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21.迎撃戦、開始

「見えたぞ、異界人およそ六十人だ」


 部屋の隅で瞼を閉じて立っているアネモネはそう告げた。

 作戦司令部となったくるりの錬金工房で、僕と更紗とくるり、そしてスミスとアネモネが敵の襲来を聞いて緊張感に包まれる。

 

「くるり、『心見の水晶』を持って来てくれ。私の視覚情報を皆に共有してもらう」


「は、はい! ど、ど……どうぞ」


 くるりが錬金スキルで作ったらしい水晶に水面に揺れるような映像が映し出されていく。

 天空から彼方の地上を見渡すような景色には、確かにプレイヤーだろうと思われる人の群れがこちらに向かってくる様子が確認できた。

 

「これは鳥の視界でしょうか? 獣を使役できるとはさすがは森の妖精ですね、アネモネ様」


 更紗がそう褒めるとアネモネは「ふふん!」と得意顔で胸を張って見せる。

 しかしその瞬間水晶の映像が乱れ始めた。

 

「おい、集中しろアネモネさんよ。 せめて森に入るまでは動向を知りてえんだ」


「う……わ、わかっている!」


 アネモネは使役(テイム)という非常に稀なスキルを所持しており、小動物などを操ったり視界を共有したりすることが出来るという。

 これはプレイヤー側も把握していない貴重なもので、これを使って今まで難民や襲われている村を探して救助活動を行ってきたのだそうだ。

 ちなみにスキルレベル以上のモンスターや、知能のあるNPC、プレイヤーは操れないらしい。

 スキルレベルが上がればそう言う事も可能らしいのだが、彼女には無理という話だ。

 

 治癒魔法、近接戦闘、加えて使役スキル、これほど関連性の無いスキルを併用していれば器用貧乏ならぬ不器用富豪になるのも無理はない。

 現実でもそうだが、この世界でも一つの技術を向上させるにはそれなりの鍛錬が必要になる。

 彼女がそれに気づけばもしかするととんでもなく強い戦士に成長するのかもしれない。

 

「アネモネ、もう少し近づくことは出来ないかい? 出来れば標的の顔を確認したい」


「無茶を言うな! 視界共有だけでも集中力の限界だ! 鳥の動きまでコントロール出来―――――あっ、こら! 餌を採りに行くな!」


 映像は地面に居た虫を目掛けて急降下したところで、視界に酔ったアネモネが気分を悪くして終わった。


「まあいい、敵の規模と編成は大体把握できた。それで旦那、この後どういう風に攻め込むのが異界人のセオリーなんだ?」


「……基本的なパーティーの構成人数は六人―――――解りやすく小隊と言おうか。おそらく十小隊に分けて包囲戦を仕掛けてくると思う」


 敵の指揮官がスカーレットなら狙いは僕だろうが、現在地が掴めていない以上索敵範囲を広める必要があるからだ。

 索敵トラップが反応した地点にすぐに向かえるよう味方の配置を指示しているスミス。

 

 彼には先日のフレンド機能以外にも、即興で使える小隊(パーティ)機能を教えて活用してもらっている。

 今彼は6人の信用できる味方と、その位置、状態などの情報を共有し、通話できるようになっている。

 そしてその味方が小隊長となり、さらに六人の部下を指揮している。

 その総数は五十六人。戦力は拮抗しており、連携もプレイヤー同等にとれる。

 これで負けたら完全に僕の采配ミスだな。

 

 卓上に広げられた周辺地図にゲーム盤の駒を配置しながら、頭の中で戦略を組み立てる。

 目標はこちらの死者をゼロに抑え、相手を撤退させることだ。

 

「来たぞネム! 三番地点のトラップにかかりやがった!」


「スミス、チャットをオープン設定に! 第三、第四小隊を向かわせろ、殲滅を狙う必要はない。森の地形を利用して攪乱、前衛は後衛を死守しろ! 弓兵が狙うのは魔導士に限定、詠唱の妨害と隠蔽行動(ハイディング)のサーチにだけ注力しろ! 前衛が崩れたら自分の責任だと思え。浮いた敵がいたら二人以上で各個撃破!」


 指示をより的確に、簡略化して伝えるために口調が荒くなる。

 

「聞こえたかお前ら! とにかく死ぬんじゃねえぞ! 時間さえ稼げばこっちで頭を叩く!」


 その後も続々と双方の衝突が始まり、都度状況にあった指示を下していくが、小隊システムで把握できる人数が限られているためそれ以外の味方への伝達が遅延し、対策が後手後手になりつつある。

 これに関しては『指揮』というスキルで機能拡張できるので、近いうちに僕とスミスで獲得する必要がありそうだ。

 

「八、九に負傷者! 優勢に転じた第六小隊を向かわせるぞ!」


 スミスの指示に慌ててストップをかける。


「駄目だ! 敵は生存は考えてない、人員を減らせば捨て身でキルカウントを稼ぎに来るぞ!」


 相手は100%ゲームとして襲ってきているのだ。

 一度襲ってきた以上はデスペナルティを越える“成果”を得ようと死ぬまであがき続ける。

 そのためプレイヤーへの有効な戦術は損得を考える前に即死させるか、「これ以上戦ってもメリットは無い」と思わせるしかない。

 

 スカーレットを撃破すれば彼を中心としたパーティは自動解散され、戦況を確認できなくなった小隊はリスク回避のために撤退するはずだった。

 

「チッ、なら俺が行く! お前さんはこのままここで指示を続けろ」


 それもまずい、亜人種たちが僕の指示に従っているのはあくまでスミスというフィルターを通しているからであって、彼が抜ければ新参の僕の指示に従わない者が出てくる可能性が高い。

 

「あ……の、わ、私が…………行きます!」


「駄目だくるり! お前は自分の力もコントロールできないんだぞ!」


 戦場へと向かおうとするくるりをアネモネが慌てて止める。

 確かにくるりの能力は先日見た限り非常に強力なものではありそうだったが――――。

 

「ま、周りに味方がいないなら、巻き込む心配も無いです。……それに、私は不死種なので……死なないので!」


 似たようなセリフを僕も炎王に言ったことがある。

 その時彼は仲間が危険な目に合うのは死なないとかそういう問題ではなく嫌だ、と言った。

 なるほど、言われて初めて理解できたがあまりいい気分とは言い難い。

 僕ですらそうなのだから、情に厚そうな炎王ならば尚更だろう。

 

 しかしくるりは制止する間もなく戦場へと飛び出していった。

 

「くるり待て!!」


「やめなアネモネ! お前さんが行ったら却ってお嬢ちゃんの邪魔になるぞ!」


 スミスの制止を受けてアネモネは仲間を危険にさらすしかない無力さに顔を歪める。

 

「……聞こえるか第八小隊、今からそっちに増援が向かうが、決して近づかずに第九小隊と合流しろ。下手したらまとめて挽肉にされちまうぞ」


 くるりの力の片鱗は僕も見たが想像以上に危険なものなのだろう。

 右腕一本の包帯が解けただけで意思に反して暴れまわっていたのだから、もし全身の包帯拘束が外れれば確かに敵味方の区別無く殺し尽くしてしまうかもしれない。

 

「……ネム様」


「どうした、更紗?」


「来ました。とと様を殺した……あの男の魔力を感じます」


「……そうか。わざわざ誘いに乗ってくれるとは余程僕が……いや、ラヴレスが憎いらしいな」


 そうして敵の総大将を迎え撃つべく、工房を出て待ち構えることにした。


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