48.辿り着いた先の惨状
一切の光の刺さぬ暗闇の中、まずは視界を確保するべく鞄の中にあった瓶から発光虫を解き放つ。
暗闇の濃度が濃いほど光量を増すこの虫は、僕の服に吹き付けたフェロモンに反応して周囲を飛び回り、辺りを照らしてくれる。
「くるり、ミゼル、無事か?」
「は、はい……大丈夫です」
「問題無ーし。けどあいつらの匂いは完全に消えちまった。こりゃただの落とし穴じゃねーな」
あのさっきゅんと言う子のスキルはワープゲートのようなものなのだろう。
ただどこにでも繋げられると言うのではあまりにオーバースペック過ぎる。
恐らく指定のポイントに繋げるためのもの――――だと考えればここは千代田区の地下街のさらに下、迷宮化していると言う地下路線あたりだろうか。
暗闇の中、光を目印に集まって来たミゼルとくるり――――とラヴレス。
「お前、いつも宙に浮いてるくせに落とし穴に落ちたのか?」
「失礼ね。わざわざ追いかけて来てあげたのよ。と言うかあの場にアタシ一人残って一体どうしろと言うのかしら? アナタの影が無ければアタシはシャドウストーカーすら呼び出せないのよ」
ごもっともな意見だ。
とりあえずは全員無事だったと言うことで、次はなんとかこの場を抜け出す方法を探さなければならないのだが――――。
「くるり、どうしたんだい?」
とりあえず歩き出した僕たちに対し、くるりは一定の距離を保ったままその場に立ち止まっている。
そう言えば僕が不死種を当て馬に使うと言う話の言い訳をしていなかった。
そのことで僕に対して不信感を抱いているのだろう。
「くるり、さっきのおにーさんの話なら嘘だ。そもそもこのお人好しがそんなエグイ真似できると思ってんのか?」
「え……、そ、そうなんです……か?」
言いにくい僕の代わりにミゼルが大雑把に擁護してくれる。
まあ真祖のNPCはともかく、BOTの眷族には犠牲になってもらうつもりだったので嘘でもないのだが、ミゼルの特殊な嗅覚は相手を欺く意図を感じ取っているようなので、そこまで詳しくは分からないのだろう。
「君まで騙してごめんよくるり。不死種の君が反応してくれないとアインスに怪しまれると思ったんだ」
「い、いえ! 私こそ先生の深い考えが理解出来ずに疑ったりして……本当にすみません……!」
くるりは頭を下げてぺこぺこと謝っているが、正直裏をかくつもりが更にその裏をかかれてこの様だ。
アインスの言葉を信じるなら亜人には手を出さないそうだが、結果的に交渉は僕の完敗だった。
ミゼルがいなければそもそも交渉を始めることも不可能だっただろう。
遊び半分のプレイヤーではないと分かっていたが、あのアインスと言う男は予想以上にやっかいな存在になりそうだ。
「とにかく今はここを出ることが最優先だ。ラヴレス、出口は分からないのか?」
「オブジェクト作成はアタシの担当じゃないわ。ミゼル、アナタの嗅覚で何か感じないのかしら?」
「オレ様はワーウルフじゃねぇ。んな遠くの匂いまで嗅ぎ分けられるかよ」
闇雲に動くのも危険だが、このままここに居ても助けが来るわけでもない。
前か後ろ、とにかく進むしかあるまい。
そう考えとりあえず今向いている方向にそのまま進んでみることにする。
出口にしろダンジョンの最奥部にしろ、進んでいればどこかには辿り着くだろう。
しかし数分進んだところでさらに分かれ道に当たってしまう。
「右ね。アタシの勘がそう囁いているわ」
「左だな。オレ様の勘に間違いは無い」
結局どっちも勘じゃないか。なんの根拠もない。
「あ、あの……、先生の後ろ……誰か立ってますけど…………」
今度はくるりがいきなりホラーなことを言ってくる。
悪いけど僕は幽霊とかそういう非現実なものは――――。
だがそこに立っていたのはある意味幽霊と言って差し支えない、マリスのゴーストだった。
そう言えばラヴレスに操られるシャドウストーカーの中で、彼女だけが自分の意志で僕の前に現れるのは何故なのだろうか。
相変わらずマリスのゴーストは何も語らず、静かに右の通路を指差している。
「ほら見なさい。マリスも右だと言っているわ」
「おいマリス、テメーはもっとおにーさまに気を使うってことを知らねーのか?」
ミゼルは不貞腐れているが、マリスはこれまでも予知めいた誘導で危険に晒されているNPCの元へと導いてくれた。
つまりこの先にNPCがいるのだろうか。
少なくともここは千代田の地下で、プレイヤーの領域だと思っていたのだが。
だが二人の勘よりは選択する上での指針になるだろう。
多数決の結果、僕はマリスに従うことにし、くるりは僕の判断に従うということで決着した。
結果、その後もマリスの誘導に従い進み続けると、これまでとは違う広めの空間に出た。
そしてそこにあったものは、予想以上にひどい現状だった。
「亜人種にモンスター、僅かだが魔人種も混ざっていやがるな」
「不愉快極まりないわね。ネム、ここを作った者には考えつく限りの拷問を味合わせてやりなさい。精神が死のうが元の世界で死のうが知ったことじゃないわ」
広間には所狭しと積み上げられた簡易な檻が敷き詰まっており、その中には衰弱して死にかけている者、身体の一部が奇形に歪んでいる者、正常な状態とは言えないNPCたちが詰め込まれていた。
なかにはすでにこと切れている者も少なくなさそうだ。
「ひ、ひどい……。なんでこんなこと…………」
気分を悪くしたのかよろめくくるりを支える。
「まるでモルモット……。アインスめ、ただこの世界の所有権を得て金儲けをするってだけじゃなさそうだな」
辺りは腐臭と血臭に満ちており、地球上どこを探してもこれに比べれば天国のような環境だろう。
「な、なんだ君たちは!? こんなところで何しているんだ!?」
突然現れた白衣の男に、間髪入れずにミゼルが飛び掛かる。
「殺すなミゼル。まずは情報を手に入れてからだ」
ミゼルの脚が男の首をちぎり飛ばす寸前で止まる。
あまりの速度に襲われたことすら気付かなかった男は、自分の状況を理解したのか小さく悲鳴を上げてその場にへたり込む。
「ただのプレイヤーじゃないな。答えてもらうよ。ここがどんな場所で、君たちが何を目的にこんなことをしているのか」
僕は鞄から簡易的な拷問に使えそうなアイテムを取り出す。
これだけのことをやらかしてるんだ。例え悪意が無くとも容赦はしない。
「自殺したくなるようなトラウマになる前に、知ってることをすべて話してもらおうか」
すかさずラヴレスの影棘に磔にされた男に、僕は手を伸ばした。




