37.もう一人の名無し
今回は三人称視点です。
プレイヤーの拠点となる街、ガーデンの地下はスラムの様相を呈しており、真っ当なプレイヤーはまず近づかない。
PKやRMT、詐欺トレードに違反アイテムの取引などなど、ゲーム内ですら悪行とされる行為が蔓延しているが、それ故に通常では知りえない情報やアイテムが手に入ることもある。
『先輩』の行方を追っているグリムがこの場所を利用するに至るのは当然と言える。
「どうだいこのリザードマンの鱗を使ったリングメイルは? 正規ルートじゃ手に入らないレア品だぜ」
「可愛くない、パス。それより先輩の情報は何かないの?」
グリムはネームレスが現在もゲーム内にログインしているとの確信があった。
もともといつ寝食をしているか分からない程ゲーム内に常駐している廃人プレイヤーだったこともあるが、先日アインスから聞いた情報もその根拠の一つだった。
ここ数日は地下街に入り浸って情報収集をしているが、未だにこれといった手掛かりは得られないでいた。
「もしもしお嬢さん、あなたみたいな綺麗な人がこんなうらぶれた場所にいるのは感心しないなあ」
突然フードを目深にかぶった男に話しかけられたグリムは、「またか」とうんざりしていた。
彼女はそのさっぱりした性格や言動から、リアルな女性プレイヤーであると認知されており、この手のナンパまがいの男に絡まれるのは珍しくなかったからだ。
「そういう心配は相手のレベルを見てから判断しなさいね。それともこの場で死んでデスペナ食らいたいのかしら?」
「はは、相変わらずおっかねえな。折角思い人の貴重な情報を持ってきた恩人にそんな口きいていいのか?」
フードをずらして見せた男は、グリムにとってとてもなじみ深い顔だった。
「セブン……、円卓のあんたがこんなところに居て、襲われても知らないわよ?」
「それこそ余計な心配だっての。それよりあーちゃんの情報が欲しいんだろ? ここじゃなんだし、場所を変えようか」
そう言って歩き出すセブンに黙って着いて行く。
地下街をさらに下り、辿り着いたのはほとんど誰も足を踏み入れることの無い首都圏外郭放水路の一角だった。
「はー、すっご! 話には聞いたことあるけど、ゲーム内でもちゃんと再現されてたのね。でもこれって埼玉にあるんじゃなかったっけ? なんで千代田の地下と繋がってるのよ?」
「地上ですら距離や方角の概念が狂ってる場所もあるんだ。ダンジョン化してる東京の地下に埼玉の施設があったっておかしくはないだろうさ」
巨大な空間に立ち並ぶ円柱の柱は、さながら神殿のような厳かな雰囲気を醸し出していた。
ただし、そこかしこに垣間見える血痕が目に入らなければ、の話だ。
一体ここで何が行われたいるのか、考えるだけで不快感がグリムを襲った。
「おや、セブンじゃないか。潔癖な君がこんな場所に来るのは珍しいね」
奥から現れた小柄で薄汚れた男は白衣を着ており、そこにも周囲と同じく血と思しき染みがいくつも付着していて、とてもまともな学者と言うイメージは持てない印象だった。
強いて言えばマッドサイエンティストか闇医者と言ったところだろうか。
「内緒の密会ってやつだよ。ギルマスには黙っててくれよな」
「ひひっ、もし性行為が可能になったら是非教えてくれ。リアルさを追求されたこのゲームで子供が作れるのか実に興味深い」
その一言でグリムはこの男が生理的に受け付けないと結論付けた。
そもそも仮に子供が作れたからと言って、そんなものはただルーティンを行うだけのお人形に過ぎないはずだ。
だがそこまで考えてグリムはふと以前会った更紗と炎王と言うNPCたちを思い出した。
彼女たちの所作や表情は完全に人間のそれであり、ネームレスいわく人間と変わらないレベルのAIを搭載されていると言っていた。
もしあのレベルで新しいAIが作れるのだとしたら、たしかにそれは新しい生命の誕生と言えるのかもしれない。
「真面目に聞く必要は無いよグリム。ドクター、奥の部屋を借りるぜ」
「はいはいごゆっくり~、ひひひ」
奥の個室に入ったところでようやくセブンはフードを脱いだ。
茶髪に癖の無い容姿、中肉中背と見るからにモブキャラといった風貌だった。
「で、先輩は見つかったの? セブン」
「いやまだだ。でも君が以前より嘆願していたNPCとの会談の件は許可が下りたよ」
「ホント!? よっし! これでさらに先輩の好感度ゲット♪」
ここ数日で唯一の吉報に、グリムは思わずガッツポーズを決めた。
「どうやらスカーレットの件で考えが変わったようだな。NPCを率いて末端とは言え円卓を撃退したんだ。このまま何の情報も無しに成り行きに任せる……ってのはプレイヤーを纏めるギルドマスターとしては看過できなかったんだろうさ」
「確かにゲームバランスを壊しかねない事態だものね。でも肝心の先輩が見つからないんじゃそれも難しいか……」
数か月間ネームレスの行方を追ってなんの手掛かりも無いのだ。
もしかしたら本当にアカウント削除してしまったんじゃないかと思うほど痕跡は残されていない。
「最近後楽園付近でエリアにそぐわない高レベル魔人種の頻出報告が上がって来てる。さらに何人かのプレイヤーは連れ去られ、その後のログイン履歴も残っていない」
「……それってまさか」
「順当に考えればあーちゃんの仕業だろうな。このままじゃゲームのプレイに影響が出て、プレイヤーの不満も高まってくる。インペリアルは調査部隊を結成して、真相究明に乗り出すみたいだ」
もしそこに先輩が居れば厄介なことになる。
魔人種の討伐となればこちらも相当な戦力で挑むことになるであろうからだ。
そう考えたグリムは自ら調査部隊に志願することを決めた。
「ま、グリムならそう言うと思って事前にねじ込んでおいたさ。上手くあーちゃんと会えたら大人しく投降するよう説得してくれ。会談はそのための餌でもある」
「先輩なら話せば分かってくれるわ。一見NPC至上主義みたいに見えるかもだけど、ちゃんと人の気持ちも考えてくれる人だもの」
「ああ、それは俺も十分理解してるよ」
セブンはそう言うと大事な思い出を噛みしめるように瞼を伏せ、満たされていたころの記憶に耽る。
「解ってるんならいい加減仲直りしなさいよ。あんたがまだゲーム続けてるって知ったら絶対喜ぶよ」
「ああ……まあそうなんだろうけどよ、なんつーか気まずくてさ」
彼には負い目があった。
ともすれば今の彼の行動理念を形作るきっかけになったかもしれないであろう程の重大な負い目が。
「ま、あんたのそういうところは昔からだけどね。でも決めたでしょ、いつかまた私たちであの頃みたいな楽しい世界を取り戻すって」
「ああ、分かってるよ。会談で会えたらちゃんと話はするつもりだ」
「うん! それならヨシ! じゃあ私はもう行くわね、次は先輩も含めてゆっくり思い出話に華を咲かせましょ。ね、モブっち!」
「ああ、三人で……な。JKさん」
挨拶を済ませ、グリムが帰ったことを確認すると、セブンは部屋を出てさらに奥にある研究室へと向かう。
奥にけば行くほど陰鬱な雰囲気は濃度を増し、かすかに化学薬品や血のような匂いに混じって悲鳴のような声が聞こえるようになってくる。
行きどまりとなった先で唯一のドアを開けると、その中には思わず目を背けたくなるような凄惨と言える光景が広がっていた。
大きめの研究室のような室内の壁には培養液に浸された人体のパーツの数々、ところどころには人間の者ではないとハッキリとわかる角や体毛といった、ファンタジー世界独特の特徴を有した物も多数あった。
一目でそれがNPCたちの死体を解体したものであることが見て取れる。
「ひひ、お楽しみは終わったのかいセブン? どうせならこの部屋でやればよかったのに、きっといいサンプルが取れるぞぉ」
「グリムにこんなものを見せたら施設ごとぶち壊されるぞ。正直俺でもあんまいい気分じゃない」
「私のような研究者にとっては楽園のような場所だがね。これだけ精巧なモルモットが居れば我が国の化学は百年は進歩するぞい」
ドクターと呼ばれた小男は毒々しい色の液体が入った注射器を取り出して笑う。
その前に設置された寝台にはキャットピープルと呼ばれる亜人の青年が縛られており、「やめてくれ、助けてくれ」と叫んでいるが、当然暗号化された言葉はその場の二人には理解できない。
「その薬は?」
「このゲームの回復ポーションを再現したものだよ。劣化品でも実用化できれば医学の歴史が変わるぞ」
この小男は決して一般人のゲーマーでは無く、現実世界ではそれなりに知られた生物学の第一人者とされている人物である。
そんな者の発言だからこそ、それがただのゲーム内アイテムなどではなく、現実に即した薬物であることがセブンには理解できた。
「仮に成功したとして、ヴァーチャルの臨床結果に意味なんかあるのか?」
「ひひ、らしくない質問だの。おまえさんはこの世界をただのVR空間だと思っとるのかい?」
感情的には否と言えるが、恐らくこのマッドサイエンティストの言葉はもっと物質的な意味だろう。
「たしかに理論上全ての物質はデジタルで表現できる。だが分子構造やその性質まで再現されたこの世界は、もはや第二の現実と言っても過言ではない」
「だからこそあんたみたいな学者崩れまでこの世界にやって来たんだ」
「ああ、アインスは最高の実験場を提供してくれたよ。何せ設備も被検体も何の制限も無く調達できる。莫大な研究費も、人道主義者への配慮もいらん。誰がこのVRを創ったか知らんが、これだけでも世界中が奪い合うほどのオーバーテクノロジーだぞ」
そう言いながら小男はキャットピープルの首筋へと注射針を打つ。
しばらくすると被検体は身体を痙攣させ、眼を充血させながら唸り声をあげるとやがて泡を吹いて絶命した。
「やはり上手くいかんなあ、脳が肉体の急激な再生についていけん。やはりエルフがほしいのう。おいセブン、ちょっと活きのいいエルフを二、三匹生け捕りにしてきてくれんかい?」
「お断りだ。俺はNPCは嫌いだが、あんたほど外道でもないんでね」
吐き捨てながらセブンは狂気の実験室を後にする。
「たった一年弱で、この世界は変わりすぎた」
帰り道、牢に捕われている亜人の女性を見かけてセブンは足を止める。
女性は格子を掴み、必死で何かを喋りかけている。
「ああ、何言ってるかわかんねー。これが理解できれば、俺にもあーちゃんの気持ちが理解できるのかね」
セブンは腰に下げていた剣で亜人を一閃し、苦しむ間もなくその首を切り落とす。
プレイヤーの精神汚染緩和のための視覚フィルターをオフにしている彼には、その切り口も噴き出る返り血もはっきりと認識できていた。
それでも彼は表情一つ変えることは無い。
「理解する必要はねーか。お前らは俺たちの作った街を破壊した。俺はこの世界からお前らを絶滅させて、俺やJKさん、あーちゃんと同じように現実で苦しむ奴らにとっての楽園だった場所を取り戻す」
奇しくも小男の言った通り、彼にとってもこのVR世界はただのゲームを越えて、彼が生きるべき第二の現実となっていた。
アポカリプスと呼ばれたこの奇妙なVRゲームが何のために作られ、どういう形で終わりを迎えるのか、セブンには一切興味が無かった。
「この世界は俺たちのもんだ。制作者の思惑も、NPCがどうなろうとも関係ない。今いる害悪プレイヤーどもを追い出して、俺たちがの楽園を取り戻す。その隣にあーちゃん、……おまえも居てくれるよな?」
過程はともかく、その目的だけは確かに彼が求める男と一致していた。
※
モブっち、JKさんはプロローグに出てきた主人公の仲間の二人です。
忘れてる人も多いと思うので……。




