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31.処刑と復活

 間も無く夜が明ける。日の出とともに僕たちはウィンストンに捕われ、教会へと連行される。

 引き渡しまでの間、両手は麻縄で縛られ窓も無い小屋の中に軟禁されている。それはアネモネと更紗も同様だ。

 

「縄には薄めた腐食剤を染み込ませてある。一時間もすれば腕力で引きちぎれる様になるはずだ」


 細工の間、僕たちが逃げないよう監視していた鬼人族の人たちも止めようとはしなかった。

 やはり彼らも教会に対して信仰が厚いとは言えないようだ。

 

「ネム……、作戦の前に一つ貴様に言っておきたいことがある」


「なんだい? 敵は僕が全部引き受ける。アネモネは更紗を連れて戦線を離脱してくれればそれでいい」


 作戦の成功条件は三つ。

 僕たち三人の無事。ウィンストンの捕縛、無理なら殺害。その二つを手土産に鬼人族を説得する。

 アネモネが最重要な更紗の安全を確保できれば、僕が失敗しても最悪亡命のという形で鬼人族を取り込める可能性もある。

 まあ僕の方も失敗するつもりは無いが。ソロとは言え奇襲戦は僕の最も得意とするところだ。

 

「その話ではない! ……その昨日は、あ、……りがとう」


 ……まさか「ありがとう」と言ったのか?

 お礼を言われる覚えもないが、それ以前にアネモネが僕にそんな言葉を言う事が信じられなかった。

 

「昨日ウィントンに貴様が言い返してくれた言葉、正直嬉しかった。異界人から皆を助けようと教会を飛び出したのはいいが、奴に言われた通り実際私は無能でな……。お飾りで神官騎士の席を与えられたものの、周囲の私を見る目は侮蔑一色だった。本当はそんな周りを見返したくてレジスタンス活動など始めただけではないかと自分を恥じることも多かったのだ」


 アネモネは教皇の娘だと言われていた。能力に見合わぬ地位には当然誹謗中傷も付きまとったのだろう。


「しかし貴様が私に救われた者たちがいると言ってくれたおかげで、自分の行動に自信が持てた。フェイスレス派が支配する今の教会は間違っている。ラヴレス様が仰った自由で平等な世界のために、私も教会を正すため貴様に全力で協力しよう」


 アネモネにとって教会とその教義は全てだったであろう。それに反する覚悟はそう簡単に出来るものではなかったはずだ。

 意図したわけではないが、彼女がそれを決意してくれたのなら僕の言葉も無駄ではなかったという訳だ。

 

「僕のいた世界では信仰って言うのは神の為じゃなく人間のためのものだ。君がそう決意したのなら僕は全力で応援するよ」


「ああ、ありがとう。ネム」


「お二人とも、そろそろ時間です」


 更紗の言葉と共に軟禁されていた小屋の扉が開く。

 後ろめたい表情の鬼人族の青年に縄を引かれ、扉をくぐった先には待ちかねたと言わんばかりのウィンストンと、里を囲むように何十人もの亜人の兵たちが待ち構えていた。

 

「これは何事かウィンストン神父! これほどの兵を呼びだして、我が里へ宣戦布告でもするつもりか!?」


 先に状況を把握していた飛炎がウィンストンに食ってかかっている。

 予定では僕たちを連れて即座に里を出ていくはずが、気付けば誰も逃がさんとばかりに兵隊に包囲されているので憤るのも当然だろう。

 

「ご安心ください飛炎殿。これはあくまで反乱防止のためです。これからここで執り行う公開裁判に際して余計な義憤を抱くものが表れないためのね」


 公開裁判だと、まずい、予定と違う。奇襲するつもりがまんまと先手を打たれてしまった。

 しかもこの兵の数では迂闊に反攻に転じるわけにもいかない。

 

「裁判とはどういうことだウィンストン! たかが育成機関の長風情が裁判官にでもなったつもりか!」


 アネモネの言葉にウィンストンは相変わらず見下したような視線をぶつけながら告げてくる。

 

「おや、言っていませんでしたか? アネモネ様が出て行かれてから(わたくし)は聖下直轄の異端審問官に任命されましてね。故に(わたくし)は個人の裁量によっていつでもどこでも裁きを行う権限を与えられているのですよ」


 そう言って腕を掲げると、それに呼応して周囲の亜人兵たちは槍を鳴らし叫びだす。

 

「「背教者には断罪を! フェイスレスの名の下に裁定を!」」


「くくくく、そういう訳でアネモネ様とその男にはこの場で審問を受けていただきます。なあに、死ねば貴方がたの無実は証明されるのです。簡単なものでしょう?」


 それは完全に中世の魔女裁判だ。

 死ねば無罪。生き残れば悪魔の所業だとして死刑。

 これが現在の教会のやり方だとすれば確かに狂っているとしか言いようがない。

 

「尚、鬼人の里には現在背教者擁護の嫌疑がかかっている。汚名を晴らすためにも是非積極的にこの審問に参加されることを希望します。……まずはその二人を磔刑に処せ!」


 数人の亜人兵が寄ってきて僕とアネモネを用意されていた柱に磔にする。

 対処しようにも腕を固定している麻縄はあと一時間弱は解けることは無い。

 

 瞬く間に柱に縛り付けられた僕たちは完全に死を待つだけの罪人となってしまった。

 

「審問の方法は簡単です。鬼人族の皆さんでこの二人に石を投げなさい。一時間後にこの二人が無事死んでいれば被疑者も鬼人族の皆さんも晴れて無罪! ただし一人でも生きていた場合は、手を緩めたとしてどちらも共謀罪でこの場で処刑します。それでは始めなさい!」


 その宣言にざわつきを抑えられない鬼人族たち。

 覚悟を決めて足元の石を拾う者。

 僕たちを更紗の恩人だと知っていて躊躇う者。

 時を待たずして小さな小石が投げつけられ始める。

 

「さあさあ、どうしました? そんな程度では人は死にませんよ? まずは顔を狙いなさい! 見事命中させた者には特別に恩赦を与えますよ!」


 アネモネの肩に大き目の石が辺り、苦悶の声を上げる。

 しかしこちらにちらりと視線を送り、まるで信じていると言わんばかりに苦痛に耐えている。

 

 それを見かねたのか一つの人影が僕たちの前に割って入った。

 腕を縛られたままの更紗が、視線が僕らに集中している隙を縫って握られた手綱を振り切って来たらしい。

 

「これ以上お二人に手を出すことは許しません。どうしてもと言うなら、まずは更紗を殺してからにして下さい」


 そう言って毅然と立つ幼い少女の剣幕に石つぶてが止まる。

 もともと進んでやっていた訳ではない彼らに、慕っていた炎王の幼い娘まで標的に出来る者はいなかった。

 

「いけませんね更紗殿。せっかくお爺様が殉教の精神で黙っているのに孫の貴女が出しゃばるとは。貴女の行動が一族の死を招くことになるのを解ってらっしゃいますか?」


「里のために更紗の命で済むのなら厭いはしません。ですがお二人まで巻き込むのなら話は別です。無実の者に石を投げるような恥知らずな真似は、鬼人族の長、炎王の娘として看過できません」


 毅然とした更紗の言葉に鬼人族は後ろめたさに目を背け、ウィンストンはやれやれとため息を付く。

 

「だ、そうですが、飛炎殿? 長代理の貴方も同じ考えで一族郎党滅びることを望みますか?」


「………………更紗を殺せ。これは現行の長としての命令だ」


 その言葉で今度は更紗に対して石が投げられる。

 しかしそれは投石と言うにはあまりにも弱々しいもので、誰もが苦悩に満ちた表情で形だけの命令に従っているだけだった。

 それでも石は石。その硬さは小粒とは言え額に当たれば血を流させる程度の威力はある。


「更紗殿! ……くそ! ネム、何とかならないのか!? このままでは更紗殿まで――――!」

 

 額から血を流しながらも微動だにせず、瞳も見開いたままただ毅然とした態度で立ち続ける更紗に、石を投げていた者は怯えのような畏怖すら感じ始めていた。

 

「…………君たちは死んでいるのと同じだね」


 血を流している更紗を見て、僕は思わず口を開いていた。

 

「ラヴレスは言っていた。この世界で“生きている”とは記憶と意思だと。更紗の記憶を押し隠し、自らの意思を曲げてまで助かろうとする君たちは、生きながらに死んでいるのと同義だ」


 ラヴレスの名前に耳ざとく反応したウィンストンが問い詰めてくるが、無視して語り続ける。

 

「生き汚く足掻くことを否定はしない。けれど、一番大事な物まで捻じ曲げて死んでいる君たちに、僕は価値を感じない。そんな価値の無い命なら、僕は救いたいとは思わない」


 言葉を紡ぎながら、僕は足元の影から何らかの存在が身体に流れ込んでくるのを感じていた。

 それは青い炎となって、手足を縛る麻縄を焼き切っていった。

 

「ネム……!?」


「ネム様!!」


 気付けば目にかかる前髪は赤く燃え上がるように輝き、仄かな熱を持って揺らめいているのに気付いた。

 

「炎髪……!? それは鬼人の長のみが受け継ぐ力…………!」


 飛炎が丁寧に解説してくれる。

 なるほど。炎王の奴、あの時まだ本気を出していなかったのか。あの場に至ってまだスカーレット――――異界人を殺さず、同盟のための道を夢見ていたんだな。

 

「な、なんですかあれは……? もういい! 先にあの男を殺せ!」


 異常事態に焦ったウィンストンの指示で周囲を囲んでいた兵から矢が飛んでくるが、内在する力に任せて腕を振ると矢は青白い炎によって空中で燃え尽きた。

 

「とと様の……、とと様の鬼火です!」


「よく耐えたな更紗。もう大丈夫だ。……あとはこの『俺』に任せろ」


 体内で暴れまわる力は、そこに秘められた強烈な意思と共に僕と混ざり合っていた。


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