45.会談を始めよう
敵対する亜人領から最も離れたガーデンの最東端に、インペリアルのギルドタワーは建っていた。
全高200メートル。魔法やスキルがあるとはいえ、重機も何もない世界でよくこれだけの建築物を造ったものだと感動する。
その最上階の一室で、小柄なサイドに髪を結った少女が出迎えてくれる。
「いらっしゃーい、お兄さんお姉さん☆ 円卓第三席、さっきゅんのお部屋へようこそ~!」
緊迫した雰囲気をぶち壊すような挨拶に僕とくるりは言葉に迷い、グリム達三人はいつもの事だと何の反応も示さずスルーしている。
「あ~、こういうの好みじゃなかったかー。新規ファン獲得は容易じゃないね~」
急にダウナーな声色に変わったさっきゅんなる少女は、肩を落とし項垂れ始めた。
ファンと言うからにはアイドルか何かなのだろうか。
同じ円卓仲間のモブさんことセブンに目線をやると、気まずそうに眼を逸らされた。
「そいじゃ~円卓の間へごあんな~い……と行きたいとこだけど、そっちのイケメンお兄さんとセブンくん以外は出禁でーす」
僕とセブンを指差してそう言うさっきゅんに、グリムが異を唱える。
「ちょっと、どういうことよさっきゅん!」
「今回は秘密裏の会談なんで~、信用の置ける人以外はダメってアインスが~……」
「ふむ、新参とは言え僕が除外されるのは遺憾だな。円卓は全員が公平な立場だと聞いたのだが? それにくるり君は当事者だ。当然参加する権利はあるんじゃないか?」
抗議の声にさっきゅんは萌え袖をパタパタさせながら、「面倒だー」と不満を露わにしている。
「あ、あの……私は先生の護衛も兼ねて来てます。……どうしても、通してくれませんか?」
くるりの訴えかけるような視線に、さっきゅんは急にどぎまぎして狼狽え始める。
「う、可愛い……。まずいー、あたしはナチュラルピュアーな子に弱いのだ―」
『その子はお通しして構わないよさっきゅん。NPC代表としてぜひ参加してもらおうじゃないか』
突然部屋全体に男の声が響き渡る。
「……おっけ~。そいじゃ~三名様ごあんな~い」
さっきゅんがサイリウムのような物を振ると、その軌跡に合わせるように空間が割れ、その奥には卓の前に座る男がにこやかに笑っている。
「心配するなグリム。俺があーちゃん……ネームレスには手を出させないさ」
そう言われて渋々引き下がるグリムとレイヴン。
残ったメンツは割れた空間を通り抜け、巨大な円卓が置かれた部屋に入ると同時に背後の空間は閉じてしまった。
なるほど、このさっきゅんと言う子の固有スキルが唯一の入室手段という訳か。
用心深いと言うかなんと言うか、よほどこの少女に信頼を置いているらしい。
「よく来てくれたね。ネームレス君にくるりちゃん、ボクはアインス。不相応にも円卓の第一席を任されている者さ」
この男が実質的にプレイヤーを管理している男、アインスか。
確かにグリムの言った通り、軽薄そうな印象は拭えないが、その肩書がただの飾りではないことは彼の実績が物語っている。
「初めましてアインスさん。どうやら僕らの方は自己紹介はいらないようですね」
「ああ堅苦しい喋り方はいらないよ。これはゲームなんだ、もうちょっと気軽に行こうよ」
「……気遣いには感謝するが、言葉選びは慎重にしてもらいたい」
僕は目配せでくるりを指し示す。
察したのかアインスも片手を上げてそれに応えた。
「立ち話もなんだ、好きな席に掛けてくれて構わないよ」
特に意味もなく、アインスの向かいに当たる一番遠い席に腰かける。
セブンとさっきゅんもそれぞれの席へ着く。
くるりは緊張しているのか席にはつかず、アインスの背後に控えるもう一人の男と重ねるように、僕のすぐ後ろに立ったままだ。
「はは、確かに心情的に僕の体面に座るのは理解できるよ。でも、君がその席に座っているのを見ると……くく、何とも言えず皮肉なものだね」
「……何が言いたい?」
アインスの思わせぶりな態度に僅かな不快感を感じる。
円卓を囲む席は全部で十二席。最初から席に着いていたアインスが一だと考えて、僕が座ったのは順当に考えて七、あるいは十二。
確かに、どちらも僕と無関係とは言えない席のようだ。
「その席の元の主はまだ高校生でね。学校で虐められていたところアポカリプスに嵌って楽しんでいた純朴な少年だったよ」
リアルの知り合いだったのだろうか。
いや、それにしてはあまりに反応が他人事すぎる。
だとすればこの男は、他のプレイヤーの素性を調べられるだけの能力なり権限を持っているという事になるが。
「けれどある日から一切ログインしなくなってしまってね。心配になったボクは彼の部屋を訪ねてみたんだけど、そこにはゲーム機を破壊し、首を吊った彼がぶら下がっていたんだよ」
第七席のセブンは今もこの場に居る。
とすれば十二席、僕はそのナンバーに心当たりがあった。
「彼は最後に僕と会った時、君と戦いに行くと言っていた。そこで一体何が起きたんだろうね? ねえ、ネームレス君。君はどうやってスカーレット君を殺したんだい?」
「――――――!?」
僕が殺した……?
ゲーム内で殺しただけのはずスカーレットが、僕の行為を苦にして自殺した?
まずい、まずいまずいまずい!
それでは僕の倫理観が破綻してしまう!
NPCは死ぬ。プレイヤーは死なない。だからNPCを優先する。
現実の人間を殺してしまっては、僕のその価値基準が崩れてしまうんだ!
「あーちゃん!!」
「せ、先生……!」
頭を抱え、意識が混濁する僕にセブンとくるりが駆け寄ってくる。
「あ~あ、可哀想なスカーレット君。輝かしい未来が待っていたかもしれないのに、こんな形で命を落としてしまうなんて……。さぞ親御さんも無念だろうね」
アインスの言葉がさらに僕を追い詰める。
しかし、その言葉の棘を引き抜くように、何者かの声が室内に響き渡った。
「あー、嘘、だな。これは嘘つきの臭いだ。オレ様の一番大っ嫌いな臭いだ」
言い終わると同時に、くるりの担いでいた棺桶が破裂するように弾け、中から飛び出した人影は円卓の中央へと降り立った。
「……ミゼル」
「よお、おにーさん。何を言われてそんな死にそうな顔してんのか知らねーが、それは『嘘』だ」
「……嘘。つまりスカーレットは死んでいないということか……?」
僕の言葉にセブンはアインスを責め立てる。
「どういうつもりだアインス!」
「へえ、嘘が分かるのか。これはシステム側で意識を盗聴でもされているのかな」
あっさりと認めたアインスは悪びれることも無く笑う。
戦闘態勢万端なミゼルに対し、アインスの背後に控えていた男が前に出る。
「ダメだよロゼ。まだ会談は終わっていないんだ。彼にまだその気があってくれれば、の話だけどね」
「……何故こんな嘘を吐いた?」
まだ動揺する思考を整理しつつアインスに問う。
もともと破談にするつもりならこんな回りくどいことをせず、一思いに殺ってしまえばいい。
「騙したことは謝るよ。ただ君がどういう人間か知りたくってね。ただのAI信奉者なら話すまでもないけれど、君はスカーレット君の死と言う言葉に動揺した。それは君が中立的思考のできる真っ当な人間である証拠だ。ボクは会談を希望するが、さあ君はどうするんだい?」
AI信奉とは社会システム的に不正の介在する余地のないAIによる管理を是とする思考である。
今回の場合、僕がAIを盲信するあまり人間の価値を安く見ているのではないかという疑念を払拭する意図があったと見える。
その眼鏡にかなったのか、僕を見定め、満足そうに微笑むアインスにミゼルは不快そうに呟く。
「なあおにーさん、無駄なことはやめよーぜ。こいつらは蜘蛛みたいなもんだ。迂闊に近づくと絡めとられて食われるぜ。ならオレ様ここで――――」
卓上に立つミゼルの足首を掴み、それを止める。
なるほど、この男がどういう人間なのか、おおよそ理解できた。
だがこの程度で炎王の夢を潰すわけにはいかない。
成功するにせよ、失敗するにせよ、会談は実現されなければならない。これは僕の義務だ。
「僕はネームレス。君たちが安易に殺して、虐げてきたAI達の代表として、君に和平会談を申し込む」
「応じよう。ではこれより人類史上初の、人類とAIの交渉を始めよう」
大仰な身振りで、芝居がかったようにアインスはそう宣言した。




