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44.再会

 ノアの街を出て昼過ぎにはガーデンへと到着した。

 とは言ってもガーデンには明確な領地区分があるわけでもなく、防護柵や壁のようなものも無いので、人通りが見えてきた当たりでおおよその判断をするしかない。

 

 今尚増えるプレイヤーに対応するためには街はいつでも拡張可能な体制を維持するしかないのだ。

 実際モンスターに襲われる危険を考慮しなければ、郊外に勝手に居住しても特に罰則などは無い。

 と、言うか僕が実際そうしていた。

 

「とりあえず手近の冒険者ギルドに行きましょうか。多分ガイド兼監視役の誰かが来てると思うんで」


 露店で武器や素材などを売買している雑多な大通りを進んでいくと、大きめのビルを改造した冒険者ギルドが見えてくる。

 我が物顔で進んでいくグリムの後を、僕とくるりは目深にフードを被って付いて行く。

 フードローブは魔導士クラスの標準装備のイメージがあるので、一見怪しくとも特に見咎められたりはしない。

 

 ギルドビルの一階はぶち抜きの酒場のような様相を呈していた。

 実際にお酒は飲めないので、情報交換や雑談をするためのロビーのようなものだろう。

 聞こえてくる声にはゲームについての愚痴や自慢、ひいては私生活に至るまで雑多な話題が飛び交っている。

 

 正直あまりくるりには聞かせたくない話題なので、出来れば早めにお暇したい。

 

「来たかグリム君、待っていたぞ!」


 フロアの中でも異彩を放つ、立派なフルフェイス兜を被った白銀の騎士が話しかけてきた。

 

「こんちゃ、レイヴンさん。あなたを寄越してくれるなんて、アインスもちょっとは気が利くじゃない」


 グリムの反応を見るに親しい間柄であるようだ。

 それはつまり僕にとっても比較的敵意の少ない人物という事になるだろう。

 

「おお、君が噂の『先輩』君だね、僕の名はレイヴン。円卓第十一席にして正義を愛する者さ!」


 腕を伸ばしてポーズを付けながら自己紹介をするレイヴン氏。

 そういうロールプレイなのだろうか、周りからは「変なのがいるぞ」と言うような視線が集中している。


「初めましてレイヴンさん。僕はネームレス。彼女は不死種のくるりです」


 くるりは怖がっているのか、僕の後ろに隠れて小さくペコペコと頭を下げている。

 

「ほう、グリム君が言っていた会話が出来るエヌ……と失礼。原住民の方だね!」


 くるりに配慮して『NPC』という単語を伏せてくれたらしい。

 なるほど、AIに対して理解のある人物のようだ。

 

「さて、会談は明日だからまだ時間はたっぷりある。それまでの間、ぜひ我々の作ったこの街を大いに堪能して欲しい! 女性陣もいることだし、まずは衣装ショップ巡りなどいかがかな?」


「お、いいですねー。この機会に先輩のフェチズムも探っちゃいましょう!」


「うむ、リアルではお目にかかれない装いを楽しめるのもこの世界の醍醐味だからね。エスコートは任せてくれたまえ!」


 僕とくるりの意見は聞かずに勝手に二人で盛り上がっている。

 本当はいざという時のために、街中にも色々と手を伸ばしておきたかったのだが、円卓に見張られていてはそうもいかないか。

 

 そういうわけで、僕たちは何故かガーデンの名所巡りをする羽目になってしまった。

 

 

 

◇◇◇


 性能よりもデザイン重視のファッションショップにて、グリムとレイヴン氏は白熱した議論を交わしながら防具を選んでいる。

 

「くるり君にはこの魔女帽子などいかがだろうか? そのチャーミングな全身包帯を活かしてハロウィン仕様にすれば、悪目立ちもしないだろう!」


「おお、じゃあ先輩はヴァンパイアコスなんていいですね! 色白でそこそこタッパもあるから絶対に合いますよ!」


 まるで着せ替え人形のようにコスチュームチェンジさせられていく僕とくるりは呆気にとられ、気付けば言われるままに大量の衣装を買い込んでいた。

 

「心配はご無用さ。支払いは僕に任せたまえ! なに、金ならある!」


 くるりは黒いベールの付いた帽子にアシンメトリーな黒のナイトドレスを着て、鏡に映る自分の姿に目を丸くしている。

 包帯と喪服という死を連想させるイメージを、白と黒のコントラストと華やかなレースで彩り、ある種のインモラルな魅力を醸し出している。

 

「胸の赤いバラがチャームポイントさ! アンデッドという種族でありながら、そのハートには燃え上がる確かなハートを宿しているという証なのだよ!」


 ファッションについては無知な僕も、その説明についつい納得させられてしまう。

 

 ちなみに僕はグリムが勧めるシンプルな黒い外套を貰った。

 目立ちたくない僕は派手な衣装を全て拒否し、残ったのが胸元に百合をあしらったブローチの付いたこのケープコートだけだったのだ。

 

「うんうんいいですねえ。うら若き未亡人とその心を解きほぐす心優しき従者って感じでお似合いです。……あれ、この状況、私的には嬉しくないのでは?」


「うむ、しかし実質僕たちだけが楽しんでしまったみたいで申し訳ないな。お二人とも、何か他に興味の有る物はあったかな?」


 問いかけられたくるりは慌てて手を振る。

 

「い、いえ! こんな綺麗な服を着たのは初めてで……、なんだか自分が自分じゃないみたいで、……でも、その、……楽しかったです」


 二人もその言葉を聞いて嬉しそうに微笑んでいる。

 

「くるりちゃんも女の子なんだから、これくらいのお洒落はしないとね」


「うむ、では楽しんでもらえたところでそろそろ宿に向かうとしよう。あまり待たせると彼に怒られてしまうからな!」


 『彼』という言葉に引っかかりを覚える。

 他にも誰か待っている人物がいるのだろうか。

 

 商業区を離れ政務区画に向かう。

 以前訪れたグリムのアパートとは違い、中世ヨーロッパ風にアレンジされた見事な建物には魔法による外灯が灯り、客人をもてなす一流ホテルのような雰囲気を醸し出していた。

 

 今日は全員がここに泊まるらしく、それぞれあてがわれた部屋へと別れていく。

 しかし自分の部屋の扉の前で、ふと違和感を感じた。中に誰かいる……。

 警戒して腰の小太刀に手を当てたところで、それを見透かしたように室内から声を掛けられた。

 

「そんな警戒すんなよ、あーちゃん。待ちくたびれて中で待たせてもらってただけだからさ」


 一瞬でその声の主に思い至った。

 僕は警戒していたことも忘れて慌てて扉を開くと、そこには忘れようもない、もう会うことは無いと諦めていた且つての友人が記憶のままの姿で立っていた。

 

「モブさん…………、まだここに残っていてくれたのか」


「……今まで隠してて悪かった。俺も俺でやるべきことがあったもんでさ」


 少しバツが悪そうに差し出してくる手を握り返す。

 

「昔俺が殺しちまった魔人種のこと、覚えてるよな? そのせいで合わせる顔が無いってのもあったんだ」


「……ああ、でも僕にそれを責める権利はない。それにマリスも君を恨んではいないようだ。僕の中に居る彼女の意志からそれは理解できる」


「……そっか、よくはわかんねーけど、そっちも色々あったみたいだな」


 久々の出会いで話すことはいくらでもある。

 しかし突然の再開はそれらを頭から吹き飛ばし、何とも言えない微妙な空気だけが残った。

 

「お互い立場も変わったし、改めて自己紹介でもするか。今俺はインペリアルに属してる。円卓の第七席で、通称はセブンで通ってる」


「モブさんが、円卓?」


「おっと勘違いしないでくれよ。別に今のインペリアルに迎合したわけじゃないんだからさ。ただ組織立った今のアポカリプスの現状を変えるには、実質運営を行ってる円卓に入るのが一番だと考えたからさ」


 その言葉に少し安堵する。

 もし彼が今の現状に満足しているとなれば、最悪の場合僕はモブさんの敵に回ることもありえたからだ。

 

「思い出話に花を咲かせたいとこだが、今は明日の件だ。率直に言うが、会談はあーちゃんの希望に沿う形にはならないと断言できる」


 それ自体は予想出来ていたことだ。

 だがこの世界の事情を理解してもらい、彼らの利益を損なわない形を提案できれば融和の可能性はあると考えていた。

 そのために危険を承知で、くるりにNPCの代弁者として同行を許したんだ。

 

「ギルドマスターの目的が分かればチャンスはあると僕は考えてる。こんな一銭にもならないマイナーなゲームを自主運営している以上、なにかメリットがあるんだろう。だがそれはこんな一方的な虐殺ゲームの形に拘らなくても――――」


「アインスは『イニシャル(初期)プレイヤー』だ。つまり目的はこのゲームの権利を獲得することさ。その為にプレイヤーを集めて、それを統率する運営体制を作ったんだ」


「イニシャルプレイヤー……、つまり制作者が選んだ最初の百人か?」


 愛無が自ら選び、招待したプレイヤー。つまりこのアポカリプスのクリア報酬を狙う者の一人という事か。

 僕とほぼ同時期にゲームを始めたモブさんが、その事実を知っていたとしてもおかしくない。

 

「モブさん…………セブンはそのクリア条件が何か知っているのか?」


「いいや、だがアインスはそれを知ってる節がある。あいつにこの世界の所有権を握られたら、二度とあの頃のアポカリプスは戻ってこない。だから俺はあいつの傍に居て、クリア条件と調べ、その力を利用するためにインペリアルに入った」


 モブさんがあの頃を大切に思ってくれている事実が僕には嬉しかった。

 形は違えど、同じ目的のために動いてくれている友人に再び会えたことで、全てが上手くいくような錯覚すら覚えるほどだ。

 

「だからあーちゃん、お前は円卓に入って、俺と一緒にこのゲームの権利を手に入れるのを手伝って欲しい」


 二か月前の僕だったらその提案に協力したかもしれない。


 インペリアルに協力するという事は、NPC狩りを認めるという事だ。

 しかし僅かな犠牲に抑えることによって全てが上手くいくというのなら、僕は合理的にその判断を下しただろう。

 

「…………悪いけど、それは無理だ」


 クリア条件がなにで、アインスとやらの目的がなんであれ、今の僕にとってNPCは必要な存在になっていた。

 彼らを見捨ててその敵に鞍替えするなどあり得ない。

 例えそれがその後多くのNPCを救う結果になったとしてもだ。

 

「あーちゃんがNPCを殺したくないのは分かってる。だけど目的のためには力がいるんだ! 俺とあーちゃんが組めば必ずこのゲームはクリアできる。俺はこれまでのおまえの行動を知ってそれを確信したんだ!」


「なら君が僕の仲間になれ。NPC達と共に害悪プレイヤーを排除すれば、クリア報酬なんかに頼らなくてもあの頃の世界は取り戻せる」


 そこまで聞いたモブさん――――否、セブンは怒りの為か拳を握り、ワナワナと肩を震わせる。

 

「NPCと共に……だと? ふざけるなよ! そもそもこのゲームをこんな風にした原因はNPC共が俺たちの街を襲ったからだろうがっ!」


 激情が抑えられなくなったのか突然叫びだす。

 確かに客観的に見て現在の状況を作り出した原因はNPC側にあると言っても過言ではない。

 それを考えれば彼の怒りはもっともなことだ。

 

 思い違いをしていた。

 彼は、僕なんかよりもずっとずっと『あの頃』を大事に思っていたんだ。

 

 単純に死んでもリスポーンできる、壊れた街も作り直せばいいと考えていた僕とは、その重みに埋めようのない隔たりがあったのだ。

 

「……いきなり怒鳴って悪い。でも俺は別にNPCを全滅させたいなんて思ってるわけじゃないんだ。クリア報酬を手に入れたら、必ずNPCとも良好な関係になれる世界にすると約束する。だから――――」


 彼の気持ちが、今は少しだけ理解できる。

 死んでいなくとも、このゲームを去った者たちは戻って来ない。

 それは彼にとっては死んだと同じことだったんだ。

 

 死んだマリスや炎王は、ゴーストとして僕の影の中にいる。

 でもそれは決して生きているのと同じとは言えないように。

 

「僕の名前はネームレスだ。これはアポカリプスを作ったゲームマスターNPCの名前をなぞらえたものだそうだ」


「NPCをなぞらえた……?」


「現実の僕はもう死んで、この世界のNPCになったんだ。比喩じゃない。ここが僕にとって現実だ。君は……現実の戦争で、必要な犠牲だと言って他の人間を殺せるかい?」


 その言葉を疑いはしなかったようで、困惑したままこの部屋を去っていくまで、彼は一言も発することは無かった。


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