7サクサクっと
ムカナを仲間にしてから、特に仲間が増えることもなくサクサクと進んで行き、遂に地下103階層まで到達。あと3階層上がれば、人間がいる可能性のある階層だ。
人間。この世界でいまだに人間とは遭遇していない俺は、少なからず緊張していた。しかし、会わないわけにはいかない。
内ポケットから出した生徒手帳、その中に入っている学生証を取り出して、たまちゃんの顔写真をしみじみと見つめた。
「懐かしいな・・・そんな長く一緒にいたわけでもないのに、不思議だよな。」
できれば再会を約束した、宝玉芽・・・たまちゃんも、俺のすぐ後にこの世界に送られたはずだ。不安がっているだろうたまちゃんと早く合流してあげたいと思っているので、ダンジョンを出て人間の町に早く行きたい。
「マモマモ、何を見ているの?」
「ん?写真だけど?」
「写真って、何ですか?」
「ワシャ?」
「姿絵みたいなもんだよ。俺、このダンジョンを出たら、この子を探す旅に出ようと思っているんだ。」
「誰、このこぉ?」
「守様・・・」
「ワシャワシャ」
「たまちゃんだよ。可愛いよなぁ・・・」
俺がにやにやして学生証を見ていると、なぜか三方向から厳しい視線を感じて見あげた。
左右からウサミとムカナ。背後からリュウコが俺を冷たい眼差しで見降ろしている。
「え、何?」
「マモマモは、その子が好きなの?」
「私達には見向きもしないのに・・・にやにやと・・・にやにやと嫌らしい笑みを浮かべていました。一体、妄想の中で彼女に何を・・・」
「ワシャっ!」
「す、好きとか・・・そんなのは・・・確かに好みだけど・・・って、おいウサミ!お前今何っつった!?」
「妄想で変態の限りを尽くしているのではないかと?ちなみに、私の頭の中では守様はすでに私のものです。」
「いい度胸だねぇ、ウサミ。うちの前でそんなことを言って、ただで済むと持っているのかなぁ?」
「ワシャーっ!」
「リュウコ、俺の安全はお前にかかっているから、任せた!」
「信頼してもらえるのはうれしいけど、情けない話だねぇ。」
なんとでも言えばいい。実際俺は戦力外で、戦闘の時はリュウコたちにすべてを任している。すでに情けない状態なのだ。
いや、俺だって自分で戦えるようにはなりたいと思うけど、ここは人類がいまだに到達していない地下103階層・・・戦闘のド素人が戦いの訓練をするには全く適さない場所だ。
「2人共、騙されてはいけません。真の敵は私ではなく、その写真なるものに描かれた女性です。」
「確かにそうだけどぉ・・・いまだ目の前に現れない敵より、目の前の敵の排除が優先だと思うんだけどぉ?」
「も、妄想くらいしてもいいじゃないですか!なんでそんな私を目の敵にするんです!?」
「主に血走った目が、信用を無くしているのぉ。」
「ワシャ、ワシャ。」
「そんな――――守様?」
「あ、あんまこっち見ないでくれるか?」
「ひどい!もう、もう、守様なんて・・・あぁ!もう、襲いたい!」
「いや、そこは知りませんって、俺から離れるところだろ!」
「絶対離れません。大事で大切でおいしそうな、オスですから。」
「ひぃ!リュウコ・・・」
いまだに全くなれないウサミの血走った目を向けられて、俺の背筋は凍った。
まぁ、ウサミのこの目のおかげで、たいていの魔物にひるむことはないので、そこは感謝している。ウサミの目よりも怖い目つきをした魔物は、今のところいないからな。
「マモマモ、ウサミも不安で仕方がないのだから、少しくらい甘えさせてあげてぇ?」
「は?え、リュウコ?」
ウサミの肩を持つリュウコが珍しいのと意味が分からないので、俺は素っ頓狂な声を上げた。
「もうすぐ地下100階層ぅ・・・人間にはウチの威圧は効かないし、唐突に人間と遭遇する危険が常に付きまとうことになるの。そうなると、人間はうちらを攻撃するから・・・楽しいのもここまでなの・・・」
「・・・人間って、威圧が効かないのか?あ、だから俺も。」
「マモマモは特別なだけ。リュウコの主だからねぇ。人間は本能が劣っているから、本能に訴えるようなことは全く通じないの・・・だから、危険に自らツッコむ馬鹿なんだぁ~面倒でしかないよぉ。」
「あーなるほどね・・・まぁ、人間を避けることも、人間に避けてもらうことも難しいって話か・・・でも、俺がついているのにお前らを攻撃する人間なんているのか?俺がテイムしていることを話せば・・・」
「人間が、テイムを知っているわけないよぉ・・・ねぇ、マモマモ・・・テイムってなんだと思う?魔法じゃないんだよ?」
「え、何って・・・テイムはテイムじゃ?」
「テイムって、特殊な能力なんですか?」
特に特別な能力とは思っていなかったが、よく考えれば女神から渡された能力だ。異世界だし、こういう能力があっても不思議ではないなんて言う思いが、女神からもらったという特別感を薄くしていた。
「・・・まさか、神様の力・・・なのか?」
「テイマーの能力・・・マモマモの他にもテイマーはいるけど、人間のテイマーが魔物をテイムしたなんて、誰も信じないよ。普通は自分より弱い相手しかテイムできないからね。そして、テイマーは総じて弱いしぃ・・・」
「・・・つまり、俺が弱いのはテイマーだからで、俺は悪くない!」
「ダメ人間の言いそうなことですね。」
「そうだけどぉ、変態には言われたくないと思うよ?」
「いちいち言葉のとげで攻撃しないでください。」
「つい。」
「ついって、なんですか?」
「ついは、ついだよぉ?」
リュウコとウサミが争いを始めた。こういうことは珍しくないし、一度争うと長いことを知っている俺は、先に進むことにした。
「行こう、ムカナ。」
「ワシャワシャ!」
もちろん、ムカナを連れて。俺は馬鹿ではないので、同じ過ちは2度繰り返さない!
穏やかな時間が過ぎて、遂に人類の最高到達階層、地下100階層に到着した。
あれから3度目の喧嘩を始めたリュウコとウサミだったが、2人共口を堅く閉ざして緊張した面持ちになった。
そんな空気が嫌で、俺は口を開いた。
「あんま、変わらないな。前の階層と何が違うんだ?」
「何も変わらないよぉ?出る魔物も、罠の数も大して違いはない・・・変わるのは99階層だよ。人間からすれば、この100階層から、強い魔物が出現して罠も強力なものに変わるのぉ・・・だから、この階層までくると人間は引き返すんだよぉ?」
「あー・・・そうか。ならまだここは安全・・・人間はいないってことか?」
「まぁ、いないだろうねぇ・・・いる可能性が高いってだけで、ウチもいるとは思っていないよぉ~」
「そうでしたか。それは安心ですね・・・」
「ワシャー」
リュウコの言葉に空気が一気に変わった。
ここまで警戒される人間って、魔物にとってどういう存在なのだろうか?話を聞く限り脅威ではなさそうだけど。
少し気にはなったが、人間の俺が聞くのもおかしな気がして、結局聞かずに探索をつづけた。
そして、地下50階層・・・
「おい、リュウコ。」
「なぁに?」
「やっぱ、人類滅んだだろっ!」
人っ子一人現れない事態に、遂に俺は叫んだ。そして、リュウコは呆れた視線を俺に送る。前にも聞いた、自然の摂理を曲げてでも生きる人間が滅ぶわけないと・・・