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5.月日の流れと、新しい風。






「ふむ、コルぺウスの娘か。まだ生きていたとはな……」


 【A】からの報告を受けて、アンデルは考え込む。

 彼もまさか、二年前から消息を絶えていたリリアナが生きていようとは思ってもみなかったらしい。その処遇について、どのようにするのが正しいか。

 そのことを必死に考えを巡らせている様子だった。

 普通であれば、貴族ではなくなった以上は一般人として、解放するのが筋だ。そこに特別な感情が差し込まれるようであれば、問題が生じてしまう。


「しかし、いま解放したところで同じ状況に陥るだろう」


 アンデルの言葉に、無言のままレオは頷いた。

 精神が不安定ないまのリリアナを王都に返したところで、また貧困層へと逆戻りだ。それは人道的にいかがなものであろうか。

 少なくとも、この二年の間に受けた心の傷が癒えるまで。

 リリアナを匿えるのであればいい。しかし、国王としてそれは出来ない。


 ならば、いかようにすべきか。

 そう思ってうなり続けるアンデルに、珍しくレオが声をかけた。


「アンデル陛下。――私に、任せてはいただけませんか?」

「…………ふむ」


 それは少々、想定外の申し出。

 アンデルは一つ息をついてから、こう訊ねた。


「だがしかし【A】よ。お前とコルぺウス家の間には、確執があるだろう」


 それは、レオが暗殺者として活動するキッカケとなったことについて。

 コルぺウス家の謀略によって、彼は暗殺者に堕ちてしまった。結果としてそのことが今に活きているが、一歩間違えれば没落まっしぐらだ。

 その起因を生み出した彼の家の娘――リリアナ。

 彼女を前にして、レオはいったい何を思ったのか。


「考えを聞かせてほしい。それ次第、ということにしよう」

「………………」


 アンデルは問いかけた。

 すると返ってきたのはなんとも、あっさりとしたもの。




「彼女には、罪はありませんから。それにもう、十分『報い』は受けた」――と。




 本当に珍しく、その顔には微笑みが浮かんでいるように思われた。



◆◇◆



「…………孤児、院?」

「えぇ、そうです。そこはボクが経営している場所なのですけれど、貴方のように親を亡くしたりした子が、大勢いるのですよ」

「親を、亡くした……」


 ボクは白い仮面をつけて、リリアナと共にその孤児院を目指していた。

 これが昼のボクの顔。貴族としての顔だった。親を喪った子供を引き取って、その世話をする。孤児院を開いた理由とキッカケについては、割愛としよう。


「…………」

「…………」


 ボクとリリアナは、黙々と歩く。

 だが先に、その沈黙を破ったのは彼女の方だった。


「あの、その仮面は……? それと、昨日の方は――」

「あぁ、仮面は気にしないでください。それと昨晩の者については、申し訳ございませんが、ボクは詳しく知らないのです」

「そう、ですか。すみません……」


 リリアナが口にしたのは、そんな問い。

 ボクは努めて明るい口調で、低姿勢にそう答えた。

 仮面については後々分かるとして、ボクと【A】はあくまで別人だ。とりわけ彼女には、ボクの名前も秘密にしている。

 知って取り乱すことはないだろうが、念のため、というやつだ。


「さて、そろそろ着きますよ」

「はい」


 ボクがそう声をかけると、沈んだ表情を変えることなくリリアナは短くそう口にした。それをチラリと、一度だけ確認してから前を向く。

 するとちょうど、目的の孤児院が見えた。

 子供たちの元気な声が響き、やがてその中の一人がこちらに気付く。


「あ! 仮面のオジサンだ!!」


 そうなると、次から次。

 少年少女がボクらの方へと押し寄せてきた。


「こら、ボクはまだオジサンじゃない、って言ってるだろ?」

「えー? だって、ずっと仮面つけてるから分からないんだもん!」


 そして、戯れにそんな言葉を交わす。

 ボクが仮面をつけている理由。それは、子供たちに認識してもらうためだ。こうでもしないと、ボクの顔はミレイナ王女を除いて、誰にも覚えられない。

 それでは経営上、さすがに色々と不便だったのだ。


「さぁ、院長はどこにいるのかな? 連れてきてくれる?」

「うん、分かった!!」


 ボクがそう言うと、子供たちは元気に返事をして駆けていく。

 そんな彼らの後ろ姿を見て、リリアナは呟いた。


「…………あぁ、少し懐かしい、です」――と。


 虚ろなその瞳に、微かな潤いを持たせて。

 その真意がなにかは、ボクには分からなかった。それでも後ろ向きな感情ではない、と思う。それくらいのことは理解できた。


「お疲れ様です! ――アンソンさん」

「ん、あぁ! お疲れ様、キュール」


 その時だった。

 子供たちと一緒に、一人の女性が姿を現したのは。

 その人の名前はキュール。この孤児院を任せている人物だった。


 ちなみに『アンソン』というのは偽名だ。

 素性は出来る限り伏せる。そのため、ボクには十個の名前がある。


「それで、今日のお話というのは?」

「そうだね。早速、本題に入るとしよう」


 キュールが首を傾げて訊いてきたので、ボクはリリアナを見た。

 そして彼女に、優しくこう告げる。


「リリアナ。貴方にはこれから、この孤児院を手伝ってもらいますね?」――と。



 麗らかな風が吹き抜ける。

 それは、新たな仲間を歓迎しているようでもあった。


 


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「境界線魔法の担い手のお話」新作です。こちらも、よろしくお願い致します。
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