4.袂、別った日から二年。
「没落貴族、コルぺウス家とかつて繋がっていた犯罪集団、その残党の処理か。今回ばかりは因果なものを感じずにはいられないな……」
ボクは街外れにある貧困層の居住区を歩いていた。
剥き出しの道に、伸び放題の雑草。洗練されていない、明かりなき道を進む。周囲に注意を払ってみると、家すら持たない者たちが転がっていた。
ちらりと目が合う時があったが、相手は興味なさ気にそれを逸らす。
活力というものが感じられなかった。
「相変わらず、人の住処とは思えないな」
思わずそう漏らしてしまう。
ここに住んでいる人々の多くは、犯罪に加担している。子供たちも例外ではなく、ガリアの中心街における窃盗犯のほとんどが、貧困層の少年少女だ。
しかし、そうでもしないと生きていけない。
貧富の差を生み出した原因の多くは、上層の者たちによる。
「一部、不正を働く貴族による富の独占。それによって、国民にとって必要な物資が行き渡らない。機能不全を起こしている。それが、現状……」
それを是正しようとするのが、ボクとアンデル国王だ。
彼が内部からの改革を計り、こちらはその手足となって動く。裏表問わずに、だ。夜はこのように暗殺者として。
そして、昼は――。
「……と。どうやら、到着したみたいだな」
そんなことを考えている間に、件の組織が根城にする建物が見えてきた。
「この区域に、こんな豪邸を建てるなんて、な。もっとも趣味ではないが……」
ボクはその前に立って、毒を吐く。
貧困層にある他の建物と比較し――いいや。下手をすれば中心街の小さなものよりも、立派な造りかもしれなかった。だがどこか粗雑で、下品。
素材自体は悪くないはずなのに、ろくに手入れがされていないのが原因か。
ところどころが煤けていたり、崩れていたり。
宝の持ち腐れ、とはこのことだった。
「まぁ、その宝も非合法なものだろうがな」
一つそう口にしてから、ボクは歩みを進める。
そして、正面入り口から堂々と中に入るのだった。
「あぁん? なんだ、テメェ……」
「来客にずいぶんな口を利くんだな。押し入りには、違いないが」
すると、エントランスに立っていたのはガラの悪い男性が数名。
目があった瞬間からすでに敵意剥き出しで、各々に武器を引っ張り出してきた。対話の余地もない。それはそれで助かるが、同時に呆れてしまう。
この界隈に、言葉の通じる相手はいないものか、と。
「悪いが、こちらも時間がない。――三秒で決めろ。生きるか、死ぬか」
「なに言ってやがる、死ぬのは――」
念のため、最後通告をする。
しかしそれすらも聞く耳を持たないのか、一番大柄な男が斧を振りかざした。
「テメェ、だ――――あ?」
――刹那の出来事。
おそらく、男の視界は空転したのだろう。
それもそのはずだ。ボクが一息に距離を詰め、そいつの首を刎ねたのだから。
断末魔を上げる暇もなく。そいつは血を噴出させながら、倒れ伏した。降り注ぐ赤い雨を浴びながら、他の者たちを見る。
すると一気に動揺が広がったのか、逃げ出す者もいた。
だが、大半は……。
「馬鹿ばかり、か……」
襲いかかってくる。
それを見て、ボクは手に持ったナイフを振るうのだった。
◆◇◆
――上の階が、なにやら騒がしい。
『彼女』はそれに気付いて、ひどく疲れている身体を持ち上げた。なにごとだろうか、と。また、あの男たちが酒盛りでも始めたのか、と思った。
しかし、どうやら違うらしい。
「悲鳴……?」
聞こえてきたのは、男たちの断末魔や怒号。
明らかにおかしかった。だから――。
「う……!」
彼女は痛む足を引きずりながら、エントランスを目指した。
息も絶え絶えに。そして、その先にあった光景は――。
「――――――ぁ!」
血の海、だった。
多くの男たちがそこに倒れていた。
自分に暴力を振るった者も、慰み物にしてきた者も。
「…………」
ただ、その中に一人だけ立っていた。
全身に血を浴びた黒い服の男が。
「だれ、なの……?」
顔に覚えはない。
それでも、何故だろう。――どこか『懐かしい』のだ。
「…………キミ、は」
「あっ……!」
しばしの間を置いてから、男性はこちらに気が付いた。
そして声には出さず、こう口を動かすのだ。
「リリアナ……」――と。