42.内輪揉め
屋敷の二階にある僕の自室に二人を案内したところで扉にロックをかける。
念のため部屋の四隅に結界石を配置し、盗聴防止用の簡易結界も張っておく。
「くるり、これから話す内容は他の人には内密にお願い。それから、君のプライベートにも立ち入ってしまうことになるかもしれないけど、話せる範囲で構わないので教えて欲しい」
「は、はい。……わ、私でお役に立てる事でしたら」
「え、え? どういうことですか? もしかしてこの子、NPCなんですか?」
「エ、エヌピーシー……?」
しまった、先にグリムにも口止めをしておかなければならない。
「グリム、専門用語は使わないでくれ。彼女たちのアイデンティティに関わる問題だ」
そう言われて気付いたのか、慌てて口を塞いで首肯する。
「あ、あの、私何かまずい事しちゃいましたか……? 大分慣れたと思ったんですけど、まだこの世界のことよく分かってなくて……」
この世界……、それだけ聞けばプレイヤーとも誤解しそうなものだが、仮にそうだとしても今度はアネモネたちと会話できる理由が分からなくなる。
「くるり、彼女――――グリムは異界人なんだ。この世界の住人は異界人とは言葉が通じないって言うのは知っているだろう? 僕は君がそのルールに適用されない秘密が知りたいんだ。何か心当たりは無いかい?」
「異界人……あの、私ずっと疑問に思っていたことが、あるんです……。別の世界から来た人たちの言語が違うのは理解できます。でも、言語である以上、何かしらの体系や法則のようなものはあるはずです。なのに私が前に戦った人たちは驚きや恐怖の声すら、一定の音質、音量で、それでいて無秩序で、人間の発する感情が一切感じられなかったんです」
それは当然の事だった。
暗号化された言語が法則や感情を再現してしまったら、それは暗号ではなくただの翻訳になってしまう。 だがそれに気付くくるりの観察眼には驚きを禁じ得ない。
人間らしくコンバートされた他のNPCとは違う、本来のAIの反応に近い思考とも言える。
「その感覚は正しい。この世界の住人と異界人の間には一種のフィルターが存在して、それを介することで言語が暗号化されているんだ。僕らは本来同じ言語で会話しているはずなんだよ」
「フィルター……、なんでそんなものが……?」
「さあ……ね。たぶん神様には僕らと異界人が仲良くなったら困る理由でもあるんだろうさ」
心の中で愛無に対し毒づく。
彼女の言うゲームとは純粋にプレイヤーを楽しませるものではない。
いくらゲームとは言え自我を持つAIに友好的な思想を持つ人間も少なくはなく、にも拘らずNPCに自我を持たせたの彼女なりの目的があっての事のはずだと僕は考えている。
「先輩、私も疑問なんですけど、そのフィルターの発動条件ってどういうものなんですか? 先輩がそれを無効化してるっていうなら、異界人に付与された性質のものだと思うんですけど、それなら私が発した言葉を先輩が理解できて、更紗ちゃんたちは暗号化されてるって言うのはおかしいですよね?」
たしかにおかしい。
要は発した言語がどの時点で暗号化されているかという事なのだが、僕の存在がその所在を不明瞭にしている。
『|』をフィルターとして考えると、
プレイヤー | 暗号化されて発音 ⇒ NPCには理解不能。
NPC ⇒ 正常に発音 | プレイヤー側のフィルターによって暗号化される。
と、なるはずなのだが、それなら僕にもプレイヤーの言葉が理解できなくなってしまう。
「……違うな、グリム。フィルターが付与されているのは異界人ではなくこの世界の原住民だ。そして僕の全規制解除は原住民のフィルター機能から暗号化をオミットしたものと考えれば筋が通る」
NPCの発する言葉は全て暗号化されていて、それを受け取る他のNPCと僕にはそれを解読するスキルがあるからこそ、それを理解できるのだろう。
「あの、先生……、フィルターは神様がこの世界の人たちに付与したものだって言いましたよね……? だったら私にはそのフィルターは無い…………かもしれない、です」
「どういうことだい? 君はこの世界の住人じゃないとでも?」
「この世界の命はすべて生命の使徒ラヴレス様が創ったと言われています。でも私を生み出したのは……、私は本来この世界にあるべきではない命として、ある不死種によって作られました」
「ホムンクルス…………」
AIが新たなAIを作り出すのは理論上不可能ではない。
つまり彼女は電子世界におけるホムンクルスという訳で、それ故にシステム上NPCとして認識されなかったという事だろうか。
『不愉快ね。このアタシ以外に命を生み出すなんて、冒涜以外の何者でもないわ』
部屋中に声が響き渡ったかと思うと、影から飛び出したラヴレスがくるりの首を締め上げ、壁に叩きつける。
「う……あっ…………!」
「止めろラヴレス!」
止めようとする僕の脚に、影から這い出したシャドウストーカーが群がり掴みかかる。
「言いなさい。アナタを作ったのは誰かしら? 親に隠れて火遊びをする子供にはオシオキをしてあげなくちゃあね」
「いい加減にしろラヴレス、くるりだってこの世界に生きる命だ。君が生み出した他の命と何も変わらないだろう?」
「アタシが愛するのはアタシが生み出した子たちだけよ。そういう意味ではネームレス、アナタもアタシが再誕させた命に他ならないのよ?」
僕がこの女を信用できなかった理由がようやく解った。
目的は近くとも、僕とラヴレスではその思想があまりに違い過ぎる。
身内以外にはとことん冷酷な最悪のネポティストだ。
「ラ、ブレス……様? そうか、やっぱり私は……生まれちゃいけない命だったんだ……」
「アナタの存在は少々目障りね。みにくいアヒルは白鳥になる前に死になさい」
くるりの周囲を影が覆い、そこから無数の影の棘が迫り出してくる。
脅しではない。確実に殺す気だ。
「グリム! ラヴレスを――――」
僕が言い終わる前にグリムはタクティカルナイフを抜き、首目掛けて一閃していた。
寸前に影で防御したラヴレスだが、そのおかげでくるりと僕を拘束していた影から解放される。
「ごほっ、けほっ……」
「大丈夫かくるり?」
咳き込むくるりを抱き抱え、彼女を庇いながらラヴレスを目を向けると、グリムの追撃を受け後退したラヴレスと睨み合う形になる。
「先輩、なんですかこの白いちびっこは? 言葉が解るあたりこの子もホムンクルスって奴なんですか?」
「失礼ね、アタシは神の使徒ラヴレス。プレイヤーのアナタにはゲームマスターと言った方が立場の違いを理解できるかしら?」
「ゲームマスター、ラヴレス。それに真っ白なロリっ子で生意気そうな顔…………な~んか覚えがあるような…………――――ああっ!!」
何を思い出したのか、グリムは納得したように手をポンと打ち鳴らす。
「結構前にアポカリプスの裏スレで話題になってた、わからせたいクソガキのデスペナ子ちゃんだ!」
「「……は?」」
図らずも僕とラヴレスの素っ頓狂な声が重なる。
あまりにもこの場の雰囲気にそぐわない単語の羅列で一瞬思考が麻痺してしまった。
「グリム……何を言ってるんだ?」
「匿名掲示板の話ですよ。デスペナ中に極稀に現れるレアキャラだから通称デスペナ子ちゃん。クソ生意気な言動から相当嫌われてましたけど、一部のマニアックな人からはわからせたいクソガキとして人気だったみたいですよ」
なにから突っ込んでいいものか分からない。が、ラヴレスは目の端をヒクヒクさせながら怒っているのはよく分かる。
「……死ね」
そう呟いて腕を上げた瞬間、影から伸びた棘がグリムを襲う。
「危ない!」
しかし僕が反応するより先に、くるりはグリムを突き飛ばし、代わりにその腕を貫かれてしまう。
すぐに棘は引き抜かれたものの、傷口からは血の一滴も滴っていない。
「待ってて、すぐにポーションを――――」
「ダ、ダメです! 使わないで!」
ポーションを取り出した僕の腕を払いのけ、地面に転がったポーションは砕けて床に染み込んでいく。
「あ…………ご、ごめんなさい……、私……そんなつもりじゃ……」
再び錯乱状態に陥りそうなくるりの肩を抱いて落ち着かせる。
「ごめんなさいごめんなさい嫌わないでください……私、頑張って役に立ちますから…………」
背中をさすってやると少しづつ落ち着きを取り戻したくるりを抱きながら、視線は常にラヴレスを警戒し続ける。
「これ以上この二人に手を出すなら、二度とお前には手を貸さないぞラヴレス」
「……本当にそれが脅しになるとでも思ってるの? アナタの代わりなんて他にいくらでもいるのよ」
「ダウトだ。僕の特異性とお前の今までかけた労力を考えれば、そう簡単には僕を手放さないはずだ」
図星だったのか、ため息を付いて肩を竦める。と同時に展開していた影による凶器を引っ込め、灯りに照らされた正常な形に戻す。
「賢しいわね、ネームレス。まあいいわ、アナタに免じて障害にならない限りそいつらには手を出さないことにするわ。せいぜい駒として働きなさい」
「お前とは一度二人でゆっくり話し合う必要がありそうだな」
「デートのお誘いかしら? いいわよ、それじゃあ近いうちにゆっくりと、ね」
そう言うと静かに影溜まりに沈んでいく。
しかし途中で頭だけをのぞかせ、こう言った。
「そのホムンクルスもどきにポーションは使わないことね。肉体の再構築を促すそれは、継ぎ接ぎだらけのその女には猛毒よ。あと――――」
今度はグリムに視線を向けて心底嫌そうな顔で続ける。
「デスペナ子ちゃんと言うのはやめなさい。それから裏スレとやらも削除しておくこと。いいわね? 絶対よ」
そう言って今度こそ消えると、ラヴレスの影は吸い込まれるように僕の影と融合した。
あまりにも色々な案件が起こりすぎて、全てを消化しきれないな。
明日には会談のためにここと発たなければならないというのに……。
「あ、の……先生、もう……大丈夫で、す……ありがとうございます……」
気付けば僕はずっとくるりを抱きしめたままだった。
「聞きたいことは色々あるけど、今日はもう休んだ方がいい。グリム、悪いけどこの子についてやっていてくれるかい? 僕より女同士の方がくるりも安心だろう」
「女同士ですか、あくまで人間として扱うスタンスは変わらないんですね」
「変わると思ってたのかい?」
「いーえ。それでこそ先輩です! じゃあくるりちゃん、私じゃ不満だろうけど行きましょ。そうだ、いっそ女子会でもやっちゃう?」
グリムは持ち前の明るさで、まだ沈んでいるくるりを盛り上げながら部屋を出て行った。
このままくるりを置いて出て行くのは心苦しいが、折角舞い込んだ会談のチャンスを棒に振るわけにはいかない。
留守中はスミスたちに彼女がおかしなことを考えないようしっかり見ていてもらおう。
「この心残りを解消するまでは意地でも死ねないな。……まさかこれもお前の思惑通りか?」
そう呟いてみるが、当のデスペナ子ちゃんからの返事は無かった。




