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36.飛炎

 あれから一週間、回復の遅れたアネモネを待ってようやく体調万全となった僕たちはキングダムへと帰ることになった。

 

 この一週間の間にスミスにチャットで経緯を説明し、事情を理解した彼は早速必要な人材を寄こしてくれた。

 現在鬼人の里では防衛設備の建築、武器やポーションなどが開発できる職人の育成、急速成長する品種改良した農産物の生産など、あらゆる面で拠点としての改良が進んでいる。

 

「ウィンストンは教会ではそれなりに地位のある人間だ。それが戻らないとなれば、まず間違いなく里の謀反を察知して兵を送ってくるだろう」


 そう言うアネモネに対し、この地に残りたいと言う鬼人族の意思を考慮し、里自体を一つの防衛拠点とすることにしたのだ。

 幸い僕らの住む隠れ里とも近く、交流自体は難しくない。

 

「お待たせしましたネム様。とと様に挨拶していたら遅れてしまいました」


 頭の上にあーちゃんを乗せた更紗が小走りにやってくる。

 しかしその後ろには何故か作業の手を止めた鬼人族たちが勢揃いで付いて来ていた。

 出立を控えた僕とアネモネの前で止まると、皆が一様に地面に伏して頭を下げる。

 

「なんだ? 更紗殿、これは一体……?」


 伏せた一団の中から戦角が進み出て再び頭を下げる。

 

「炎王様、回復おめでとうございます」


「……僕はネームレスだよ。あの時は確かに炎王も僕の中に居たけど、今は正真正銘の僕だ」


「……失礼しました、ネームレス様。この度は里の者たちの総意で、ネームレス様とアネモネ様に心よりの謝罪と感謝をお伝えしたく参上いたしました。お発ちになる前にしばしお時間を頂けますでしょうか?」


 なるほど。彼らの置かれた状況を考えれば特に責めるつもりもないが、形だけ見れば彼らは僕らを排斥しようとしたことになる。

 本来は誇り高そうな鬼人族だからこそ、けじめは付けたいという訳だ。

 

「わかったよ。ただし切腹とかは勘弁してくれ」


 鬼人族の切腹の文化があるのかは知らないが、ビジュアル的にやりかねない雰囲気だったので一応釘を刺しておく。

 

「感謝します。それでは…………我ら鬼人の里一同は! 只今より神の使徒ネームレス様に生涯を懸けての忠誠を誓います! ひいてはアネモネ様と並び、此度の無礼と救われた恩は、我らが一族の全てを以って形としたく存じます! 鬼人族の繁栄をネームレス様の為に!!」


 そう宣言すると後ろの鬼人族たちは地面に額を擦り付け、まさしく土下座の体勢で唱和する。


「「鬼人族の繁栄をネームレス様の為に!!」」


 確かに切腹以外は受け入れるつもりだったけど、これはこれで少し怖い。

 そもそも助けたのは僕ではなく炎王のゴーストであって、僕に忠誠を誓われるのは何か違う気もする。

 

「お、おいネム、すごいぞ! 亜人最強の鬼人が一族を上げて私たちに協力してくれると言っているんだぞ! ふふ、同盟が目的だったが、これは予想以上の大成果だな! ざまあみろスミス!」


 アネモネはハイテンションで騒いでいるが、僕としては他人の手柄で崇められるのは気持ちが悪いのだ。

 

「受け入れてやってくれネム殿。儂らは愚直ゆえ、これ以外に恩を返す方法を知らんのだ」


 整列には加わっていなかった飛炎が遅れてやって来てそう言う。

 

「すまんな。儂は一応この里の長だからな。公式的に頭を下げるわけにはいかんのだよ」


「いえ、本来ならそれは炎王に与えられるべき栄誉ですから」


「いくら亡霊とは言え死人に口なし。この者らを動かす言葉を紡いだのは間違いなくネム殿だよ」


 そこまで言われて断るのも困難だ。

 ここは漁夫の利を得たと考えて前向きに考えよう。

 結果的に彼らに報いれば、それも許されるだろう。

 

「ひいてはネム殿、貴殿はこの里から離れる。となれば里を管理する監督役が必要ではないかな?」


「ああ、それなら引き続き飛炎様に――――」


「そこな戦角は里一番の有識者でな。任せるに不足ないと思うが?」


 突然指名された戦角はあり得ないとばかりに飛炎に詰め寄る。

 

「戯れはおよし下さい飛炎様! そもそも私は長の証たる炎髪も鬼火も持ち合わせておりません!」


「そのようなカビの生えた因習は捨てよ。何が一族にとってもっとも有益か考えれば、そなた以外に選択肢は無い」


 そう言われて戦角は黙ってしまう。

 炎王を信奉していた彼にしてみれば、飛炎のやり方には含むところもあったのだろう。

 

「良いんじゃないかい? 結果的に鬼人族を奮起させたのは君なんだ。その資格はあると思うよ」


 僕の言葉でようやく彼も決心がついたのか、静かに「承りました」とだけ答えた。

 

「さて、これで儂はもう長ではなくなった。もはや建前も必要ないな」


 飛炎は突然地面に正座し、頭を下げる。

 

「里の不始末はすべて長だった儂の責任。この老人の首でよければ遠慮なく差し出そう。それで手打ちとしていただきたい」


「はあ……、切腹がダメだから打ち首ですか。嫌に決まっているでしょう。折角長の任を外れたんですから、せいぜい晩年を謳歌してください」


 僕が言うのもなんだが、生真面目過ぎるのも困りものだ。

 どうしてこの厳格な老人から炎王が育ったのか謎である。

 

「ほう、自由に生きろと申されるか。しかし儂も老い先短い年寄りだ。余生はせめて可愛い孫の顔を見て過ごしたいところだな」


「……は?」


「なあに、迷惑はかけんよ。老いても腕は錆びておらん。主君ネームレス殿のためにこの老骨、存分にお使い下され」


「あ、付いてくる気なんだ……」


 堅物で真面目な人物かと思っていたが、やはり炎王の父親なだけはある。

 この老人、もっともらしいことを言って面倒な役目を戦角に押し付け、自分は孫と一緒に外の世界を見に行きたいと言っているのだ。

 

「はあ……」


 同じことを考えたのか、更紗も横でため息をつきながら呆れていた。

 

 

 

◇◇◇


「遅かったなー、()()()()()


 里を出てすぐ、森の中に入ると木の上でリンゴを齧っているミゼルが迎えてくれた。

 服装は以前の拘束衣に戻っている。腕が固定こそされていないが、手の平が使えないため器用に足の指でリンゴの枝の部分を摘まんでいる。

 

「どこ行ってたんだい? 捜してもいないから置いて行くところだったよ」


「オレは警戒されてるっぽっかったからなー。外で待ってた」


 ミゼルが仲間になったことは里の人にも伝わっているはずだが、直前にあれだけ派手に暴れまわっているのを見られたからにはそれも仕方ないか。

 

「ついでに周辺のモンスターも狩っておいたぜ。感謝の言葉は随時受付中だ」


 ありがとう、と言おうとしたところで飛炎が進み出る。

 

「力は化け物染みておるが、まだ青いな。主君を守りたいなら障害は完全に排除せねばな」


「あン? なんだジイさん、オレ様になんか手落ちでも――――」


 飛炎がさらに進むと、唐突に周囲から尖った竹槍が飛来する。

 しかしそれらは前触れもなく細切れになり、飛炎に届くことなく地面へと落下した。

 

「な、なんだ? 何が起こった?」


「侵入者用の罠ですね。来るときは迂回したので忘れていました」


 困惑するアネモネに更紗が説明してくれる。

 だがどちらかと言えば疑問は何故竹槍が無効化されたかの方だ。

 特に飛炎が何かをしたようには僕には見えなかった。

 

「切ったんだよ。一瞬で六回は剣を振りやがった。やるじゃんジイさん」


「お主は殺気や匂いに頼り過ぎだ。それでは自分は生き残れても他人を守り切ることは出来んぞ?」


「おーおー言ってくれんじゃん! でもアンタ、オレとおにーさんが戦ってるときは黙ってみてたよなぁ? アンタが参加してたら、もしかしたら万が一くらいでオレを()れてたかも知れねえぜ?」


 確かに、言われてみればそうだ。

 飛炎は号令はかけたが、その後は戦うでも避難するでもなく黙って状況を見守っていた。

 彼の心情的に先陣に立って戦いそうなものだが。

 

「その点に関しては何も言い返せんなあ。何せあの時点ではまだどっちに転ぶか分からんかったものでな」


 ああ、そういうことか。

 この老人、あの戦いの最中でもきっちり保険を打っていた訳だ。

 

 僕らが教会に勝利すればそのまま軍門に下り、もし負けた場合は教会を敵に回さぬよう自分が犠牲になるつもりだったのだ。

 里の者は長の命令に逆らえない、だから責任は命令を下した自分にあると。

 

 あるいは自分は手を出さなかった、だから自分だけは助けて欲しいと卑劣漢を演じるか。

 仮にも正義を掲げる教会なら、そのような人間を許したりはしないだろう。

 そうしてヘイトを集めて里の者を見逃すよう誘導するつもりだったか。

 

 長としてどこまでも冷徹に、里が生き残るためにあらゆる手段を講じていたという訳だ。

 頑固で保守的な表の顔、目的のためには手段を選ばない冷酷さ、それでいながら自由を求める本心。

 伊達に歳は重ねていないということだろう。

 

「さあ参りましょうかネム殿。早く我らの国と言うのを見てみたいものですな」


「おにーさんの周りには美味そうなヤツが集まってくるなー。思わずつまみ食いしないように気を付けねーとな」


 戦闘力として圧倒的なミゼルと、老獪で思慮深い飛炎。

 僕たちは予想以上に強力な力を手に入れたのかもしれないな。

 

 そんな圧倒的な二人と成長したアネモネ、そして僕が何のために戦うかを決意させてくれた更紗を連れて、キングダムへと帰還した。


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