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40.会談への一歩

「おー、ここが先輩が作った街ですか!」


 キングダムの首都となる街にやって来たグリムはその光景に歓声を上げる。

 建国宣言から約二か月、木造の仮設住宅が並ぶ隠れ里のようだった村は、いまや立派な街と呼ぶにふさわしい様相を呈している。

 地面は石畳で舗装され、道路脇には小さな用水路が流れ、立派なインフラ設備が整いつつあった。

 

「『ノア』の街へようこそ……?」


 僕は街の入り口に掲げられた看板を見て案内してくれたスミスに尋ねる。

 

「ああ、いい加減街の名前を決めねーとと思ってな。くるりが考えて住人の賛成多数で可決になった。なんでも世界の危機に様々な生き物を乗せて新天地へと運ぶ船の名前だそうだ」


 ずいぶんと大仰な気もするが、多数決で決まったものなら僕に異論はない。


「NPCの街か……。一向に連絡が取れないと思ってたらまさかこんなすごいものを作ってたとは……」


「グリム、とりあえず僕らの家に向かおう。君の姿は亜人たちには少々目の毒だ」


 僕の存在で多少は理解があるとはいえ、プレイヤーによって被害を受けた者も少なくない。

 当然グリムを快く思わないものの方が多数だろう。

 

 僕はグリムを連れて住居にしている屋敷に向かう。

 その応接室でグリムと机を挟んで席に着く。僕の背後ではスミス、アネモネ、更紗とミゼルがそれぞれ複雑な感情と視線を彼女に注いでいる。

 

「あー、紹介するよ。僕の友人のグリム。見ての通りの異界人だけど、信用できる人物だから安心して欲しい」


「どーもみなさん、()()()先輩がいつもお世話になってます」


 グリムはなにやら強調して挨拶しているが、当然僕以外にはその言葉は通じていない。

 

「おいネム、いくら知り合いとは言え異界人を街に入れて本当に大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫だと思いますよアネモネ様。グリム様は更紗たちの事も見逃してくれましたし、なによりネム様が信頼してる方ですから」


「そうかねぇ? オレ様はこいつはヤバいと思うぜぇ。なんつーか、目的のためには手段を選ばねーえげつない匂いを感じるぜ」


「そういう意味ではネムも同じだろうさ。重要なのはその目的が何なのかってことだろうよ」


 僕の背後ではグリムに対する意見交換が白熱しているが、ここは敢えて流してグリムと二人で話を進めることにする。

 

「それで、わざわざ会いに来てくれたのは嬉しいけど、ただの世間話って訳でもないんだろう? なにかあったのか?」


「……なんかその言い方カチンときました。何かないと会いに来ちゃいけないんですか? 大事なフレンドが二か月も行方不明で心配しちゃいけないんですか?」


「……いや、すまない。連絡しようとは思ってたんだけど、死んでアカウントが抹消されたのかフレンドリストが初期化されててどうしようもなかったんだ」


「死んだ? 死んだらリスポーンするだけですよね? 先輩、私と最後に会った日から一度もガーデンに戻って来てないですよね」


 僕は炎王たちとともにグリムと会ってからの経緯を説明する。

 現実の僕は死亡してゲーム内のNPCとして転生したこと、プレイヤーからNPCを守るため彼らの国を建国したことなど、すべてを隠さず伝えた。

 

 それを聞き終えたグリムは黙って考え込んでいる。

 特に現実の肉体が死んだからと言ってNPCになったというのはにわかには信じがたい現象であろう。

 

「つまり先輩は今死んだらリアルに死んじゃうデスゲーム状態ってことですか?」


「うん、まあそう言う事だね。だからガーデンには戻れない。ゲーム感覚で殺されるのは堪らないからね」


 ガーデンでは一応PKは禁止されていたが、僕が縄張りにしていた地下街ではそうもいかない。

 インペリアルも違反者相手には容赦なく殺しにかかってくるだろうし。

 

「うん……そっか。困ったなー、そうなると折角用意した会談の話も難しいか……」


「会談?」


 なんの話だろうか。いや、僕は確かに彼女にそれを頼んでいたはずだ。

 

「インペリアルと和平会談の話を取り付けたのか?」


 炎王が望んだ会談の話がまさかここにきて実現の目途が立つとは思ってもみなかった。

 もっと国力を拡大してからこちらから申し入れるつもりだったが、向こうから望んでくると言うのなら願っても無い。

 

「でもアインス――――インペリアルのギルマスは和平交渉なんかするつもりは無いですよ。NPCが力を付けた理由を探るために先輩をおびき寄せる、そのための餌と考えたほうがいいです」


 だろうな。インペリアルは現状実質的にこのゲームの運営者だ。

 目玉である戦争行為を無くすような真似はしないだろう。

 このゲームのプレイヤーの多くはリアルなファンタジー世界の戦闘に楽しみを見出している者がほとんどだ。

 少なくとも現在は。

 

「構わない。どの道インペリアルとは一度話をする必要があるんだ。戦争が回避できないとしても、敵の親玉の人物像を知っておけば後々有利に展開できる」


 これはリアルな戦争ではない。故に戦力や士気以上に、戦術やそこに至るまでの思考が勝敗に大きく影響する。

 特にリスポーン可能なプレイヤー相手には数の有利は存在しないに等しい。

 だが生き死にが懸かっていない分その戦闘意欲はとても流動的で、僕らNPCが勝利するには彼らの戦う理由を削ぐしかない。

 そしてそんなプレイヤーを誘導しているインペリアルの頭脳はどういう人間で、どういう手法を使うのかは敵の作戦を破綻させる意味でとても重要になる。

 

「ネム様、もしかしてとと様の願いが……」


「ああ、叶うかもしれない」


 そうだ、これは炎王が望んだことで、僕にはその願いに応える義務がある。

 

「受けよう。場所や日取りは決まっているのか?」


「場所はインペリアルのギルドタワー、日にちは先輩といつ連絡が取れるか分からなかったんで決まってませんけど、多分いつでも大丈夫だと思いますよ」


 敵地のど真ん中か。そうなると生きて帰れる可能性は低い。

 

「日取りは一週間後の午後0時。僕一人で向かうと伝えてくれ」


「おいおい正気かネム? いくら同族と言ったって今は敵なんだろう? 俺も連れて行け!」


 僕の発言から会話の内容を察したスミスが自分も参加すると提案してくる。

 

「君が居なくなったら誰がキングダムの指揮をとるんだい? リスクを考えたら僕一人で行くのが一番少なく済む。そもそも異界人とコミュニケ―ション可能なのは僕だけである以上、他の人が行く意味は無い」


「ネム……、『ネームレス』の名を冠する貴様はこのキングダムの象徴だ。神の加護を失った信者や鬼人族たちがこの先戦っていけると思うか?」


 教会に所属しながらそれに反旗を翻したアネモネの言葉は重い。

 彼女が今も戦い続けられるのはネームレスとラヴレスと言う、神の使徒がついているからこそなのだろう。

 

 すると更紗はグリムに近づき、その手を握る。

 

「グリム様、貴女様を信じてお頼みします。どうか、ネム様に力を貸してあげてください」


「更紗!?」


「更紗殿!?」


 驚くスミスとアネモネを尻目に、更紗はグリムの目をじっと見つめている。


「うーん、よくわかんないけど任せて更紗ちゃん! 先輩の事なら私がきっちり面倒見るから!」


 会話は通じていないはずだが、何故か通じ合っている二人。

 

「大丈夫だよ二人とも。もちろん無策で行くわけじゃない。出来る限り生存率は上げた状態で臨む。その為の一週間だ」


 結局二人も僕と更紗に押し切られる形で渋々了承する。

 正直ああは言ったが、インペリアルの本拠地に行って無事に戻れる保証など無い。

 可能性があるとすれば如何に交渉を問題無く纏められるかだけだろう。

 今から交渉相手の情報を出来る限りグリムから聞き出して対策を立てるしかないが――――。


「グリム、しばらくこの街に留まってもらっても構わないかい?」


「はい、大丈夫ですよ。まあ生理現象的な意味で何度かログアウトはしますけど」


「そうか、じゃあ郷に入っては郷に従ってもらおう。君にこれを渡しておくよ」


「…………マジですか?」


 手渡された仮装用ネコミミヘアバンドを受け取ったグリムは冷めた目で僕を見つめてくる。

 亜人の街でグリムの姿は目立つ。揉め事にならないよう、悪いがこれを付けて誤魔化してもらうしかない。

 

「オーク用の豚面もあるけどどうする?」


「ぶち殺しますよ?」


 こうしてグリムの一週間の異文化交流が始まった。


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