プロローグ 没落寸前貴族の決意。
「え、待ってよリリアナ! どうして急に婚約破棄だなんて!?」
「自分のこと、しっかり鏡で見た方がよろしいのではなくて? 平々凡々な顔立ちに、婚約者の私でさえ顔を認識できない特徴のなさ。家柄を取っても、私のそれと比較して特徴のない中流貴族! 私にしたら、それだけで婚約破棄には十分な理由ですわ!!」
「そ、そんな……!」
なんということだろう。
ボク――レオ・シェフィールドは、突然の婚約破棄を言い渡されてしまった。しかも理由というのが、見た目や家柄が、どれも平凡だからなんて滅茶苦茶なもの。どれを取ってもボクには改善の余地がほとんどなく、あまりに一方的だった。
「考え直してくれ、リリアナ! キミの家に見放されたら、没落してしまう!!」
だが、そんな横暴にもボクは頭を下げるしかなかった。
何故なら特徴もなにもないシェフィールド家は、リリアナとの婚姻が為されなければ、もはや風前の灯だからだ。
父を失ってはや五年。
今年から若くして当主となったボクにとって、唯一とも言える希望。両親が取り交わしてくれていた、約束事だった。
それがいま、手からこぼれ落ちていく。
「知りませんわ! 私もお父様も、これ以上は貴方に構っていられませんの!」
「そ、そんな……!」
「では、失礼いたしますわ!」
「…………リリアナ!」
最後に、彼女の名を叫ぶ。
しかしそれは空しく、部屋の中に響くだけだった。
こうしてボクは、シェフィールド家は、没落を待つだけになったのだ。
◆◇◆
「くそ、どうすれば良いんだ……!」
夜の街を歩きながら、ボクは小石を蹴った。
あまりに悔しくて眠れなかったのだ。せめて頭を冷やそうと夜風に当たりに外へ出たが、張り付いてしまったリリアナの言葉は消えてくれない。
何もかもが『平凡だから無価値』だ、と。
たしかに、ボクは学園時代の成績も何もかもが平凡だった。
決して悪いわけではない。だが、その代わり抜きん出た才はなかった。
「そんなの、どうしたら――ん?」
また一つ舌を打とうとしながら、不意に顔を上げた時。
暗がりの中になにか、見覚えのある後ろ姿があった。それはリリアナの父――ケイウスのもの。何者かと話しながら、路地裏へと入っていった。
「こんな時間に、護衛もつけずに……?」
なにかが、おかしい。
ボクの直感がそう告げていた。
「…………」
無言で、息を殺して後を追う。
そしてしばらく待つと、聞こえてきたのはこんな会話だった。
「上手くいった。これで、ようやくシェフィールド家は没落だ」――と。
◆◇◆
「あれは、本当なのか……?」
自室に戻ったボクは、ケイウスの話していた内容を思い返していた。
それは、にわかには信じられないものだ。
「ケイウスが、ボクのお父様を殺した……?」
当時、彼の家よりも階級が上だったシェフィールド家の当主、すなわちボクの父を謀殺した、というそれ。誰とそれを話していたかは、分からなかった。
それでも、その口振りや興奮具合から鑑みて、間違いないのだろう。
ボクの家を陥れたのは、ケイウスだった。
「………………」
なぜ、という問いより先に。
ボクの中に生まれたのは、怒りだった。
「もう、いいか」
そして、同時に諦め。
どう転んでも、シェフィールド家は八方ふさがり。
だったらいっそのこと、憎き相手と刺し違えるのも悪くはない。そんな考えが胸の奥から、黒い感情と共に湧き上がってきた。
彼は、彼の家は――報いを受けるべきだ。
立ち上がる。
そして、なるべく闇に紛れられる服を探す。
手にしたのは、護身用のナイフ。ボクは誰にも、なにも告げず外へ。
「必ず、殺す……!」
だが一つだけ、そう言い残して。