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51.二つの戦い

「ラヴレス、お前率直に言ってミゼルに勝てるか?」


「嫌な質問ね。残念ながらアタシのリソースはNPCの制作に使い切って、大した能力は残ってないわ。少なくとも本人相手なら勝てないわね」


 どうすればいい。

 最悪ミゼルの力のことは後で考えるとして今は撤退するか。


 もしくは一か八か、隙を突いてあのドクターを先に殺すか。

 奴が死ねばスキルの効果は消えて、ミゼルが元に戻る可能性は高いが。


「先生……どうしますか?」


 起き上がれないミゼルを背負ったくるりにそう問われる。

 逃げてもジリ貧になる。レベルドープの効果が切れる前に何とか倒しきるしかない。

 

「また異形が出てくるかもしれない。くるりは隠れて、万が一の時はミゼルを連れて逃げてくれ」


「そうなると、アタシたち二人で目の前の二匹を相手にするってことね。どっちがどっちを担当するのかしら?」


「ミゼルの偽物は僕がやる。お前は黒ローブの方だ」


「あら、厄介な方をすすんで相手にするなんて、紳士的じゃない」


 そんな上等なものではなく、単に相性を考えての担当だ。

 一度ミゼルと戦った僕の方が対応するだけなら向いている。


「お前もプレイヤー相手の方が()る気が出るんじゃないかと思ってね」


「よく分かっているじゃない。ならついでに奥のマッドサイエンティストも頂こうかしらね」


 僕の力ではミゼルの能力を持った相手に勝てる見込みは薄い。

 なんとか時間を稼いでいる内に、ラヴレスに二人を始末してもらうのが最も現実的な戦法だ。

 

「くく、そ、相談は終わったみたい、だな? 俺の相手は、女か。いいね、女子供をいたぶる方が楽しい。それも、こういうクソ生意気そうなガキなら特になあ……」


 十月は不揃いな歯を見せながら陰湿に笑う。

 相対してラヴレスも、不愉快な相手をどうやって殺そうかと愉悦の笑みで返す。

 

 あちらはラヴレスに任せ、僕はこっちの相手に集中しよう。

 レベルドープの残り時間はおよそ九分。

 それが過ぎればあとは嬲り殺されるしか道は無い。

 

 近接戦闘特化のミゼル相手では近づかれたら終わりだ。

 まずは距離を取りつつ削る。

 

 取り出した魔宝石に魔力を込め、ミゼルコピーに向けて投擲する。。

 手榴弾のように敵の目前で爆発するが、コピーは超反射で空中に飛び上がりそれを回避する。

 

「空中なら逃げ場はないぞ」


 腰から抜いたフリントロック銃を向けて発砲する。

 込められた弾丸はスミスたちに作ってもらった散弾。

 これなら多少身体をひねった程度では躱しようがないはずだ。

 

 予想通りまともに食らって背後に弾き飛ばされるコピーは、しかし致命傷には至らず、猫のように軽やかに地面に着地した。

 

「血は出ないのか。だがダメージはあるようだね」


 散弾をもろに浴びたコピーの身体はところどころ削れ、片腕に関しては千切れかけている。

 

 思ったより大したことは無いな。

 やはりスキルとステータスを模倣しただけの偽物か。

 本物のような機転も戦術も無いただの木偶人形だ。

 これならば勝てる。

 

 しかしそう上手くいくはずもなく、コピーは千切れかけた腕を粘土のようにこねくり回すと、何事もなかったようにもとの状態に戻してしまった。

 

「ポーションほどではないけど厄介だな。こういう場合は核を壊すと言うのが通例だけど、いっそ爆発四散させる方が手っ取り早いか」


 続けざまに魔宝石三つほど投げつける。

 さすがに学習は出来るのか、今度は空中には飛ばず、僕の側面に回り込むように高速で避け続ける。

 

 そして爆発が途切れた瞬間こちらに向かって突進してくるが、僕はポーション瓶をコピーに向かって投げると一気に後ずさる。

 瓶を払いのけようと振るった腕は、中身のポーションが零れ、空気に触れると同時にその腕ごと弾き飛ばす。

 

「ニトロリキッドだ。続けてスクロール、敵を氷結させろ」


 取り出したスクロールには20文字以上の高位氷結魔法を封じ込めている。

 非常に高価な上一度きりしか使えないが、魔法を使えないクラスでも使用できるかなり強力なアイテムだ。

 コピーの下半身は完全に凍り、片腕は潰した。

 持ち前の怪力で氷はすぐに砕かれてしまったが、一瞬でも動きを止められれば十分だ。

 

「大盤振る舞いだ。全部くれてやる」


 手持ちの魔宝石を全て投げつけ、連鎖する爆発の中心にさらにニトロリキッドもありったけぶつけてやった。

 おかげで地下放水路内を強烈な爆裂音と熱風が駆け抜け、煙が晴れた後にはコピーの破片と思われる粘土片が辺りにぶちまけられていた。

 

「……おい、いくらなんでも容赦なさすぎねえか? 一応見た目はオレ様なんだが……」


 くるりと共に柱の影に隠れていたミゼルがそうぼやく。

 コピーが死んで奪われた経験値も戻るかと思ったが、相変わらずミゼルは倒れたまままともに動けていない。

 

「やっぱりスキルを使った本人を倒さなきゃダメか……」


 ドクターの方に向き直ると、自身の手駒をあっさり倒されたにも関わらず、相変わらず余裕の態度で興味深げに僕らの戦闘を見物していた。

 

「ふうむ、ゲームと言うのはレベルを上げて物理で殴ればいいと聞いていたが、やはりそう上手くはいかんか」


 続けてラヴレスの方を確認すると、意外にも苦戦している様子が見て取れた。

 敵の攻撃を受けた様子はないが、ラヴレスの攻撃も通った様子が無く、攻めあぐねている感じだ。

 

「くく、に、人形はやられたみたいだな……。し、仕方ない、こっちもさっさと終わらせるかぁ」


 そう言った瞬間、ラヴレスの伸ばした影棘が十月の身体を串刺しにする。が、その棘はまるでホログラムのようにすり抜ける。

 そのまま何事も無いように一歩踏み出すと、何故か歩みを止めた姿勢のまま動かなくなる。

 

 そしてその姿が一瞬にして消えたかと思うと、次の瞬間十月はラヴレスの目の前に出現し、ナイフを振るった。

 間一髪で影のバリアでガードしたラヴレスは再び一足飛びに距離を取るが、再び十月は動きを止め、まるで瞬間移動でもしたかのようにラヴレスの背後に現れる。

 

「ちっ、うざったいわね!」


 無数の影棘が十月を襲い、大鎌で首を刎ねようとするもやはり効果は見られない。

 

「くく、くくくく! 無駄なんだよぉ! オ、オレは無敵なんだ。もう誰も、オレを傷つけることは出来ないんだ!」


 一切の攻撃が通らない身体と瞬間移動。

 この二つの原理が解らなければ確かに勝ち目は無い。

 

 再び動きを止める十月。

 しかし次に現れた瞬間、僕はある違和感に気付いた。

 

「複数の足音が、同時に聞こえた……?」


 その現象には心当たりがあった。

 

「ラヴレス、そいつはラグアーマーだ。見えているのは残像に過ぎない」


 マシンの規格統一や回線速度が先進化された現代ではほとんど見ることは無くなったが、オンラインゲームではマシンスペックの差異によって描写と実際の動きにタイムラグが生じることがあった。

 

 以前に旧世代ゲームの実況プレイを見たときの現象とコイツの動きは酷似している。

 動きが途中で止まるのは、恐らく意図的に通信速度を絞り、ラグを再現しているのだろう。

 

「ラグ……? 愛無のヤツ、そんな低レベルな行為も規制していないっていうの!」


「へ、へえ……し、知ってる奴がいたのか。で、でも分かったところでどうしようもないさ! ラグアーマーは纏ったままでも攻撃は出来る。これは俺の固有スキルだ。さんざん劣等だと馬鹿にされた俺が手に入れた、劣っているからこそ無敵になれる最強のチートスキルなんだよ!」


 これも愛無がイニシャル(初期)プレイヤーに与えたスキルの一つか。

 たしかに厄介なスキルだが、意外にもラヴレスは呆れたようにため息を吐きながら何かを呟いている。

 

「3、4、5……そろそろかしら」


 そして次の瞬間、自らの周囲に剣山のように影棘を乱立させる。

 しかし特に何か効果があったようには見えず、棘が消えた瞬間、ラヴレスの背中には刃物で切り付けられたような傷口がぱっくりと開く。

 

(つう)っ――――!」


 血を滴らせたナイフを持ってラブレスの背後に姿を現す十月は、勝ち誇ったようにいやらしい笑みを浮かべている。

 

「くくく、だから無駄だって言ったろ? 次はどこを切られたい? 足か? 胸か? 眼か? どこでも好きな場所を切り刻んで――――」


 そのセリフを最後まで言い切る前に、十月の身体のいたる所から血しぶきが吹き上がる。

 

「が、はぁっ!?」


 胸や頭部と言った急所にもダメージを受けたのか、死に際の一言を残すことも無く十月は絶命して倒れた。

 

「……なるほど、相手が接近してくると踏んでタイミングを計ってたのか」


「ラグは所詮ラグよ。こちらの目に移らないだけで、相手はちゃんと存在しているし、遅延している間もダメージ判定は受ける。それが正常に処理されればあとは死ぬだけね」


 どうやって手助けしようかと考えていたが、それには及ばなかったようだ。

 さすがはゲームマスターだけあってそれなりゲームについては熟知していたらしい。

 

 ラヴレスにポーションを投げて寄越すと、それを飲んだ瞬間背中の傷は一瞬で消えた。

 

「あら、これ意外と美味しいのね」


 さて残るは一人だ。

 急いでレベルドープの効果が切れる前にこいつを倒して脱出しなければ。

 

「う~ん、意外と呆気なく終わってしまったねぇ。もう少しエキサイティングな戦いが見れると期待したんだけどねぇ、ひひ」


「……とんだ下衆ね。もういいからさっさと死になさい」


 そう言って伸ばした影棘を、年老いた見た目とは裏腹に軽く躱すドクター。

 

「いかんねぇ、若者がそんなにせっかちでは。まあワシを殺す前にこれを見てくれんかな?」


 僕らの足元に水晶を投げて寄越す。

 以前アネモネが敵陣偵察時に使っていた、視界を映像として映すアイテムだ。

 

 警戒しながらそれをのぞき込むと、そこに映っていたのは先ほど救出した亜人種たちが異形に囲まれている様子だった。

 

「これは……どういうことかしら?」


 睨み殺さんばかりの視線をドクターに向けるラヴレス。

 

「君たちがここに来る前に逃がしたモルモットたちだよ。もっと優秀な実験体が手に入ると思って目を瞑っていたが、君たちを手に入れられないんじゃ仕方ないなぁ。やっぱり実験は彼らに手伝ってもらうしかないねぇ……?」


「そんな脅しに屈するとでも?」


「ラブレス君、ロゼから聞いたよ。君は彼らNPCを生み出した神様なんだろう? 神様が善良な信者を見捨てちゃいかんよ?」


 ラヴレスは今にも飛び掛からん勢いを必死に抑えているのが解る。

 

「ネム……」


「……分かってるよ」


 だからこそ彼女の無言の頼みを断れなかった。

 

 僕は持っていた武器とアイテムを放り投げ、両手を上げて降参の意志を示した。


お読みいただきありがとうございます。

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