9 強いけど遅い!
さんさんと降り注ぐ光は、もう何日も目にしていなかった太陽の光だ。まだ日の光に当たっていないのに、ダンジョンの出入り口から入る光だけで目を細める。
「やっと外か・・・」
「マモマモ。」
「ここまで厳しい特訓だった。何かよくわからないイノシシに襲われたり、ネズミに噛みつかれそうになったり、骨がカタカタ言いながら襲ってきて・・・初めて、魔物を倒せたんだっけ・・・」
「守様、あれは倒したと言いません。勝手に倒れたのです。」
「そうそう、カタカタ言ってマモマモを襲おうとして、おろそかになった足元にある石に足を引っかけて転んでばらばらになったんだよねぇ・・・」
「それに守様・・・厳しい特訓と言いましたが、危険が及ぶ前に私たちが倒しましたし・・・何が厳しかったのですか?」
「あーあー、厳しかったなぁ~」
耳をふさいで、俺は2人の声が聞こえないように声を上げた。
だが、無情にもウサミに腕を掴まれて、持ち上げられる。
「痛い痛い!」
「大げさですね。それで、守様・・・行かれるのですか?」
「・・・行くよ。ずっとここにいても、何もできないからね。」
「そう、ですか・・・私は心配です。このダンジョンをでて、守様は何歩生きられるでしょうか?」
「歩数!?なんで歩数?せめて分数にしてよ!」
「15歩に、イノシシの肉をかけるぅ!」
「では、私は大穴で3歩!」
「ワシャ!」
「えぇ、ムカナ勝つ気ないのぉ?200歩だってぇ・・・」
「お前らなぁ・・・全員吠え面かかせてやる!」
俺は走り出した。ダンジョンに差し込む光を浴びて、外の風を頬に感じる。緑の匂いがしてきた。
ジャリ。
「一歩!うわっ!」
一歩を踏み出した途端、バランスを崩して転びそうになったが、何とか体勢を立て直して2歩目を進む。
「2、3、4、5、6、7、8、9、10!どうだ、全然余裕!とりあえず、ウサミの負けは確定だな!」
振り返って笑えば、そこには悲しげな表情をした3人・・・いや、表情はわからないが、しっぽや耳を垂れ下げた3人がいた。
そうか、あいつらダンジョンを出れば分かれるって思ってたっけ。
「何してるんだ、来いよ!」
「マモマモ!」
「守様!」
「ワシャワシャ!」
一瞬にして距離を詰める3人に顔をひきつらせたが、嬉しそうなしっぽや耳を見て頬が緩んで・・・血走った目を見て腰が引けた。
「う、ウサミ・・・」
「新婚旅行・・・」
「魔物にもそういうのがあるのか・・・てか、結婚してないだろ。」
呆れた顔をウサミに向けてから、俺は歩き出した。リュウコたちはいつものようについてくる。
「マモマモ、本当にいいの?ウチらが一緒だと、人間たちにあらぬ疑いをかけられると思うけどぉ?」
「そんなのどうにでもなるだろ。俺が町に行っている間、森で待ってもらうだとか・・・ばれたら逃げて遠い町に移動するとか。てか、何より俺一人だと1日生きられるかわからないし。」
「守様、しっかりと現実が見えていたのですね。」
「もちろん。現実が見えていなかったのはお前らの方だろ・・・はい、20歩!」
「あーウチも負けたー」
「ワシャ!」
「あ、まだムカナがいたか。サクッと、200歩行くか!」
俺は走り出す。久しぶりの外に少しは目が外れていたのかもしれない。
以前、先走ったことでひどい目にあったことなど忘れて、俺は走った。21、22、23、23、25・・・
「マモマモ待って!草むらから魔物が出てきたら危ないよぉ?」
「そんなに都合よく出てくるか・・・え?」
かさかさっと、草むらをかき分ける音に驚いて足を止める。かさかさ、かさかさ、かさかさ、かさかさ、かさかさ・・・
「何の音だ?」
「魔物でしょうが・・・なかなか出てきませんね・・・おそらくスライムでは?」
「だろぉーね。あいつら動きが本当に遅いからぁ・・・」
「強いのか?」
「ぜーんぜん。村の子供でも倒せるような弱い魔物だよぉ?」
「ですが、油断は禁物です。弱ったところを襲われれば、待つのは地獄のみ。何もかも遅いスライムは攻撃も遅いのですが、酸により攻撃がえげつないのですよ。」
「酸?・・・溶けるのか?」
「はい、溶けます。それもじっくりと・・・表面からじわじわと溶かされていくのです・・・しかも、その酸で溶かせないものはないと言われており、抵抗できない状態で捕まった時は、絶望が残るだけですね。」
「・・・あれ、村の子供でも倒せるって言ってたよな?」
「倒せますよ?動きは遅いので攻撃を当てるのも簡単ですし、避けるのも楽々です。」
「普通の時は怖くない相手だけどぉ、例えば眠っている時・・・起きたら天国だったなんてことも?」
「それは眠りの深いドラゴンくらいでしょう。普通は途中で起きて、逃げられますよ!だから、そんな青くならないでください守様!」
「本当に大丈夫か?疲れて深い眠りについていて・・・起きたら骨になっていたとか嫌なんだけど?」
「人間を骨にするまでに1週間かかりますから、途中で気づきますよ!」
「ならいいけど・・・」
酸の攻撃は脅威だが、すべてが遅いなら俺でも勝てるような気がする!初めての魔物討伐が叶いそうだ!
俺は剣を構え、草むらを見据えた。
かさかさ、かさかさ、かさかさ、かさかさ、かさかさ、かさかさ・・・
「・・・・・・」
遅いな。本当に遅いな。