49.弄ばれる命
手始めに指を二、三本……と考えるまでもなく、小太刀の刃を見た男は怯えながら全てを喋ってくれた。
どうやらダイレクトセンサリーゲームには慣れていないようで、あまりにリアルな凶器の煌めきとこちらの威圧感に耐えられなくなったらしい。
「わ、私はただドクターのアシスタントでここに居るだけだ……、こんなゲームの中で何の実験をしてるのかまでは知らないけど、ドクターは世界の常識が変わるほどの研究だと言っていた……、も。もういいだろう! 私はこのままログアウトするから勘弁してくれ!」
そう叫ぶと男は緊急ログアウトのコードを発し、その場から消えて行った。
「今のヤツはここに居る人たちを連れに来たみたいね。と言うことはこの先にそのドクターとやらがいるはずだけど……」
「その前にまずはここに居る人たちの治療だ。幸いポーションは十分用意してある。治療が終わったら彼らを逃がして、奥へ向かおう」
檻に閉じ込められた人たちはざっと五十人。
手分けしてポーションを配り、ミゼルが檻を壊して全員を解放する。
「助けてくれてありがとう。見たところ君たちは亜人種では無いようだが……」
「僕たちは異界人に対抗する勢力の者です。文京区に拠点がありますので、オーク族のスミスという男に、ネムからの紹介だと言えば匿ってもらえるはずです」
「スミス様っつーと俺らの族長でねえか! そうか、ついにレジスタンス活動が実を結んだんだべな!」
捕らえられていたオーク族の男がそう言って前に出る。
ある程度こちらの事情を知っていたらしい彼に指示を与え、地下線路を辿って捕らえられていた人たちを文京区まで案内してもらうよう頼む。
「あの方たち……、無事にたどり着けるでしょうか……?」
「少ないが魔人種も何人かいた。そこいらのモンスターや異界人に後れを取ることは無いだろう」
「問題は迷わずに行けるかどうかじゃないかしらね」
「迷っているのは僕らも同じだ。後は彼らの幸運を祈るしかない」
僕らがついて行ったところでそれは変わらない。
ならば今はこの先にあるドクターとやらを締め上げて、アインスの目的を探る方が先決だ。
マリスは僕たちがやって来たのとは反対の出口を指し示している。
ならばこの先にまだ何かがあるはずだ。
特にモンスターに遭遇することも無く通路を進んで行くと、先ほどの空間よりもさらに広い、神殿のような場所に出る。
遥か上の天井には照明があるのか、部屋全体が明るく照らし出され、一見厳かな雰囲気すら感じさせた。
「外郭放水路……。なんでこんなものが東京の地下に……?」
そんな僕の疑問に答えるように何者かの声が辺りに響き渡った。
「そりゃここがVR空間だからだろうさ。現実の立地と比較しても意味の無い事だよ。ひひひっ」
全員が一斉に声の発生源を探すと、奥から一人の老人が歩いてきた。
この男が例のドクターだろうか。
白衣に丸眼鏡。そうだと言われれば疑いようもないが。
「おまえさんがアインスの言っていたネームレス君だねぇ。ワシはドクター九蛾峰、ただの学者崩れだよ」
「ドクター九蛾峰……、覚えがある。十年前に学会を追放された脳医学者がそう呼ばれていたはずだけど、貴方は本人かな?」
「ひひっ、おまえさんのような若者がワシの事を知っているとは嬉しいねぇ。如何にも。人間の脳を機械化する電脳化理論を提唱し、人道にもとる行為と排斥されたのがワシだよ」
シンギュラリティと電脳提唱者。
なんとなくアインスの思惑が見えてきた。
だが依然としてその先にある目的は不明瞭なままだ。
こればかりは直接本人の口から聞く以外には無いかもしれない。
「国際法を逸脱したAIの研究、それがアナタの目的か?」
「まあそれも一つの目的だねぇ。有機脳を電脳に馴染ませることには成功したが、どうしても進化性に関わる感情や好奇心と言った部分がリンクできない。その点ここにいるAIは、純粋な人工知能でありながらそれらを有している。存在しないはずの肉体が脳へ与える影響も興味深い。これは脳が物理的繋がりのみならず、情報的にも影響を及ぼし得ると言う証左に他ならないと思わんかね?」
「……興味がないね。ただそんなことのためにこの世界の人たちを実験体にしていたことが、僕にはとても不愉快だよ」
「科学の進歩に興味が無いとは嘆かわしいねぇ。まあそんな程度の脳みそだからこそ、モルモットにしても惜しくは無いと言えるかの」
ドクター九蛾峰がそう言うと同時に、辺りに殺気が漂い始める。
「おい、おにーさん、こりゃあ囲まれてるぜ。どうする? 返り討ちにしてやるか、それともあのジジイを先に殺っちまうか?」
「異界人なら殺していい。そうでないなら――――」
だが現れたのはそのどちらとも言い難い者たちだった。
まるで継ぎ接ぎの様にモンスターとNPCを繋ぎ合わせた異形の姿。
かろうじてそれらをモンスターではないと断じられたのは、唯一共通する人間の顔らしき部分が残されていたからだった。
「ネームレス君、君、プラモデルは好きかね?」
「……いいや、作ったことは無いが、それがどうした?」
「たくさん作ってると飽きてしまうんだよねぇ。最近のプラモっていうのはある程度規格が統一されててねぇ。だからね、腕とか頭とか……、色々付け替えたりして改造するのが最近のマイブームなんだよねぇ、ひひっ!」
「……不快ね。死になさい!」
怒りの沸点を越えたのか、ラヴレスは警告も無く影を伸ばし、ドクターを眉間を穿とうと鋭利な影棘で攻撃する。
しかし貫かれたのは彼の傍に立っていた異形の一人だった。
四本の腕を持った異形は、脳を貫かれたにもかかわらず、平然とした様子で眉間から生える影棘を引き抜いた。
「ひひっ、無駄だよ。こいつらはワシを守る事と敵を殺すことしか出来ないオートマタだ。いくら刺そうが切り刻もうが、肉が繋がっている限り忠実に動き続けるぞぅ」
「……先生、あれは不死種の眷族と同じです。意思のない死体の寄せ集め、です」
「死者に鞭打つのは気が引けるが、あんな状態でさまよい続けるくらいなら、いっそ一思いに終わらせるのが慈悲か……。ミゼル、終わらせてやってくれ」
「死体を壊しても腹は膨れねーが、オードブルには丁度いいか」
突風の様な勢いで敵陣に突っ込んだミゼルは、まさに暴風に周囲の敵を蹴散らしていく。
しかし痛みも恐怖も無い異形たちは、腕を潰されようが骨を折られようが、構わず立ち上がり再び襲い掛かってくる。
「ほほぉっ! これはいい肉体だぁ。欲しい! これは弄り甲斐があるぞぉ! さて、そっちの三人はどうかなぁ?」
残った異形は僕たちに矛先を向けてくる。
「くるり、君は出来るだけ守りに徹しろ。ここは僕とラヴレスで片付ける」
「流石にここで引っ込むと言う手は無いわね。愛しい子たち、せめてアタシの手で安寧の眠りにつきなさいな」
刺突や斬撃のような攻撃では効果が薄い。
僕は飛炎に貰った小太刀『黄泉斬り』にポーションを染み込ませる。
不死種と同じと言うなら、歪に作られた異形の肉体はポーションの正常な状態に戻す効果で瓦解するはずだ。
ラヴレスも影棘ではなく、影から作られた巨大な大鎌を直接手にして構えている。
「まずは足を狙え。それで動きは封じられるはずだ」
「理解しているわ。その後は動力源となっている筈の核を狙いなさい。人の理を有している以上、肉体を動かす心臓は残っている筈よ」
死して尚弄ばれる死者たちを相手に、彼らを安息の眠りにつかせるための鎮魂歌が奏でられることになった。




