30.泣いた鬼がもう笑う
里外れの森の中、隠れるようにひっそりとその墓はあった。
言われなければそうと分からないような、土を盛って特徴の無い大きな石を置いただけの質素な墓だ。
ただ墓石の前に飾られた摘みたての献花の数々が、その下に眠る者の生前の行いを物語っている。
「罪人に墓を作ることは本来許されません。ですがとと様を慕っていた里の方々がこうして見つからないように埋葬して下さったそうです」
炎王の遺体はスミスがこの里まで運んでくれたと言っていた。
きっと人知れず埋葬されるより、故郷の人たちも自分たちで見送りたいと願っていると考えたのだろう。
「わかるよ。彼は人を引き付ける魅力を持っていた」
「はい。故郷を旅立つときは、決して快く送り出してはもらえませんでしたが、それでもこうして多くの人が悼んでくれて、とと様もあの世で喜んでいると思います」
それはそうだろう。だがその言葉は僕にはとても冷めた感情に聞こえてしまった。
「まるで他人事のように聞こえる。人は本音を隠すとき、そんな風に自分を俯瞰して語るものだよ」
「……今日のネム様は手厳しいのですね。ですが更紗は大丈夫です。戒律を破って世界を旅していた時に、いつかこういう日が来るだろうことは覚悟していましたから」
たった一人の父親を殺され、今度は周りのために自分自身も犠牲になろうとしている幼い少女が、こんな風に達観したセリフを吐くのは決して潔いとは思えない。
僕と目を合わせようとしない更紗の肩を多少強引に掴み、こちらを向かせる。
「すまなかった」
「何のことでしょう? 何度も言っていますが、とと様の死はネム様のせいではありませんよ」
「炎王は死の間際、更紗を頼むと僕に託した。にも拘わらず僕は君の安全のためと言い訳して手元から離そうとしたんだ」
「合理的な判断です。そして里のみんなを危険な目に合わせないために更紗が教会に行くのもまた、合理的だと理解してくださいますよね?」
「ああ。僕が君の立場でも同じ判断をするだろう。……けど、それがそもそも間違っていたんだ」
以前の僕は、死なないというのを利用して幾度となく自分の命を利用していた。
そしてその度に友人であるグリムが本気で怒っていたのを思い出す。普段から軽口で怒らせることはあったが、そういう時の彼女は本気で数日は口もきいてくれない時もあったほどだ。
ゲームとはいえこの世界の死はとても鮮烈に表現される。それゆえの不快感だったのかもしれない。
炎王もそうだった。僕が囮になると言ったとき、彼も怒っていた。
「その考えで救われるのは自分の心だけだ。残された者のことなど微塵も考えない身勝手な考えだ」
「……ネム様がそれを仰いますか」
ああ、反省しているとも。でも僕は思ったより頑固だったようで、やっぱり自分のやりたいようにしか出来ないらしい。
他人がやっているのを見て、初めて自分の行為の行動が誰も幸せにしないと気付くことが出来た。
「この里は僕が守る。そして更紗も僕が側で守る。これこそ本当に合理的で理想的な決断だと思わないかい?」
それを聞いて更紗はようやく僕と真正面から目を合わせてくれる。
「……更紗は、ネム様の隣に居ても良いのですか?」
「ああ。君の守りたいもの全部まとめて引き受けるよ。頼りないかもしれないけど、君の父親が信じた僕を信じてくれ」
僕を見つめる目には次第に涙が浮かび上がっていた。
それは瞬く間に零れるほどに溢れ、気付けば僕の身体に顔を埋めて嗚咽を漏らしながら泣いていた。
きっと炎王が死んでからずっと張りつめていた糸が切れてしまったのだろう。
「かか様が死んで……っひく、とと様も死んでっ! 独りになるのは嫌ですっ! じじ様は里の長だから、更紗を一番にはしてくれません! お願いです……、ネム様! 更紗を独りにしないでください!!」
「それでいいんだ。泣きたいときは泣いて、思い切り我がままを言っていいんだ。君は見た目通りの子供なんだから、僕が全部聞くから……」
そのとき初めて更紗を抱きしめ、安心させるように頭を撫でてやる。
ひとしきり泣いて溜め込んできた思いを吐き出した後、ようやく落ち着いたのかゆっくりと身体を離す。
「すみません……グス、取り乱しました…………」
「いいんだよ。ありがとう。更紗が本音を言ってくれたから、僕も自分のやりたいようにできる」
「…………ネム様、……いま笑ってらっしゃいます」
僕が笑ってる? さて、自分ではそんなつもりは無かったのだが。
そうか、人間嬉しいときは自然と笑えるものなんだな。
まさかゲームの世界でそんな当たり前のことを思い出すことになるとは思わなかった。
「君も笑ってるよ、更紗」
気付けば更紗も目を赤く腫らしながらも笑顔になっていた。
そういえばこの子の笑っているのを見るのも初めてだ。
「そうなのですか? 笑顔と言うのは不思議ですね。これまでも嬉しい事はたくさんあったはずなのに、まさかこんな大変な状況で出てしまうなんて」
そうだな。やることは決まったが、状況は何も好転していない。
あのミゼルという魔人種が敵に居る限り、僕一人では勝ち目は薄い。
加えてこの里を守るためには飛炎や里の住人の説得もしなければならない。
そんな山積した問題に筋道を示すように、森の中から飛炎とアネモネが現れた。
「話は終わったかね?」
どうやら待っていてくれたらしい。
いや、タイミング的に盗み聞きしていた可能性もある。この老人、厳格なふりをして意外と下世話なところもあるものだ。
まあ孫が心配だったのであれば責められるものでもないが。
「聞いていたのでしょう? 悪いですが、更紗は渡せません。けれどこの里を見捨てるつもりもありません。そのためには――――」
「お主らの国に属せ。……と言うのだろう?」
どうやら隣にいるアネモネがすでに話を通していたらしい。
視線をやると、「残念だが……」というような表情で首を振っているので、事情は話したが受け入れては貰えなかったらしい。
「キングダムは神の使徒ラヴレスの宣言で立ち上げられたものです。貴方がたの信仰に背くことにはならないと思いますが?」
しかし飛炎はやはり首を振って否定する。
「正直なことを言えば、儂にとって信仰などどうでもよい。ただ長としてこの里を存続させることだけが、老いてなお引き擦り出された儂に出来る最後の務めなのだ」
要は僕たちの力では教会に対抗できないと言う訳だ。
まあ組織としての規模を考えれば当然の帰結である。
「だからこそ貴方がた鬼人族の力を貸していただきたいのです。現在だけでなく未来の為にも。少なくとも炎王はそのために旅に続けていたんですよ」
「あの馬鹿息子か……。確かに、如何にもあやつの言いそうなセリフだ。里の者もそんなあやつに希望を抱いている者も多かった」
飛炎は墓に置かれた沢山の献花を見て思考に耽る。
「明日、更紗を連れて行くときにお主たちも引き渡せと命じられた。それ以上はあやつらも譲るつもりは無いらしい……」
「なるほど。それで、あなたのお答えは?」
わかっていて訪ねるあたり僕も性格が悪い。
今までの彼の言を考えれば、孫を捨てたのに僕たちを庇う真似をするはずがない。
「受け入れた。だが里を出た後のことまでは知らぬ。お主たちの力が本物ならば、みすみすあの神父の思い通りにはなるまい。逃げ出すなり殺すなり好きにするがよい」
つまり力を示せという事だろうか。
確かに使い走り一人何とかできないようでは、教会全てを相手にするなど夢のまた夢だ。
自分はリスクを冒さず勝てる見込みのある方につく。というのは少々気に入らないが、彼も里の運命を担う者として失敗は許されないのだろう。
「了解した。どの道一瞬でも更紗を渡すつもりは無い。あいつ等を捕らえて再びこの里に戻って来たときに、改めて同盟についてお尋ねしましょう」
必ず考え直させてやるとも。
伊達に『革命の使徒』なんて大層な冠を貰ったわけではことを見せてやろう。




