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20.疑惑の眼差し

 翌日から早速村の防備に着手することが出来た。

 アネモネが僕をエクスポーションの開発者だと紹介してくれたおかげで村民からは感謝され、再び異界人の襲撃の可能性を伝えると皆は今度こそ生き残った者を守るのだと積極的に協力を申し出てくれたのだ。

 

「ネム殿、言われた通り槍を改良してみたが、本当にこれで構わんのか?」


 ドワーフの老人が頼んでおいた武器の試作品を持ってやってきた。

 渡されたのは槍に“かえし”を付けた銛状の武器だ。

 

「うん、これでいいです。痛みを感じない異界人にはダメージより動きを封じることが重要なんです。一度捕まえてしまえば筋力で勝る皆さんが負ける道理はありません」


「ネム殿は異界人に詳しいのだな」


「まあ……さんざん殺してきましたからね」


「ほっほお! そいつは頼もしいわい! 儂も親父の仇、しっかり取らせてもらおうぞ!」


 僕がその仇の異界人だと知られたらどうなるだろうか。

 仮面に手を触れて正体を隠していることに引け目を感じていると、今度はスミスが僕の下にやってきた。


「よお旦那、忙しい所悪いが少し付き合っちゃくれねえか?」


 親指で森の奥の方を指している。どうやら人前で話す内容では無いらしい。

 森の中にもトラップを仕掛けようと思っていたところだし丁度いいので僕は黙ってそれに従ってついて行く。

 

 

 森に入ると木に隠すようにトラップを仕掛けていく。

 スカーレット相手には通用しないだろうが、敵の人数が多ければ分散、誘導には一定の効果があるはずだ。

 

「そう言えば更紗はどうしてるの?」


 てっきり僕に着いて来ると思っていた更紗はやりたいことがあると言ってスミスに連れられて行き、昨日今日と顔を見ていない。

 

「なんだ、お嬢ちゃんが心配か?」


「……あの子は強い子だよ。でも父親が亡くなったばかりなのに無理して強がっているんじゃないかと思って気にはなってる」


 あれから更紗は一度も炎王の事に触れようとしない。

 辛くないはずはないのに涙を流すことも憤ることも無く、ただ淡々とやるべきことをやっている感じだった。


「俺が聞きたかったのはそのことだ。お前さんは炎王の死に際を看取ったんだよな?」


「……ああ、心臓を貫かれてほぼ即死だった。最後に更紗を頼むとだけ言い残して亡くなったよ」


「あの殺しても死ななさそうな馬鹿が……か。けっ、随分とあっけない最後じゃないか。俺はてっきり死ぬ間際までやかましく喚き散らしてるのかと思ったぜ」


 どうやらスミスと炎王は知り合いだったらしい。

 炎王の死を知った彼は思い出を振り返っているような、大事なものを噛みしめるような表情で親しみを込めてそう罵った。


「まああの男の話はいい、それよりお嬢ちゃんをこれからどうするつもりなんだ?」


「………………」


 正直僕もどうするべきか迷っている。

 ここはすでに亜人領、敢えて僕の傍に置いて危険な目に合わせる必要は無いのではないか、と。

 

「お嬢ちゃんにはまだ爺さんがいる。炎王の遺体もそこに預けてきた。なら父親の墓の傍で身内の爺さんと一緒に暮らすっていうのも一つの手なんじゃねえのかい?」


 確かに家族がいるのならその方がいいかもしれない。

 炎王との約束は守れなくなるが、それを貫き通すというのは現実を無視した僕のエゴのような気がする。


「…………わかった。この小競り合いが終わったら更紗は家族の下へと返すことにする」


「……そうかい。提案しといて無責任だが、お前さんがそう決めたんならそれでいいんじゃねえか」


 結局スミスは何を言いたかったのだろうか。

 単純に更紗を危険にさらすなと言うだけならそれでいいのだが、どうにも歯切れが悪い。

 

「んで、襲ってくるってのは炎王を殺した奴なんだろう。お前さんの目にどう映ったか知らないが、あの男に正面から勝てる相手なんてのはそうはいない。どうやって殺された? そしてお前さんはどうして生き残れた?」


 自然とスミスの目つきが鋭くなる。

 なるほど、ラヴレスへの建前上仲間として迎えたが、本心では僕が炎王を嵌めたのではないかと疑っているのだろう。

 外交的な友好さと本心を隠しての猜疑心、実質的にこのレジスタンスを動かしているのはアネモネではなく彼なのだろう。

 

 さてどう疑いを晴らしたものか。

 僕の影は終焉(ゲームオーバー)の世界に繋がっているので、ラヴレスを呼び出して説明させればこの場は納得したふりをしてくれるだろう。

 しかし戦闘中ずっと僕の監視役をさせておくには彼の戦闘レベルはもったいない。

 炎王にはわずかに劣るがレベル190のステータスと冷静で抜け目ない洞察力は、きっと今回の戦いでの被害を最小限に抑えてくれるはずだ。

 

「そうだな……君は今まで殺した異界人の数を覚えているかい?」


「なんだ? お互い様だとでも言いてえのか?」


「違うよ、試しに僕と同じ動きをしてみてくれるかい?」


 僕は右手を振り、ステータスウィンドウを開いて見せる。

 

「なんだそりゃあ? 俺は魔法は使えねえんだが……」


 そう言いながらも言われたとおり僕の動きをなぞると期待通り、スミスの状態と履歴を表示するステータスウィンドウは展開された。

 そしてそこには種族ごとの累積殺害数も示されており――――

 

「な、なんだこりゃ……! 人間殺害数が10、俺が殺した異界人の数と一致してやがる……」


 どうやら彼の記憶と合致しているらしいことを確かめさせた後に僕の殺害履歴を見せ、人間以外の種族が全てゼロで表示されていることで証明する。

 

「これはこの世界での行動の記録だ。システムで記録されていて誰かが改竄することは不可能だと考えていい」


 もっともゲームシステムに介入できるような技術者か権限のある者なら別だろうが。

 もしかするとラヴレス辺りは出来るのかもしれないが、そこは黙っておこう。

 

「とは言え、僕が誘導して別の誰かに殺させた……という可能性を君なら考えるだろう。だから監視の意味も含めて僕の友達(フレンド)になって欲しい」


 スミスをターゲッティングしてフレンド申請を行う。

 これに登録しておけばお互いの位置を把握したり個別の音声チャットが可能になる他、許可していれば相手のログを遡って確認することも可能だ。

 

「異界人にこんな反則みたいな連絡方法があったとはな、どおりで奴らの連携が正確すぎるわけだ」


「今のと同じ方法でアネモネや君の信頼する仲間も登録しておくといい。それで僕が怪しい動きをしたときは――――」


「俺が指示して後ろからバッサリ……ってわけか。いいな、自分の身を人質にできる奴は嫌いじゃないぜ。とりあえずこの戦いが終わるまではお前さんを信用してやるよ」


 そう言ってニヒルに笑う。

 残りの時間は日が傾くまで二人でトラップの設置をして回り、その間に炎王との馴れ初めや愚痴を聞かされることになった。

 

 最低限の備えは終わり、とりあえずの信頼も得た。

 もう二度と負けるわけにはいかない。

 今度はこの村の人たちはもちろん、僕自身の命もかかっているのだから。


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