33.アネモネの才能
一足飛びで弾丸の如く高速で飛来してくるミゼル。だが見える。
炎王の戦闘経験が一瞬でその対処法を弾き出す。いくら速かろうが見えるストレートを打ち返すのはそう難しい事ではない、筈だった。
刀の間合いに入る寸前に猫のように身体を丸め、空気抵抗で地面に着地したミゼルは、タイミングをずらして再び飛び上がり回し蹴りを放ってくる。
咄嗟に刀でガードを試みるが、今度は刀身に防がれる寸前に伸び切った足を折り畳み、刀身をやり過ごした段階で足刀蹴りを顔面に叩きこまれた。
もろに顔面に食らった僕は数メートル吹っ飛び、起き上がると歯が数本折れていることに気付く。
「炎王様!? いま助太刀に参ります!」
自分の周囲をある程度片付けた戦角が数人の鬼人族を引き連れ、一斉にミゼルに切りかかる。
止めようとしたが歯が折れて上手くしゃべれずにいると、襲い来る戦角たちをミゼルは足に嵌められた重しであるはずの鉄球を振り回して薙ぎ払う。
腕に自信があるだろう戦角は、身の丈の倍以上はあろう斬馬刀をすり潰すようにミゼルに叩きつける。
しかしあろうことか、ミゼルは避けることもせず振り下ろされる斬馬刀を見上げたと思えば、まさかの刃を歯で噛み付いて受け止めた。強固な鉄に食い込んだ歯はそのまま斬馬刀ごと戦角を持ち上げ、地面に叩きつけると斬馬刀は脆くも噛み砕かれた。
その人型の生物を逸脱した戦いぶりに、さすがの精悍な鬼人族も驚愕に動きを止めざるを得なかった。
それを見ていたウィンストンは勝ち誇ったように笑い出す。
「ははははは! これが“暴食”と呼ばれた上位魔人種の力だ! 百の聖騎士を犠牲に捉えて飼いならした私の最終兵器だよ!」
「下がっていろ戦角。こいつは俺が相手をする」
時間を稼いでくれたおかげでポーションで回復は出来たが、化け物としか思えない力と、千変万化の動きに、どう戦っていいのかビジョンが見えないでいる。
しかもこれで両手を拘束衣で塞がれていると言う、ハンデ付きでの評価というのが始末に負えない。
今更ながらに解析スキルで調べてみると、その異常さにさらに驚愕することになった。
レベル:289。クラス:ソウルイーター。
レベルというのは高くなるほどレベルアップに必要な経験値が増えていくため、実質はレベル250程度で頭打ちになってしまうのだ。
少なくとも僕はNPC、プレイヤー問わず、レベル210以上は見たことが無い。
噂では円卓のトップが250を超えたと聞いたことがある程度だ。
そしてクラスに至っては聞いたことすらない。
おそらく特殊な条件を満たした者だけが獲得できる固有クラスなのだろう。
それゆえどのようなスキルや特性があるのか全くの未知である。
「あああーーー! まっことやっかいじゃのう!!」
……危ない、危うく自棄になって炎王の意識に乗っ取られるところだった。
だが正面から向き合ったところで勝機が見出せるわけでもない。
こちらの力量は分かったと言わんばかりに、僕が刀を拾うのをニタニタを笑いながら待っている。
目は両目眼帯で隠れているのに、凶悪そうなサメ歯をむき出しにしたその表情はさながら悪魔そのものだ。
さてどうしたものか。一応奥の手はある。
戦闘経験や能力は炎王と同期しているとは言え、肉体が僕のものである以上ステータスはレベル1のままだ。
それを引き上げれば本来の炎王の戦闘スタイルに限りなく近づけることは出来る。
しかしそれでも一人では勝てる気がしない。
「レイド戦か。やったことは無いんだがな…………」
「ネム! 大丈夫か!?」
更紗を避難させたアネモネが苦戦する僕に駆け寄ってくる。
丁度良かった。この場でパーティメンバーとして頼れるのは彼女だけなのだ。
「アネモネ、お前、俺に命を預けられるか?」
「は? 一体何を――――」
「あいつを倒すのにお前の力が必要だ。俺――――僕と一緒に戦ってくれ」
炎王ではなく僕の言葉として頼むと、しっかりと眼を見据えたアネモネは力強く頷いてくれる。
「ま、任せろ! 力不足なのは解っている。しかし貴様だけに戦わせたりはしない!」
そう言ってくれたアネモネに、鞄から取り出したピルケースを投げて寄越す。
「レベルドープだ。それを飲めば一定時間ステータスをレベル100オーバーまで引き上げられる」
以前スカーレット戦で使ったドーピング剤――――レベルドープと名付けた――――をアネモネに飲ませる。
本来は個人差によって調剤の仕方が変わるのだが、レベル的に僕に近いアネモネは比較的調整がし易かったため、いざという時の自衛用に作っておいたのだ。
「な、なんだこれは!? 力も魔力も桁違いに上がっていくぞ! こんなすごいものを何で今まで使わなかったんだ!?」
「今回のは効果を抑えてあるが、本来なら身体がついて行けずに死ぬ可能性もある。あと制限時間は約十分。それを過ぎたら二~三日は歩くのもつらいぞ」
「……その程度か。分不相応な力の代償としては安いものだ」
アネモネに合わせて僕もレベルドープを服用する。
「……一つだけ忠告しておこう。君が弱いのは才能が無いからじゃない。むしろそのレベルで複数のクラスのスキルを同時に習得できているのは驚異的なことなんだ」
「……? いきなり何を言い出す?」
「この世界での才能というものは本来クラスによって固定されている。クラス外のスキルをほいほいと覚えられるものじゃないんだよ」
アネモネのクラスは神官騎士。剣技はともかく、魔法やテイムなんてスキルが使える方が異常なのだ。
「お前は周囲に認められるために結果を急ぎ過ぎたんだ。だが初歩を習得している今のお前がレベルを上げたらどうなると思う?」
「一時的にすべてのスキルを高レベルで使用出来る……?」
「そうだ。そしてレベルドープは本来の素養以上のレベルには上げられない。今のお前の力は、いずれお前が手に入れる可能性の一つなんだ」
器用貧乏になるか、それとも万能となるか。
いずれにしても彼女には今後どう成長していくかの可能性があるのだ。
「ふん、貴様も持ち上げるのが上手くなったものだな。……だがこんなに嬉しいことを言われたのは初めてだ! 自分には可能性がある! そう信じられるだけで私はどんな壁にでも立ち向かって見せるさ!」
うっすらと眼に涙を滲ませながら、意気揚々とレイピアを構えるアネモネ。
「まずは強化魔法! これは五歳の時に覚えたものだ!」
詠唱とともに僕とアネモネの上昇したステータスをさらに引き上げているのがわかる。
「次はテイムスキル! これは八歳のときにペットに噛みつかれながら覚えた!」
宣言に呼応するように森の中から地響きのような音が広がり、その奥から多数のモンスターが現れミゼルに襲い掛かろうと威嚇する。
「さあネム、これで頭数は十分だろう! 私たちも行くぞ、暗幕の霧!」
僕とアネモネを認識阻害の膜が覆う。
暗殺者クラスが集団での任務を行う際の高位スキルだ。
どれもスキルとしては特別レアなものではないが、一つ一つが極まっており、さらに複合使用するなど本来は小隊単位で行う戦術を、アネモネは一人で完結させた。
「予想以上だ。これで負けたら、この世界はクソゲーだったとあの世で言いふらしてやるよ」
勝機に沸く鬼人族、劣勢になって戦意を失いかけた亜人兵、アネモネのあまりの激変ぶりに呆然自失となっているウィンストン。それらが見守る中、僕とアネモネ対ミゼルのレイド戦が開始された。




