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46.選択肢

「まずはお互いの立場を明確にしようか。ネームレス君はAIの代表だと言ったが、君は彼らすべての支持を受けていると考えていいのかい?」


 僕が把握しているのは亜人領の一部だけだ。

 難民となった亜人たちを纏め、キングダムと言う仮初の国家を建国したことを説明する。

 

「ふむ、つまり君の目的はこれ以上被害を増やさないよう、僕たちとそのキングダムで不可侵条約を結びたいと?」


「正確にはこの世界の住人全て、だ。彼らには意思があり、生きている。意思疎通が不可能なせいで多くのプレイヤーは気付いていないが、ここにいるくるりを見ればそれが理解できるだろう?」


「うーんどうも認識に齟齬があるね。まずボクら円卓はこの世界の住人を殺すこと自体を目的とはしていない。円卓とはこの世界の創造者が与えたクリア条件を満たすための、いわば目的共同体に過ぎないんだよ」


 クリア条件……つまりこの男もアポカリプスの所有権を狙っているイニシャルプレイヤーの一人と言うことか。

 だが肝心のクリア条件を愛無は教えてくれなかった。

 彼はその条件を知っているのだろうか。

 

「残念ながらそれは知らない。他の円卓も同様だろうね。だけどこの世界が創られた目的とそのためのシステムを推測すれば、自ずと答えは導き出される。その為に僕はインペリアルと言うプレイヤー運営ギルドを創り上げたんだ」


 アポカリプスが創られた目的……愛無の思考から推測するに人生をゲームと例えている節がある。

 この世界がよりリアルに、そしてNPCをより人間に近づけたのにはそういう皮肉を込めたものだと解釈していたが、それ以外にも理由があるのだろうか。

 

「率直に言えばこの世界は人類を越えた存在、ASI(人工超知能)を生み出すためのシンギュラリティ(技術的特異点)の実験場だと、ボクは考えているのさ」


 シンギュラリティの実験場。愛無自身にはそんな素振りは見えなかったが、それを実行しそうな人物に心当たりがあった。

 それは愛無が先生と呼ぶ女性、『久遠色(ひさとおしき)』。AI研究の第一人者と言われる僕の母親だった。

 

 あの二人が手を組んでこんな理不尽な世界を創ったと考えれば、全てに合点がいく。

 何故今までこの結論に至らなかったのか。いや、すでに理解していながら考えないようにしていただけか。

 

「その表情を見るに、君もボクと同じ結論に至ったようで嬉しいよ。で……だ、その目的のためにはこの世界のAIたちが進化し、シンギュラリティへと至る必要があるわけだけど、もっとも簡単な方法は何だと思う?」


 答えはすぐに出た。

 現在のAI技術では自己進化は難しいとされている。それを無理に進化させようとしたなら、別の思考回路を増設していくのが一番手っ取り早い。

 だが個別に存在しているNPCたちのAIを物理的に一つにするなど…………ある。

 

 僕はラブレスの言葉を記憶から引きずり出す。

 『ここはいわゆるデータ保管庫で、アナタたちプレイヤーや死んだNPCの思考データも一度ここに保管され――――』

 

「…………デスペナルティ空間か」


「ご名答! 死んだAIが集積され、死んだプレイヤーの経験値をペナルティと言う形で徴収する空間。幾万の思考と経験が蓄積されたその場所を、ボクはシンギュラリティのクレイドル(ゆりかご)と呼んでいる」


 ただのキャッシュのような位置づけだと思っていたあの空間が、じつはデータを統合管理するためのストレージだったという訳だ。

 

 つまりこの世界でプレイヤーとNPCが死んでいくほど、クリア条件へと近づいていくことになる。

 これではどうあがいても彼らと利害が一致することは無い。

 

「ゲームという形態をとっている以上、シンギュラリティはラストボスと言う形で再現されるだろう。それまで生き残れれば、AIにもチャンスが訪れる。そこでどうだろう? ボクのインペリアルと君のキングダム、二つで戦時同盟を組まないかい?」


 愛無の言う通り、たしかに全ての者に平等にチャンスは与えられているが、NPCにとってはあまりに不公平なスタート地点だった。

 

「君の性格からしてこの提案が受け入れがたいのは解る。だけどクリア報酬は神になることだ。そうすれば失ったAIたちをまた個別の意志をもった個人として再構築するのも簡単なことさ。今まで失った命も、これから失う命もね」


 生き返れるから、甘んじて死ねと。

 なるほど論理的な意見だ。これを否定してしまっては僕がこれまでプレイヤーに行って来た行為を否定することになってしまう。

 

「……なぜ僕たちに協力を求める? プレイヤーは無限コンティニューと言う圧倒的に有利な立場にあるはずだ。多少時間がかかってもプレイヤー側の平均レベルが上がり続ければ、いずれはこの世界の住人を全滅させるのも十分可能なはずだ」

 

「そのはずだった。けれど君の存在によってNPCはただのBOTではなくなってしまった。この二か月でNPCの討伐数は一桁だ。難易度が高すぎるゲームは引退者を続出させ、世界を過疎らせる」


「ならば僕はそれを待つだけだ。僕の目的はクリア報酬じゃない。この世界から害悪となるプレイヤーを排除することだ」


「それは短絡的な思考だね。この世界は放っておけばいずれ死ぬ。《信仰依存》の亜人は神を失い自滅する。《殺人衝動》に蝕まれた魔人種は食料を無くし餓死する。《反転願望》は不死種に死と言う安息を与え、《停滞》を望む竜種は自らこの世界を終わらすだろう。クリア者が現れなかった際のAIの自己崩壊因子さ」


 炎王の言葉を思い出す。

 『こん世界は死にかけちょる。亜人は進化を諦め神に祈るのみ、不死どもは引き籠って死ぬための研究に明け暮れとる。他の種族も似たようなもんじゃあ。そん時そん書物を見た俺は、外の世界に希望をみたがぜよ』

 

「随分とこの世界の事情に詳しいな」


「なに、ボクにも事情通の協力者がいるだけさ。君のラヴレス君と同じようにね」


 一瞬足元の影がざわつく。

 恐らくラヴレスもこの会話を聞き、反応したのだろう。


「さあ、選びなよ。君の目的はこの世界の永続化なんだろう? そのためには君がクリア報酬を手に入れて、世界を作り替えるしかない。君自身の手で殺すか、ボクたちに殺されるのを待つか? 言っておくが現状維持なんて時間稼ぎは許さない。今この場でどちらか決めてもらおうか」


 理不尽な選択への憤りはひとまず抑え、僕は回答を思案する。

 

 クリア条件の前準備となるシンギュラリティの誕生は、放っておいてもプレイヤーが達成するだろう。

 しかしそのラスボスを倒すためのレベリングに必要なNPCの数は限られている。

 このままプレイヤーに奪われ続ければ、いずれプレイヤーはクリア可能レベルまで到達するだろう。

 

 それを阻止するためにも、僕らキングダムが積極的に動き、レベリングしていく必要があるのは確かなのだが――――。

 

「そ……そんなの、……おかしいと、思います」


 それまで黙って会話を聞いていたくるりが、握り合わせた手を震わせながら声を上げた。

 

「神様の誕生とか……よくわかりませんけど、そのために私たちが死ななくちゃならなくて、それを先生がやらなくちゃいけないなんて…………そんなの、納得いきません」


 それを聞いたアインスは困ったように首を振りながらくるりを宥めようとする。

 

「悪いけどお嬢さん、これはもっと高次元な問題なんだ。会話可能なNPCってことで興味本位で参加を許したが、浅はかな感情論で邪魔しないでもらいたいね」


「い、いやです……! あなたは私たちが自滅するって言いましたけど、私は不死種ですけど死にたくなんかありません! アネモネさんやスミスさんだって、神様の指示なんかなくたって、……必死で生きて、誰かを助けて、私なんかまで仲間として迎えてくれました」


「……不死種なのに死にたくない? 《反転願望》は本来は生きたいと感じる意思を反転させるものだが、そうなると君は死にたがっていると言うことになるけど、それにしては行動が矛盾しているな」


「わ、私は死にたがってなんか無いです! 確かに何のために生きてるのかわからない時もありましたけど、先生のおかげで最近は街の皆さんにも感謝されるようになって……、ようやく生きててもいいんだって思えるようになったんです!」


 くるりはシステムで生み出されたNPCではなく、AIが自発的に生み出したAIだ。

 それ故に世界のシステムから外れているのも理解できる。

 

 しかし、死を望む意思が、新たな生命を創り出したりするだろうか?

 もしかすると、くるりの存在自体がAIがすでにシステムから外れ、自己進化を始めている証拠なのではないだろうか。

 

 

 

「意外と饒舌なのね、くるり。てっきり人の顔色を窺うだけのお人形さんだと思ってたけど、これならアタシの孫として認めざるを得ないかしら?」




 室内によく響く声が満たしたかと思うと、膨張した影は白いシルエットを伴って形を成した。

 

「……ラヴレス様」


「先日のことは謝るわ。この世界で生きたいと言う意思を、アタシは決して否定しない」


 少し気まずげにくるりを見る視線は、しかし他のNPCに向けるものと同じ慈愛を感じられた。

 室内の視線を一気に集めながら、ラヴレスは今度こそ敵意を向けてアインスの背後に立つ男を睨みつける。

 

「アタシですら知らないこの世界のシステムを知っている者。アタシがネームレスに肩入れしていることを知っている者。ずっと監視していたのね、揺り籠の管理者にして《再生の使徒》エンドレス!」


 エンドレスと呼ばれた男は静かに前に出て、恭しく挨拶する。

 

「ご無沙汰しています、ラヴレス。仰る通り、(わたくし)が知る限りの知識と能力を提供しました。(わたくし)が選びだしたこのアインスに、世界の到達者になっていただくためにです」


 フルフェイスの鉄仮面に覆われたエンドレスは、睨みつけるラヴレスを窘めるように、あくまで優雅で穏やかだった。


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