3.暗殺者として、貴族として。
「ミレイナはお前を好いている。活躍によっては、今後お前たち二人の婚姻を約束してやってもいいのだぞ?」
「ご冗談はやめてください。ボク――いまの私は、一人の暗殺者です」
「ふむ。その堅苦しい考えは、どうにかならないものか」
アンデルは【A】の返答に、少しばかり眉をひそめた。
顔は覚えられないが、この暗殺者――レオ・シェフィールドとの付き合いも、かれこれ二年になる。お互いの理想を共有し、手を結んでから、だ。
暗殺者としての自分と、貴族としての自分。
それらを区別しているといってはそれまでだが、どこか味気なく思う国王。
「――――【A】よ。お前は今のガリアを、どう思う?」
だから、もう何度となくした問答を口にした。
それでもレオは、これといって感情を表に出さずに答える。
「貴族の腐敗、権力の喰い合い、謀略――誰も、民のことなど気にしていない」
「その通りだな。この国はいま、腐っている。腐りきった果実が地に落ちるまでの猶予は、限りなく少ないものだ。その意味、分かっているな?」
「えぇ、もちろん。そのために、貴方は私と手を組んだ」
「毒をもって毒を制す。皮肉なものよな……」
皮肉と口にしながら、アンデルはどこか満足気に笑った。
暗殺者の遠慮のない言葉に、改めて己のやるべきことを認識したといったように。月を見上げて一国の主は、静かに胸の内を明かした。
「ミレイナのような純粋な子供が王となる、その前に改革せねばならない。さもなければ、この国は動乱の火に包まれてしまうだろう」
だからこそ、その前に決着を――と。
アンデルは懐刀たる暗殺者の方へと振り返った。
暗がりの中にあって、さらに顔の判別が出来ない彼は静かに頷く。
「それでは、此度の依頼を告げるとしよう」
「分かりました」
短く言葉を交わしてから【A】は立ち去った。
ただの貴族の青年だった二年前とは、見違えるような身軽さで。彼が去っていった方を見ながら、アンデルは一つ大きく息をついた。
そして、顎に手を当てて思案顔でこう呟く。
「ミレイナの婿にというのも、あながち冗談ではないのだが――な」
言っても信じられないだろう。
そのことは、重々承知しているつもりだった。
「これは、ミレイナも苦労するだろうな」
そこからは王ではなく、一人の父親として。
アンデルは、娘の好いている青年――レオ・シェフィールドのことを考えた。暗殺者の一面を除けば、極めて平凡、あるいは善良といえる彼のことを。
「だが、いまは目の前のことを考えるとしよう」
ワインをグラスに注ぐ。
月に向かって掲げてから、そっと口に含む。
アンデルは決まって、レオの帰りを待つ。そんな夜が、また始まった……。