2.一つの賭けと、思惑。
――数日が経過した。
ボクは自室のベッドに寝転がり、天井を見上げている。
「どうして、だ……?」
おかしかった。明らかにおかしいのだ。
なにがおかしいって、ボクによるケイウスの殺害がバレていないことだ。いいや、正確に言えばケイウス殺害の犯人が不明とされていること。
あれから何度か、リリアナとも顔を合わせた。
しかしボクを見たはずの彼女も、犯人が何者か分からない、という。
「リリアナだけじゃない。他に、何人もの人とすれ違ったはず……」
そうだった。
ボクはあの時、正面玄関から外に出た。
その途中でたくさんの従者と、入れ違いになったはず。それなのに、リリアナの家の者は口を揃えて、不審な者はいなかった、と証言している。
「ボクを庇っている様子でもない。アレは本当に、犯人が誰か分かっていない、って感じだった。それってつまり、どういうことだ?」
身を起こしながら、考える。
しかし、その答えは出てこなかった。
「まさか、昔から影が薄いって言われていたけど……」
ボクは生来の平凡な容姿から、誰かに認識されることが少なかった。
いわゆる影が薄い、存在感がない、というやつだ。もしかしたら、それが……?
「いいや、いくらなんでも……」
そこまで考えてから、変な笑いが漏れた。
だが、そこでふと思う。
「それでも、確かめてみる価値はあるか」
どうせ、終わりかけた生涯。
一発逆転の可能性があるのなら、賭けてみてもいい。
「だったら、ここは一つデカいのを狙おう」
ボクはそう口にしてから、書状をしたためるのだった。
◆◇◆
「そうか。いまだ、犯人は分からぬ、と」
「申し訳ございません――国王陛下」
「構わぬ、といっては語弊があるが。ケイウスにはいずれ、何かしらの罰を与える予定であった。奴はバレておらぬと思っていたようだが」
謁見の間にて。
国王――アンデル・ガリア・クレオリスは頬杖をつきながら、そう言った。
報告を上げた者は、静かになる。国王の言葉は真実を突いていたためだ。彼の貴族――ケイウスは、非合法な行いに手を染めていると、報告されていた。
細部に至る調査は途中であったが、死罪相当の可能性もあった。
「しかし、そうなると――」
アンデルは蓄えた顎鬚を撫でながら、思考を巡らせる。
犯行はケイウスに恨みを持つ者によるものか。はたまた、それらの類から依頼された暗殺者によるものか。おそらくは、後者であろうと彼は考えた。
誰にも認識されずに、一人の命を奪って立ち去った。
そのような芸当、生半可な力では不可能だ。
「くくく、なかなかに面白い」
国王は、想定外の出来事に笑む。
王都ガリアにおいて、自分でも認識できない事項があった。その事実が面白くて仕方がなかったのだ。すべてを見通してきた目が、通用しなかったことに。
だからこそ、アンデルは暗殺者に興味を抱いていた。
そして、出来ることなら自身の手駒に、と。
そう考えていた、その時だ。
「アンデル陛下! ――書状が届きました!!」
「む……?」
一人の兵士が慌てた様子で、謁見の間に飛び込んできたのは。
彼は息も絶え絶えに、一つの書状を国王に渡した。アンデルはその兵士に下がるように伝えてから、届けられた書状に目を落とす。
直後ニタリと、口角を歪めるのだった。
「面白い。実に、面白いぞ……!」
そこには、こう書かれていた。
『我はケイウス卿を暗殺せし者――【A】』
国王の願いがあれば、依頼を引き受けよう――と。