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27.鬼人の長と教会の神父

 翌朝僕は更紗を鬼の里へと送り届けるべく、村の出入り口で彼女を待っていた。

 くるり以外の四人は村の会議所に寝泊まりしているのだから、本当は中で待てばいいのだが、今は少し顔を合わせ辛かった。

 そういう理由で独りで時間を潰していると、スミスが近づいてきた。

 寝起きなのかいつものお洒落なコートは着ておらず、木綿のシャツに半パンと随分とだらしのない格好だ。

 

「よう、こんな朝早くから出発か?」


「うん。道中は森が多いからね。日の高いうちに鬼の里に着かないと面倒だから」


 鬼の里へは約半日程度で着く。同じ区内にあるのに半日もかかるのかと思えるが、獣道とさえ言えない森の中をモンスターを警戒しながら歩くとなるとそれくらいの時間がかかってしまう。

 聞いた話では新宿区などは空間の歪んだ場所などもあり、現実の東京と地図上は同じでもその縮尺は必ずしも一致するとは限らないようだ。

 初めてこのゲームの世界地図を把握したときは狭すぎるのではないかと思ったが、ゲームとしての体裁を保つ以上移動に何日も費やすような広さには出来なかったのかもしれない。

 

「一つ気になったんだがな、お前さんがお嬢ちゃんに例の拷問現場を見せたのは、わざとお嬢ちゃんに嫌われるためだったりするのか?」


 嫌われるか、怖がられるかした方が別れる際には都合がいいと思ったのは事実だ。

 だが更紗の態度は一片も変わることはなかった。

 一体僕の何がそこまで彼女に信用される要因となったのだろうか。

 

「まあどっちでもいいがな。それより鬼族との同盟交渉の件、頼んだぜ。アネモネも一緒に行かせるからよ。あれでも一応教会の神官騎士だから多少は面目も立つだろうさ……多分な」


 今回の件は更紗を送り届けるだけでなく、鬼族との同盟協定を結ぶ目的も含まれている。

 国として成立させるためには今のキングダムは領地、国民、そして何より戦力として足りなさすぎるため、まずは亜人最強と言われる鬼族を取り込むべきだとスミスから提案されたのだ。

 

「あの馬鹿が生きてれば話は簡単だったんだろうがな……」


 炎王の事を言っているのだろう。

 確かに鬼族の長である彼が生きていれば問題は無かっただろうが、僕の失態によってそれは無意味なものとなった。

 

 そうこうしていると準備が済んだであろうアネモネと更紗がやってくる。

 頭にあーちゃんを乗っけただけの更紗とは対照的に、アネモネは日本一周旅行でも始めるのかと思うほど巨大なバッグを背負っている。

 

「おいアネモネさんよ……お前は一人旅にでも出るつもりなのか?」


「愚か者め、旅は何があるか分からんのだぞ。備えあれば嬉しいな! だ!」


 やはり同盟交渉にはスミスが着いてきた方がいいのではと思わなくもない。

 

「…………まあ村の事は俺とくるりで何とかするからよ。まあ頑張ってくれや、ネームレス様」


 そんなスミスの投げやりな応援に見送られて、僕と更紗とアネモネは鬼族の里へと向かうことになった。

 

 

◇◇◇


 目的地へは予想以上に早く着くことが出来た。

 道中モンスターに襲われることも無く、昼過ぎには小高い丘の上から田んぼと隣り合った小さな鬼族の集落が見下ろせる。

 重い荷物を背負ってへばっているアネモネが居なければもう少し早く着けてかもしれない。

 

「……ネム様、村に誰か来ているようです」


 更紗がそう言って指差す先を見てみると、小型の恐竜のようなモンスターに引かれた豪華な馬車と、それを護衛しているらしい槍を持ったウェアウルフが五人ほど、村の入り口に居座っているのがわかった。

 

「間が悪いな。かと言ってお客さんがいつまで居座るか分からない以上、ここで帰るのを待つというわけにもいかないか」


 来客中に失礼かもしれないが、立て込んでるようなら一度村に入れてもらって要件が終わるのを待たせてもらうとしよう。

 

「アネモネ、へばってないで行くよ」


「まっ、待て……はあ、はあ。貴様……代わりにこの荷物持ってくれ……」


「君の方が筋力ステータスは高いんだから頑張って」


「こ、この鬼め!」


「はい? 更紗を呼びましたか?」


 くだらないやり取りをしながらも村の入り口に辿り着くと、更紗を目にした警備の男は慌てて長老に確認を取ると言って、村で一番大きな和風作りの建物に走って行った。

 間も無く走って戻ってきた男は「長老がお会いになるそうです」と言って僕たちを案内してくれる。

 

 恐らく人口五十人程度の小さな村の中央に立つ屋敷も、長老の住まいと言うにはあまりにも質素で、ところどころ隙間風が吹いているようなボロ屋であった。

 亜人種最強の一族というにはあまりにも貧しい暮らしぶりだ。

 

「長老、炎王様のご息女、更紗様とそれを庇護した者たちを連れて参りました」


「入ってよろしい」


 穴だらけの襖を開けた先に座っていたのは、枯れ木のような体躯とそれに見合わぬ立派な二本の角を携えた皺だらけのご老人だった。

 

「大じじ様、ご無沙汰しております。鬼人炎王の娘、更紗。只今帰りました」


「うむ、しばらく見ぬ間に大きくなったな」


 よほど厳格な家柄なのだろう。

 数年ぶりの再会にしてはそれ以上の言葉は無かったが、二人の間に僅かに空気が緩むのが感じられた。

 しかしそれを邪魔するように、不躾な視線を更紗に送る男が部屋にもう一人いた。

 

「ほう、こちらがお噂の炎王殿のご息女ですか。なるほど、確かに常人ならぬ魔力を宿しておいでのようだ。くくく」


 そう言ったのは長老の脇に座るエルフの男だ。

 この村には似つかわしくない、豪華なキャソックのような装いと慇懃な語りがどこかスカーレットを思い出させて良い印象が持てない。

 

「大じじ様、こちらの方は?」


「ああ、こちらは――――」


 長老が紹介する前に、後ろでへばっていたはずのアネモネが突然立ち上がり、大声でエルフの男に怒鳴りつけた。

 

「ウィンストン! 何故貴様がここにいる!?」


「おや、これはこれは! 教皇聖下のご息女、アネモネ様ではございませんか。教会を出て行方をくらましたと聞いておりましたが、まさかこのような場所でお会いするとは!」


 セリフから察するにアネモネの所属する創造神教とやらの関係者のようだが、男――――ウィンストンを睨みつけるアネモネの表情を見るにただの同僚と出会ったという訳でもなさそうだ。

 

「ウィンストン神父、失礼だが要件は後にしてもらいたい。まずは儂がこの方々と話をしたい」


「おお、これは失礼、飛炎(ひえん)殿。どうぞ(わたくし)の事は居ないものと思ってお話を進めてください」


 長老の言葉に倣って僕も怒り顔のアネモネを座らせる。

 二人のわだかまりはあるようだが、今はこちらの話を優先させてもらおう。

 

「失礼した、お若いの。儂が鬼人族の(おさ)代行の飛炎という者だ。ところで、貴殿のその角は紛い物のようだが、まさかその面で鬼人を騙っているわけではなかろうな?」


 飛炎は僕が異界人であることを隠すために付けた仮面を指してそう言った。


「ご不快にさせて申し訳ありません。僕はネムと言います。この仮面は訳あって外せませんが、これは炎王への畏敬の念を持って模したもので、決して貴方がたを貶めるような意図はありません」

 

 失敗したな。なんとなくでデザインした仮面がこんな形で裏目に出るとは。


「大じじ様、ネム様は――――」


「よい、孫娘を無事に連れ帰ってくれた恩人だ。信じよう。経緯はスミス殿から聞いている。後に出来る限りの礼は尽くさせてもらう故、今は後ろの女騎士と共にこの場から下がっていてもらいたい」


 さて、どういう意味だろうか。

 わざわざ来客中に迎え入れてくれたのはいいが、更紗を置いてこの場は下がれとは。

 

「大じじ様、それでは道理が通りません。先客が居られる中で更紗を残して、ネム様に下がれとはどういう意図なのでしょう?」


「…………」


 僕と同様の疑問に飛炎は答えない。

 だがその代わりにウィンストンが前に出てこう宣言した。

 

「それはねえ更紗殿、貴女が脱領の罪で教会に拘束されてしまうからですよ!」


 その言葉に驚く僕をよそに、ウィンストンを除く三人は沈痛な面持ちで座したまま動かなかった。


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