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38.グリム vs ミゼル

「いやー久しぶりの大規模戦だな! テンション上がるわー」


「今回はハントじゃなくて調査だろ? 勝手に亜人狩りしたらペナ食らうんじゃねーの?」


「禁止とは言われてないから大丈夫っしょ? 出来れば村人とかじゃなく兵隊とやりたいな。その方が手応えあっておもろいし」


 そんな不穏なセリフを気軽に話している一行に付いて、グリムは亜人たちの住む文京区へと向かっていた。

 

 通常、ギルドの許可なしにはNPCを殺すことは禁じられている。

 一般プレイヤーは冒険者ギルドの依頼を受け、拠点の開拓や素材の採取などの名目で亜人領への侵入を認可される。

 

 人型が多くを占めるNPCを殺すことに忌避感を覚え、モンスター狩り専門の者も少なくないが、中にはリアルな反応を示す人型NPCを殺すことに楽しみを見出す過激なプレイヤーも多く、そう言った者たちにとって今回のような大規模作戦は最高のイベントとなるのだ。

 

 今回は頻出する高レベル魔人種と、その裏で糸を引く者の調査が名目だが、実質は討伐が目的なのだろう。

 そしてその裏に居るのがネームレスだという事はアインスも察している。

 会談と言うのは建前で、実質はリスポーン後に拘束して、現在起こっているNPCの異常行動の秘密を探ろうという訳だ。

 

 グリムの目的は調査隊より先にネームレスを探し出し、彼を説得して安全に会談の場に着かせることだった。

 

 ただの一般ユーザーでありながら多くのプレイヤーを統率しているアインスは非常に心理戦や交渉術に長けているが、口八丁手八丁ならネームレスも負けていないはずだとグリムは考えていた。

 お人好しでありながら冷徹に物事を判断し、合理的に決断できる自分の先輩を、彼女は誰よりも理解できているという自負もあった。

 

「おい、見ろよ。トラップだ」


 先頭集団が何やら騒がしい。

 近寄ってみてみると地面には、明らかに掘り返されて埋め直したような跡が残っている。

 

「NPCのアルゴリズムが変わったっつっても所詮はこの程度かよ。今までやられた奴らはよっぽど低レベルだったんだろうな。迂回するぞ、後続にも伝え――――」


 回り込もうと脇の木に手をかけようとしたとき、男の頭上で何かが盛大に爆発した。

 さらにその振動で揺れる木々の上からは花粉のような粉が降り注ぎ、なんとも言えぬ獣臭さを放っていた。

 

「なんだこれ? ……臭っ!」


「リーダー! 偵察班から連絡! 複数のモンスターがこっちに向かって来てます!」


「なっ……!」


 突然の複数方向からの襲撃にプレイヤーを率いるリーダーも慌てる。

 いくら音声チャットがあるとはいえ、百人近くいる友軍全員に指示を出すにはあまりにも突然すぎた。

 

 すでに後方からはモンスターに襲われているらしい戦闘音が聞こえてきている。

 グリムにとってこれはチャンスだった。この騒ぎならばすぐに亜人たちの追撃が来るだろう。

 今のうちに距離を置き、亜人たちのやってきた方向に進めば先輩がいる可能性が高いと、彼女はそう考えた。

 

「グリムさん、俺たちもついて行きますよ」


 静かに戦列を離れようとしたグリムを目ざとく見つけた顔見知りが話しかけてくる。

 

「亜人の拠点を潰そうってんでしょ? へへ、こんな乱戦より一匹一匹仕留める方が楽しいですもんね」


 面倒だ、この場で殺してしまおうか。そのように考えるが、下手に騒いで気付かれるのもまずかった。

 いっそ拠点近くまで連れて行って、敵のヘイトを擦り付けるMPKモンスタープレイヤーキルを行う方が確実かもしれない。

 

 グリムは勝手についてくる四人を引き連れ、亜人種の襲撃を待ち、彼らがやってきた方向へと静かに移動した。

 

 随所に仕掛けられたトラップはどれも覚えがあった。

 すべて彼女の良く知る『先輩』が好んで使用していたものだ。

 そのおかげもあってグリムはトラップを綺麗に回避しつつ森の中を進むと、やがて開けた小さな村に出た。

 

「キャットピープルか、悪くねえな。ザコじゃないが、決して倒せないレベルでもない。緊張感のある狩りには丁度いいぜ」


 突然の侵入者に村の亜人たちも騒ぎ始める。

 だがその反応は非常に早く、すぐに武器を持ち出し構える者、それに守られ村を脱出する者、まるであらかじめ襲撃される可能性を考えていたような訓練された動きだった。

 

「おい、一人も逃がすな! 増援を呼ばれたら厄介だぞ!」


 男の一人が防衛に回った亜人に氷結系の魔法を放つ。

 その隙を縫って逃走する別の亜人に今度は炎系の魔法で手傷を負わせ、とどめを刺そうと腰に下げた剣を抜き放つ。


 だが彼は剣を振り下ろす前に、自身がこの場からリタイアする羽目になってしまった。

 突然暴風のような人影が通り過ぎたかと思うと同時に、彼の首は宙を舞い、その凶刃は背後に居たグリム達にも襲い掛かる。

 

 咄嗟に横っ飛びで避けたグリムを除き、棒立ちのまま残りの三人も首を斬り飛ばされ絶命していた。

 

「へー、今のを避けられる奴がいるとはな。おにーさんの言った通り、異界人にもなかなか食いでがありそうなヤツがいるじゃねーか」


 計四人の首を飛ばしたと思われる暴風は背後で足を止めた。サメのような歯をにんまりと見せつけ、拘束衣を来た少年は不敵に笑っていた。

 

「……レベル289!?」


 咄嗟に解析(アナライズ)スキルを使ったグリムはその桁違いのレベル差に驚愕を覚えた。

 レベル213を超え、プレイスキルでは誰にも引けを取らない自信があったグリムにとってそれは絶望するに余りある数字だった。

 

 一瞬で逃走の二文字が頭をよぎる。

 上手く残してきたプレイヤー達の下まで引き連れて行けばヘイトを擦り付けられる。

 

 だがその後に見た光景が、すぐにその考えを頭から消した。

 

「おい、だいじょーぶか? これ飲んどけ。おにーさんがくれた魔法の薬だ」


 少年――――ミゼルが負傷した亜人に渡したのは、確かに『先輩』の作ったエクスポーションだった。

 

「やっと、見つけた」


 腰に差した二本の幅広いタクティカルナイフを抜き、圧倒的強者を前に、グリムは構えを取る。

 

「……へー、逃げねーのか。いいねいいね! 強そうなやつは殺さず捕まえろって言われてるが、こんな美味そうなご馳走、みすみすくれてやるのはもったいねーよなぁッ!!」


 恐らくこの二人が意思疎通可能であれば、問題は何も起こらなかったであろう。

 だがともにネームレスのために戦う二人は、悲しくも彼が望まぬ結果のためにお互い殺し合う羽目になった。

 

 先に仕掛けたのはグリムだった。

 足鎧に付与された加護は強大な爆発力でもって地を蹴り、一瞬でミゼルの喉元にナイフを振り抜く。

 当然のように上体を逸らし、それを躱したミゼルは背後に倒れる姿勢のまま下半身を突き上げ、強力な蹴り上げをグリムに叩きこむ。

 

 腹部にモロに食らったグリムは数メートル上空に吹っ飛んで地面に落ちる。

 内臓を損傷したのか吐血し倒れるが、すぐに常備していたポーションで全快させる。

 

「はあ……はあっ、やっと見つけた手掛かりだ。あんたをぶち殺してでも、先輩の居るところまで案内させるわよ……!」


「魔法の薬……、なるほど、おかわり自由って訳か。いいぜ……素寒貧になるまで喰い尽くしてやんよ!」


 その後の二人の戦いはある意味拮抗していると言えた。

 最高の奇襲をあっさり躱されたグリムは無理に攻めることはせず、絶対に致命打を貰わないように神経を使っていた。

 その結果何度も弾き飛ばされ、身体中に痣を作り、骨が砕けてようやくポーションを使うほどの節約と長期戦を覚悟していた。

 

 一方のミゼルは相手の行動に疑問を抱いていた。

 無謀に特攻するでも逃げるでもなく、まるで何かを待っているかのようにただ耐え続ける戦い方にはなにかの策略があるはずだと考えている。

 

 たしかにこちらも完全に無傷ではない。

 グリムは攻撃を食らいながらもカウンターで、何度かミゼルに一矢報いていた。

 しかしそれは致命打を避けるための射程ギリギリでの一撃の為、薄皮一枚切った程度の攻撃とも言えないささやかなものだった。

 

「びびって踏み込めない、……てわけじゃねーよな。その殺意バリバリの眼、なんか企んでやがるな?」


「はあ、はあ……。あと……三回」


 グリムの攻撃はすでに七回ヒットしている。

 何の効果も与えていないように見えるが、ナイフに施されたデバフ付与の呪いは確実にミゼルの身体を浸食していた。

 

 彼にとって不幸なのは、手加減しているが故に自身の能力が弱体化していることをいまいち実感できていないことだった。

 十のデバフでマーキングされた相手を確実に死に至らしめるグリムの固有スキル、『最後の一刺し(ラスト・スタッブ)』は着実にミゼルを追い詰めていた。

 

 このスキルは物理的な損傷による生命活動の停止ではなく、ゲームのシステムによる強制的な死への状態変化であるため、いかなる防御手段も無効化し、不死種ですら死と言う存在に変化させる。

 

「なんか分かんねーが、警戒だけはしとくか。今からテメーの攻撃は全て完全に回避する。掠り傷一つ付けさせねー」


 しかし近接能力しか持たないミゼルには結局近づく以外に攻撃する手段は無い。

 そして手加減しているはずの彼は、すでにデバフのせいでほぼ全力で戦っていることに気付いていなかった。

 

「はあ……、やっぱり先輩はすごいなあ。こんな化け物相手でも、ちゃんと勝ちの目を用意してくれてたんだから」


 グリムの最大の能力は『最後の一刺し(ラスト・スタッブ)』ではなく、その俊敏性(アジリティ)にある。

 

 『敵の行動を読んで相手より早く動ければ、逃げるにしろ戦うにしろ、死ぬ危険性は著しく下がる。僕は君に死んでほしくないんだ。例えゲームでもね』

 

 その言葉を信じ、とにかく速く、誰よりも速くと自分を鍛えてきた。

 その結果、圧倒的なレベル差にも関わらずミゼルの動きに辛うじてついて行くことが出来た。

 

「あとたった三回……、ポーションもあと三個。相打ちでもなんでも、絶対にぶち込んでやる!」


 再び二人の衝突が始まる。

 回避に専念すると言ったミゼルは、しかしながら弱体効果によりその動きを鈍らせ、二度のかすり傷を受けてしまう。

 

「コイツ……速くなって――――! いや、オレが遅くなってる!?」


「ここで私が死んだら、先輩の教えが嘘になっちゃうでしょうがっっ!!」


 動きの鈍ったミゼルに、グリムの最後の一撃が迫る。

 これが見事ヒットすれば、『最後の一刺し(ラスト・スタッブ)』を発動せずとも致命傷になりうる最高の一撃になる――――はずだった。

 

 だが、金属を激しく叩く音を響かせてグリムの刃は止められた。

 首を狙ったナイフはミゼルの強靭な顎と歯によって見事に噛み砕かれてしまった。

 以前に力の誇示のため戦角の斬馬刀を噛み砕いた時とは違う、ミゼルにとっても生き残るための決死の行動の結果だった。

 

 圧倒的な実力差がありながらもここまでミゼルを追い詰めたが、結局僅かに届かなかった。

 ナイフが壊れてはこれ以上のデバフ付与は不可能で、グリムの戦略は完全に崩れることになった。

 

 絶望と体力の消耗で思わず膝を付く。

 

「嘘だ……。先輩の戦術が通じないなんて、そんなことあるわけない……!」


「ふぅ……。あぶね、まじで一瞬死ぬかと思ったぜ。すげーよアンタ。でも負けは負けだ。異界人ってのはいくらでも生き返れるんだろ? 今回は大人しく死んでまた出直してきな」


 打ちひしがれるグリムにトドメを刺そうと牙を向ける。

 足で殺すのは何となく無礼な気がしたのだ。

 

「い……やだ。死にたくない」


 そのセリフはゲームをプレイしている者の言葉とは思えない、心の底からの呟きだった。

 それは彼女の現実での人生経験からくるものでもあったが、彼女に救いを与えた恩人からの言葉によるものでもあった。

 

 『君にとってこの世界はただのゲームかもしれないけど、僕にとっては現実と一緒なんだ。だから君には死んでほしくない。君は僕のたった一人の友人だと思ってるからね。例え君が――――』

 

 その言葉に救われ、この人について行こうと思った。

 だからグリムは死ぬことを頑なに拒否する。

 たとえすぐに生き返る命だとしても、そのために誰かを殺したとしても。自分だけは生き残ると決めていた。

 

「じゃあな。言葉が通じるなら名前くらいは聞いときたかったぜ」


 凶悪な歯がグリムの首筋へと迫る。

 

「あーちゃん…………っ!」


 思わず叫んでしまったその瞬間、亜人たちが非難して静寂に染まっていた周囲に物音が響く。

 草木をかき分け、グリムの叫びに応えるように現れたのは小さな角をもった兎型モンスターのアルミラージだった。

 

「あーちゃん、いけませんよ。勝手に森の中を動き回っては……」


 それを追うように森の中から更紗が顔を出した。

 場にそぐわない闖入者にグリムとミゼルは思わずそちらに視線をやる。

 

「おいちびっこ、ここはあぶねーからあっち行ってろ」


 だが更紗はそれには答えずグリムを見つめる。

 

「貴方はグリム様…………、もしかして、ネム様に会いに……?」


「更紗ちゃん……、じゃあやっぱり、ここに先輩がいるんだ」


 言葉が通じないことなど関係ないと言うように、この瞬間二人は、ネームレスと言う存在を介して完全に意思疎通することが出来ていた。


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