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60.戦局2

 光すら逃がさぬ漆黒の大鎌が、ミゼルを襲っている。

 殺傷能力を抑えるため刃こそ潰されているが、そんなことは無意味とばかりに、すべての攻撃を野生生物のようにしなやかに躱しながら、ミゼルは相手の隙を窺っている。

 

「なあ使徒様よぉ、アンタは異界人以外の戦いには不干渉じゃあなかったのかよ?」


 ネムからミゼルを足止めするよう頼まれたラヴレスは、妖艶に微笑みながらも決して余裕は無い。

 ゲームマスターと言う特殊な存在とは言え、戦闘用NPCではない彼女では軽くあしらえるほど、ミゼルと言うNPCは非力ではなかった。

 

「……姉弟喧嘩を止めるのも、親の務めじゃないかと思ってね」


「マリスのゴーストはネムに憑りついてる。あれは……偽モンだ」


「いいえ、あれも確かにマリスの意志よ。この世界の生命を創ったアタシが言うのだから間違いないわ」


「なら尚の事あいつはオレ様が殺す。マリスは誰かを殺すことを何よりも忌避していたんだ。そのためには。神様だろうがぶっ殺すぜ?」


 信仰心に篤い亜人種とは違い、彼のラヴレスに対する感情はシンプルだ。

 敵か、味方か。彼が殺すと言えば、それは虚勢でも威圧でもなく、そのままの殺意だ。

 

「本当にアナタは姉想いね、ミゼル。マリスがネムと出会って束の間の幸せを得たことを、誰よりも喜んでいたのはアナタだったものね」


「わかってんならどけよ。これ以上アイツに、愛した奴を殺すなんて真似はさせられねえ」


「ふふ、ネムもアナタに全く同じことを思っているわよ。なにせこのアタシに頭まで下げたんだから」


「……なら死ね」


 言い終わる前にすでに身体は動き出していた。

 一足飛びでラヴレスの懐へと入り込み、鞭のようにしなやかな蹴りが彼女の頭部を跳ばそうと襲う。

 

「ウィンストン、ミゼルを止めなさい」


 その命令に呼応したのか、足元の影から生えた腕がミゼルの軸足を掴み、寸前のところで彼の蹴りがラヴレスに届くことは無かった。

 

 足首を掴んだまま、吊り上げながら影から這い出た男の姿に、ミゼルは覚えがあった。

 

「クソ神父……、テメエ生きてやがったか」


 教会の総力を持ってミゼルを捕らえ、その支配下に置いていたウィンストン神父と思われる影を、ミゼルは睨みつけた。

 

「いいえ、それはアタシの影人形を依り代にゴーストを乗り移らせた〈シャドウストーカー〉よ。アナタに恨みがあるそうだから、少し遊んで上げなさいな」


 シャドウストーカーが言葉にならない呟きを発すると、ミゼルの身体は吊られた人形のように弛緩する。

 テイムの能力はミゼルの肉体を浸食し、その意思とは無関係に操ろうと蝕んでくる。

 生前の能力を凌駕する強制力であったが、それでも魔人種最強の一角であるミゼルを懐柔させるまでには至らず、吊られた姿勢のまま振り子のように放たれた回し蹴りに、影人形となったウィンストンはその胴体ごと千切れ飛んだ。

 

 しかし振り返った先には更なる影人形たちが立ち並び、その中には今しがた消えたばかりのウィンストンも混じっている。

 

「ミゼル、アナタ相当恨まれてるわね。アナタに復讐したいってゴーストたちが次から次へと湧いて出て来るわよ」


 それは過去にミゼルが殺した者たちの妄執が形を成した者であった。

 すべてを蹴散らすことは容易であったが、これがラヴレスによる時間稼ぎであることを、ミゼルも理解していた。

 

 そこで彼は、影人形の脇に立つ五階建ての武器屋と思われる建築物に目を向ける。

 大きく息を吸い込み、自身を覆う魔力を脚に集中させると、

 

「アース……クエイク」

 

一気に解放するように地面を踏み抜き、それは地割れを引き起こしながら建物を倒壊させるに至った。

 

 フィクションのように原型を留めたまま横倒しになる建物は、密集していたシャドウストーカーを圧し潰し、周囲に視界を埋め尽くすほどの土煙を巻き起こした。

 

 霞む視界に紛れてミゼルは跳躍する。

 彼にとって意思無きシャドウストーカーなど敵ではなかったが、無限に甦るそれらを相手にするのは時間稼ぎを目的とするラヴレスの術中だった。

 

 それらを無視し、一気にマリスへと突っ込もうと疾走する先に、一つの人影が視界に入る。

 一体くらいならこのまま蹴散らした方が早いとばかりに振り抜いた足刀は、土煙が晴れて正体を見せた白銀の鎧を認めたと同時に、ミゼルの身体と共に地面に叩きつけられた。

 

「まるで野生の猛獣だね。だが人型である限り、その動きは予測の域を出ない」


 合気道を始めとする古武術を基に独アレンジされた、元自衛官レイヴンの近接格闘(CQC)は、岩をも砕くミゼルの一撃をいとも容易くいなした。

 

「うざってぇ……。死にぞこないのジジイは大人しくすっこんでろや!」


 仰向けに倒れていたミゼルはその身体をバネのように跳ね上げると、今度は強弱を交えたフェイントを加えながら再びレイヴンの命を獲りに行く。

 

「もしかして老体を気遣ってくれてるのかな?。けれどここでは腰痛も動悸も無いのでね。経験と言う名の武器も存分に振るえる。あまりジジイを舐めるなよ、小僧」


 本能のままに振るわれる野生の一撃を、知恵と伝統によって培われた動きで捌き続ける。

 圧倒的暴力によってのみ成立している、アポカリプスの世界では発展し得ない技術に、さすがのミゼルも相性の悪さを感じていた。

 

 当たれば必殺となる攻撃も、レイヴンの身体に触れるだけでその威力を殺される。

 まるで水を相手に訓練でもしている気分だった。

 

 突如中空へと跳躍したミゼルの立っていた場所を、影から這い出た無数の腕が襲った。

 建物の崩落から逃れたラヴレスが、不愉快そうに服に付いた土埃を払いながら現れる。

 

「おい使徒様よ。アンタは異界人の片を持つつもりか?」


 明らかに連携をとっている風なラヴレスに、ミゼルは問い詰めた。

 

「時と場合によりけりよ。アナタを止めるには、アタシだけでは少々手を焼きそうだしね」


「……たった二人で、オレ様を止められるとでも思ってんのかよぉ!」


 叫ぶと同時にラヴレスへと襲い掛かるが、狙われた当人は逃げるでもなく余裕の微笑みを絶やさない。

 信仰に篤い亜人種とは違い、ミゼルには使徒への信仰心は存在しない。その暴威は容赦なくラヴレスの首を蹴り飛ばすと思われたが――――。

 

「テ、メェ……、何をしやがった?」


 その身体はラヴレスに届く直前で止まり、微動だに出来ないでいた。

 

「この世界に生きる者はすべからくアタシの子供たち。やんちゃも良いけれど、あまり手を焼かせるものではないわ」


 石造のように動かなくなったミゼルに、ラヴレスは優しく囁く。

 

 動けない訳ではなかった。振り上げた脚をほんの数十センチ動かすだけで、目の前の女は死ぬ。

 しかし人間が人間を殺すことに躊躇いを覚えるように、その女はミゼルにとって不可侵の存在として君臨していた。

 

「これが全ての生命を生み出した使徒の格ってやつか。だが気に入らねえな。オレ様が生きてこれたのはオレ様の力だし、マリスの問題はオレたち姉弟の問題だ。いきなり出てきて、生みの親面されて「ハイそうですか」って頷けるかよ!」


 本能とも言える制限を打ち破る様に、ミゼルの身体は数ミリ、数センチとラヴレスに向けて動き出す。

 

 そんなミゼルを、哀れみとも慈しみとも取れる表情で見つめながら、決して避けようとはせずに言葉を続ける。

 

「確かにアタシが口を出す問題ではないけれど、ネムにはその資格があるんじゃないかしら? マリスを救って、最後を看取ったのは彼なのよ」


 であればこそ、それを理由にネムに組したミゼルには返す言葉が無かった。


「くるりの身体を操っているのは間違いなくマリスよ。アナタの感じている通り狂ってはいるみたいだけどね。でも、だからといってネムがそれを無下に扱うと思うのかしら?」


「…………」


「ミゼル……、アナタはまだネームレスという人間を解っていないわ」


「お人好しだってんだろ。あいつならマリスを救ってくれるってな。だけどオレ様は――――」


 出来の悪い子供を窘めるように、ため息を吐きながらその言葉を遮る。

 

 ミゼルの目的は、マリスの本来の意志に反した行動をとる彼女を殺すこと。

 誰より愛した男を喰らおうとする彼女の狂気を止めてやることだった。


「ネムがお人好しだなんてとんでもないわ。彼が今救おうとしているのはマリスではなく、くるりよ。冷静に判断した結果、くるりを助けるためにマリスを殺す選択を選んだ。それこそがアタシが彼に望んだ資質……」


 ミゼルにはその言葉の真意は解らなかったが、口角を歪め、陶酔するようにネムの事を語るラヴレスを見て、たしかにそれが自分たちとは違う異質な存在、〈使徒〉であるのだと理解した。

 

「これ以上テメエの戯言に付き合う気はねえ……!」


 ついに本能に刻まれた畏怖を打ち破り、必殺の一撃はラヴレスへと叩きこまれ――――

 

『黙って聞きなさい』


 その言葉に忠実に従い、ミゼルは地面へと跪かされた。

 

 これこそが全ての生命を想像したと言うラヴレスの能力だろうか。

 ロボットが人間に危害を加えないよう課せられたセーフティのように、その言葉には本能すら上回る強制力があった。

 

 自分の意志とは無関係膝を付いたミゼルと視線を合わせせる様にしゃがみこんで、ラヴレスは語り続ける。

 

「アナタも一度決めたなら最後まで彼を信じなさい。アナタたちの知るマリスがそうしているようにね」


 そう言って視線を向けた先には、文字通り質量を持った影が、愛する者の勝利を信じるように、戦っているネムの姿を静かに見守っていた。


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