰す。

 

「一つ気付いたことがある。触枝は全て俺が惹きつける。その間に二人はあの両腕を切り落とせ」


 ネムの言葉にグリムはすぐさま反対の声を上げた。

 確かにあれだけ広範囲の触枝を相手にするのはリスクが高いが、それが致命傷にならないことをネムは理解していた。

 

 マリスの狙いはネムを直接殺すことである。別個の生命として動いている触枝や両腕でトドメを刺してしまっては意味が無いのだ。

 恐らく最後はあの牙で、ネムの喉笛を食い千切りたいと考えているのだろう。

 

「あまり長くは持たない。俺が死ぬ前に終わらせてくれ」


 そしてネムは鞄から白いポーションを取り出すと一気に呷った。

 通常の黄金色のポーションとは違い、瞬間的な回復ではなく、持続的な治癒効果を発揮するものだった。

 

「……さっきゅん、見てんでしょ? 今すぐ先輩にかけられるだけの防御バフをかけて!」


 ネムの意図を悟ったグリムの声に応じて、傍の空間に片腕が通る程度の穴が開く。

 

「もー人使いが荒いなー。これで最後だからね」


 穴の向こうから現れた腕を通して、ネムの周囲に複数の魔法障壁が重ねられていく。

 それは以前戦ったスカーレットが使用した、『武器による攻撃を一切無効化する』効果も含め、十以上にも上る。

 

「障壁の効果は180秒。オートガードだけど二つ以上の効果は同時には展開されないから注意してねー。がんばれー、ネムっち」


 普段ならスルーしたであろうおかしな呼び名に、炎王の意識が混ざって感情の起伏が豊かになっているネムは苦笑で応えた。

 

「左腕の魔法攻撃はグリムに任せるぜ」


 セブンは持っていた大剣をストレージに仕舞い、新たに赤くぬめった怪しげな刀を取り出した。

 

「対不死種用の特効武器だ。切ったらどんなポーションでも絶対に治らないが、問題ないよな?」


 頷いたネムはそのままマリスへと駆け出し、自らの腕を切り裂いた。

 そして噴出した血を撒き餌のように降り散らす。

 

 回り込むグリム達を迎撃しようと動き出した触枝は、その血に誘われるように一斉に方向を変え、ネムへと殺到した。

 知性があるとは思えない触枝に精密な攻撃は出来ず、大まかな意思に沿って自動で攻撃を加えていることを、三度にわたる戦闘でネムは理解していた。

 そしてその大まかな意思とは、今はネムを殺すことに設定されていた。

 

 四方八方から迫りくる触枝を、炎王の戦闘経験によって躱していく。それでも捌き切れないものはさっきゅんによる魔法障壁が弾いてくれていた。

 

 セブンたちに向かおうとする触枝があれば再び血を撒き散らし、こちらへと誘導する。

 傷自体は白色ポーションのリジェネ効果で治癒されているが、血液を失うたびに動きが鈍くなるネムの様子が、この作戦の時間制限を教えていた。

 

 触枝の妨害の無くなったセブンたちは全速力でマリス本体へと突撃する。

 先行するグリムに狙いを定めた左腕の魔法攻撃は、その縦横無尽の動きに一撃として掠ることも無く、その隙にセブンは呆気なくマリスへと肉薄する。

 

「攻略法が解れば呆気ないもんだな。これで――――」


 振り下ろされた怪腕を呆気なく躱すと、

 

「終わりだ」


 言い終わる前にマリスの両腕は、肩口からまるで初めから繋がってなどいなかったように、あっさりと滑り落ちた。

 

 わずかの間、足掻くように蠢いていたそれも、息絶えるように動かなくなると、動力源を失ったようにマリスも棒立ちになる。

 

 何が起こったのか、ネムを追尾していた触枝までがその成長を止め、彫像のようになったそれをどう処理するべきか一同が考え始めた瞬間、異常は起こった。

 

 口腔、鼻、耳、眼球の隙間から、切られた肩口まで、ありとあらゆる隙間から溢れ出すように黒い蒸気が噴出した。

 一瞬にして辺りを包み込んだ黒霧は、距離を取ろうとするグリムを無視し、動きの鈍ったネムへと向かう。

 魔法障壁も無視してネムへと絡み付いた黒霧は、その体内へと滑り込んでいき、やがてすべてが吸い込まれた。

 

「先輩……!!」


 その言葉を発したとき、すでにグリムの首は胴体に繋がっていなかった。

 自分が死んだことすら理解する間もなく、地面に転がった頭部と共に地面の影へと飲み込まれていくグリムを映しながら、ネムの瞳は赤とも青ともつかない虹彩に揺らめいていた。

 

 人形のようにぎこちない動きで片腕を持ち上げると、何事か小さく呟き始める。

 

 離れた場所からそれを見守っていたラヴレス、ミゼル、レイヴンら三人がそれを詠唱だと認識した次の瞬間、ネムの腕から発した光は、ガーデンの半分を蒸発させていた。


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