4 ウサミの話
恥ずかしそうに垂れるうさ耳。そこの部分だけ切り取ってみれば・・・いや、その耳だけを見て、自分の耳を傾けてその愛らしい声を聞けば、俺は萌え尽きるかもしれない。
「ご、ごめんなさい私・・・はしたなくて、ごめんなさい。恥ずかしながら、久方ぶりに見るオスに興奮してしまい、自分を抑えきれませんでした・・・」
「・・・これからは抑えてくれればいいよ。うん。」
可愛らしいうさ耳から視線を下に向ければ、血走った目を必死にそらして、鋭い牙を持つ口をキュッと結び、鋭い爪をちょんちょんと困ったように突き合わせるウサミ。いや、ちょんちょんは正確ではない。キンキンと、硬質な音が鳴り響いているというのが正しい。
対して俺は、いまだに恐怖で抜けた腰のせいで地面に女の子座りをし、押さえつけられて赤くなってしまった手首を足の間に隠して、若干涙目になりながらウサミを見上げていた。
マジで情けないが、わかって欲しい。怖いものは怖いのだ。そこに男女は関係ない。
「マモマモ、女の子みたい・・・だよぉ?」
「・・・リュウコ、お前にはわからないさ。圧倒的な力でねじ伏せられた奴の気持ちなんて。」
「マモマモ・・・」
「守様・・・お願いです、嫌いにならないで・・・」
血走った目でこちらを見下ろしてくるウサミに、俺は勇気を総動員して微笑みかけた。
「嫌いだなんて・・・ただ、恐怖を感じるだけだウサミ。」
「そ、んな・・・」
遂にウサミは泣き崩れた。俺もそうしたい。え、何が起こったか?俺たちのやり取りを見ればわかるだろ?
俺がウサミに襲われた。たった一行で説明できる、簡単なお話だ。
ウサミをテイムした俺たちは、しばらく探索していたが、リュウコが疲れたと弱音を吐いたのを合図に休憩に入った。その時に俺はモフモフの野望にかられて、リュウコではなくウサミと寝ることを選んでしまった。明らかにヤバイ匂い・・・実際に獣臭いがそれとは別の、性格的に欠陥がありそうなことを承知していたはずなのに、ウサミのモフモフに埋もれた。
その結果が、この情けない姿・・・いやだぁあああ!!!
「マモマモ、マモマモ・・・ねぇ、マモマモってば・・・」
「はっ・・・どうした、リュウコ?」
「いやね、ウサミが死にそうな顔してるからぁ・・・どうにかしてぇ?」
「・・・死にそうな顔・・・というより、俺を食い殺しそうな顔をしているけど?」
血走った目が俺に受けられ、俺は先ほどの出来事を思い出して腕をさすった。この赤み、いつとれるだろうか?
1時間後。ようやく気を取り戻した俺は、恐怖を押し殺しながらウサミに声をかけて、探索を再開した。
「ウサミ、先導してくれる?」
「あ、はい・・・私、頑張りますね!」
やる気のウサミを見て、俺はそっと目をそらした。
ゴメン、ウサミ・・・俺は、お前が背後にいるのが怖くて仕方がないんだ・・・
「マモマモ、戦うの面倒だから威圧使うよぉ?」
「ん、あぁ・・・そうだな、頼む。」
リュウコは威圧というものを使って、自分よりも格下の相手を寄せ付けないようにすることができる。実が、ウサミと出会う前はずっと使っていて、それで魔物が見当たらなかったという話だった。
これ以上ウサミのような魔物をテイムする気はないし、魔物と戦いたいわけでもないので、威圧を使ってもらうことにした。
「そういえば、人間には効かないんだよな、その威圧は?」
「うん。人間って、本能が他の生き物に比べて薄いっていうかぁ・・・本能が占めている割合が少なくってぇ・・・・まぁ、威圧を無効化できるんだよね。」
「威圧を無効化と言えば聞こえはいいなぁ・・・ただ鈍感なだけだけど。」
「まぁね・・・そういえばぁ、ウサミ~」
「はい、何でしょうか?」
くるりと振り返ったウサミは、血走った目を一瞬俺に向けた後にリュウコを見上げる。俺はなぜか手に汗を握るような状況になって、ズボンで軽くて汗をぬぐった。
「ウチ、グレーターラビットを最近見かけないと思っていてぇ、珍しいなって思っていたんだけど、何かあったのぉ?」
「あ、はい。全滅したようなものです。」
「そうなんだぁ~見ないわけだ。」
「・・・は?ちょっと待って!全滅!?全滅って、何があったんだよ!」
軽く言われたものだから聞き流しそうになったが、全滅なんてとんでもない事態じゃないか?全滅するからにはないか原因があるはずだし、それを知っておかないと最悪俺たちも被害にあう可能性がある。
「・・・まさか、こんなことになるなんて・・・思わなかったんです。」
「あれ、なんだか俺先が見えた気がするかも。」
「目の前に原因があるってことはわかるねぇ・・・」
「全ての始まりは、私が成人を迎えたことです。種族の中で誰よりも美しく、誰よりも強い私。その私を望むオスは多く、私は選び放題という状況でした。」
美しく・・・その言葉でウサミを見るが、血走った目と鋭い牙が視界に入り、スッと目をそらした。
「なので、私はたった一つだけ条件を出しました。私よりも強いオスを私のつがいとすることを。」
「それで、種族同士争ったのか。」
「はい。全てのオスが争い、それを見たメスは新天地を目指してこの地を去りました。残ったのは多くのオスと私のみ。しかし、オスはどんどん数を減らしていき、遂に2匹になりました。」
「何も殺さなくてもいいと、俺は思うけど。」
「より良い遺伝子を残すため、メスは手段を選びません。それと同じように、自分の遺伝子を残すため、オスはすべてを蹴落とします。」
「ワイルド・・・まぁ、野生だもんな。」
「そうですね・・・私たちは若かった。全ては若さゆえの過ちだったと、今では思います。うん、そうですよ。」
遠い目をして自分に言い聞かせるウサミ。どうやらこの話は、ウサミにとって黒歴史のようだ。
「2匹は、お互いしか残っていないことに気づき、冷静になりました。そして、こう提案したのです。2匹を私のつがいにしないかと。」
「うん、それでいいと俺も思うぞ?」
「私は、若かったのです。私は、私に勝てたオスを、自分のつがいにするといったのです。そう言って、私は2匹のオスに襲い掛かりました。」
「襲い掛かったか・・・予想通りだな。」
「マモマモが予想していた襲い掛かり方とは、違うんじゃないのぉ?」
「まぁな。細かいことはいいじゃないか・・・それで、ウサミが最後の2匹を倒しちゃったってことか?」
「・・・いいえ。2匹はこの地を去りました。真実の愛を見つけたといって・・・」
「とりあえず、全滅は回避したのか。」
「それを言ったら、最初の時点でメスはどこかへ行ったからぁ、だいぶ前の段階で全滅を避けたよねぇ。」
「あ、そうだな。」
「そうですね。それにしても、馬鹿なことをしたものです。おかげで、異種族のオスでもいいか・・・なんて思ってしまう始末でして。」
血走った目がこちらに向けられているのを感じ、俺はそちらに目を向けずにリュウコの陰に隠れた。
俺にはウサミの美しさなどはわからないが、グレーターラビット基準で美しいのだとしたら、ウサミは残念系美人という奴か。
なら、リュウコは・・・
「そういえば、リュウコの話は聞いていないな。俺と出会う前は何をしていたんだ?」
大きな体を見上げて、俺を見下ろすリュウコと目を合わせた。
リュウコは燃えるようなルビーの瞳を細め、口をあけて笑った。