43.お見送り
街外れには武器や薬品を作る工房がいくつか建てられている。
その中の一つ、主に新たな武器の研究や試験を行う建物に入ると二人の男が迎えてくれた。
「スミス、ドワッジさん、例の物はどう?」
「いらっしゃい王様。いま丁度試射が終わったところよ! 最初聞いたときは驚いたが、スミスの旦那のアドバイスでなんとか間に合ったわい!」
建国宣言時から街に居る住人は僕の事を王様などと呼ぶ。
確かにそのように祭り上げられたが、やっていることはせいぜい領主程度なのでこの呼ばれ方はどうにも馴染まない。
そんな僕の内心を意に介さず、以前にも武器の改良でお世話になったドワーフの職人ドワッジさんは、小さな円筒状の銃弾を見せながら豪快に笑っている。
「ありがとう。出発前に間に合わせてくれて助かったよ」
「散弾か。そんなものまで用意するってことは、お前さんは今回の会談は失敗するって踏んでるんだな?」
「僕は臆病者でね。敵地のど真ん中に行く以上、万が一の備えは必要だよ」
受け取った散弾にはいくつかのデバフ効果を仕込んである。
威力を抑えたかわりに行動阻害に特化し、尚且つ広範囲に効果を発揮する対集団、逃走に特化させた仕様だった。
「本当に一人で行くのかよ? 街の運営なら飛炎の爺様に任せれば問題ねえし、やっぱり俺も行った方がよくねえか?」
「僕が居ない隙を狙って襲撃をしてこないとも限らない。異界人との戦いなら飛炎よりスミスの方が慣れているだろう」
それに信頼の問題もある。
元鬼人族の長として名を知られていても、これまで共に戦って勝ち抜いてきたスミスの方が士気上がるというものだろう。
「……分かったよ。無事帰ってきたら一杯奢ってやるから死ぬんじゃねえぞ」
「ありがとう。最高の護衛が付いてるから大丈夫だよ。グリムはああ見えて僕の数百倍は強いからね」
工房を出て街の出口でグリムを待っていると、見送りなのか飛炎と更紗が小走りに近づいてきた。
「どうやら間に合ったようですな。更紗、ネム殿にあれを」
そう言われて更紗は木箱に納められた二本の小刀の内、一振りを僕に差し出してきた。
「息子の太刀を二振りに分けたものでしてな。決して折れず錆びることも無い名刀『黄泉斬り』の片割れ……まあ縁起物としてお持ち下され」
「一振りは更紗が持っています。どうかこの刀が再び一つに出会えます様、ネム様のお帰りをお待ちしております」
抜いてみると確かに吸い込まれるような美しさを感じられる。
さらに刀身には細かな窪みが細工されており、液毒を絡ませやすい仕様になっている。
「くく、ネム殿はそういう戦いの方がお得意だと思いましてな。いえ、決して蔑んでいるわけではありませんぞ。生きるために手段を選ばぬのは儂の矜持でもありますゆえ」
二人の思いに感謝しつつ小太刀を腰に仕舞う。
さらに遅れてやって来たアネモネは、教会式の旅の無事を祈る儀式を捧げてくれた。
思わぬ見送りに僕は再びここに帰ってくること心に誓う。
「おはようございます先輩! じゃあ、ちゃちゃっとアインスに一発ぶちかましに行きますか」
一応戦いに行くわけではないのだが、まあグリムが戦う前提で考えているのなら、無事生きて戻れるだけの算段も織り込んでの発言なのだろう。
それはそれで心強いことだと言える。
「あ、あの……先生、私も一緒に連れて行ってもらえませんか……?」
グリムと一緒にやってきたくるりは突然同行を申し出てくる。
本人の中ではすでに決定事項なのか、旅支度と思われる自身の背丈ほどもありそうな巨大な棺桶を、繋いだベルトで背負っている。
「……駄目だよ、今回は危険すぎる。いくら君が強いと言っても敵陣のど真ん中に付いてくると言うのは――――」
「だ、大丈夫です! 私、不死種ですから、そんなに簡単には死にません……!」
その剣幕に少し気圧されてしまう。
献身的な子だとは思っていたけど、ここまで自分の我を押し通してまで意見を通そうとするようなタイプには見えなかったが。
「お願い、します…………。私、役に立ちたいんです……。でないと、私の生きてる意味が…………」
もしかして昨晩の件を気にしているのだろうか?
いや、彼女の「役に立ちたい」というセリフは何度も聞いた気がする。
スカーレットが襲撃して来た時もそうだった。彼女が自分の身の危険を無視して、一人で飛び出していったのを思い出す。
「先輩、私からもお願いします。くるりちゃん連れて行ってあげれないですかね? 私もこの子が無茶しなくていいよう頑張りますから」
「グリムがそんなに他人に入れ込むなんて珍しいね。夜二人で何を話したんだ?」
「あー、いや、ちょっと共感するところがあったというかなんというか……」
よくよく考えてみれば、長い付き合いにも拘らず僕はグリムの事情について何も知らない。
くるりに関してもそうだ。必要なこと以外は話すこともあまりなかった気がする。
……良くないよな。そういうのは。
「一つ約束してくれ。どんな状況でも自分の無事を最優先すること」
「……分かりました。……努力します」
「それから、帰ってきたら君の話を色々聞かせてくれ。折角だからグリムも交えてね」
「先輩……、女子会に参加したいなんて、意外とむっつりだったんですね……」
「おや? 僕のリアルが男なんて言った覚えはないけど?」
「えっ!? 嘘……嘘ですよね!? まさか先輩がネナベなんて……、ああいや、もういっそそれでも……!」
ちょっとジョークが過ぎたのか、グリムは本気でショックを受けたようなそうでもないような、表情をコロコロと変えながら自問自答している。
「くるり様、ネム様をよろしくお願いします。それから、くるり様も必ず無事にお戻りください」
「くるり、何があったか知らんがお前は私たちの仲間だ。悩みがあるなら私に遠慮なく頼るがいい」
二人に励まされて多少は心が和らいだのか、くるりは戸惑いながらも頭を下げる。
そんな様子を眺めながら、僕は昔を思い出していた。
モブさん、出来れば君にもこの輪の中に加わっていて欲しかったよ……。
だが僕は後に気付くことになる。
思い出は思い出であり、失った物は再び取り戻すことは出来ないという事を。




