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第九話 霊長類最強の男の無双







 頂上までの道中は、驚くほど順調に進んだ。

 しかしそれは決して敵や障害に当たらなかったからではない。

 むしろ妨害は非常に苛烈であり、階を上がる度にランク7相当の魔物が現れては彼らの行く手を阻み、その度アラガミ達は戦闘を強いられたのである。

 

 けれど、それでも順調だった。


「アラガミ、前方に魔物が来るわ」


 ティーが黒い靄が発生するよりも早くアラガミに告げる。



「うむ」



 遅れて黒い靄が現れ、中からアンデッド系の魔物が複数現れ行く手を遮る。



「空飛ぶ巨大蝙蝠に全身鎧のアンデッド、それにあれは魔狼ガルム、あぁもう嫌になるわ!」



 現れた魔物達にティーが頭を抱え



「問題ない」



 そしてアラガミが拳を振るうと、目の前の魔物達は一瞬で粉微塵になる――――それが一連の流れ。

 単体でギルドの討伐依頼が出される程の凶悪な魔物達が、攻撃も防御も回避もさせてもらえず一瞬で弾け飛ぶ。

 戦いになっていない。

 妨害になっていない。

 作業にすらなっていない。


 現れたそばから消失し、あろうことかその歩みすら止める事が出来ない程の体たらく。

 魔物達の悲運はひたすら相手が悪かった事に尽きるだろう。

 霊長類最強の男にして、創造神グランギエータの元で究極の肉体と絶対の力を授かり、その能力を七年の歳月をかけて磨き上げた超越者。

 そんな相手に高々人間が討伐できる程度の力しか持たない存在が敵うはずなどなかったのである。


「アンタ、ヤバいわね……」

「何がだ?」

 

 燭台が怪しく灯る石階段を駆け上りながら、アラガミはティーの言葉に反応を示す。



「何って…………あっ、魔物が来るわ。多分四体…………色々よ。力とかパワーとか、強さとか?」



 同じ様な意味を羅列するティー。その間に現れた四体のデュラハンは哀れにも一瞬で四散した。


「それ程でもない。むしろ俺はお前の感知能力の方に驚いている」

「大したもんじゃないわよ。【気配感知】のアビリティなんて珍しくもないし」


 

 アビリティ。それは個人の持つ感覚や技能を指し示す言葉である。

 冒険者ギルドではこれらのアビリティを言語化、数値化し、冒険者の能力評価の一部としているのだが、ティーはあまりこの評価について快く思っていない。


【気配感知S】――――それが冒険者ギルドがティーの感知能力に下した評価である。

 周りの空気や魔力の流れを読み取り、更には空間に流れるそれらの揺らぎや振動を理解して、敵が現れるよりも早く敵の出現を察知する超能力を、しかし彼女はちっとも大したものだとは思えないのだ。



「敵が来るのがちょっと早くわかった所で倒すだけの力がなければ意味ないじゃない。……敵が五体来るわ。それにエルフだったら【気配感知】ぐらい誰でも出来るし。……今度は大型のが二体よ」


 的確に敵の出現を予知しながら、ちっとも自身のアビリティを誇ろうとしないティー。

 彼女の言い分は間違っていない。

 元来エルフは感覚器官に優れており、また魔力の源であるマナの流れを認識する事が出来る特殊な体質を持つ為【気配感知】のアビリティを先天的に保有するケースが多いのだ。



「人間でいえば、ちょっと視力や聴力が優れているとかそういうレベルのショボアビリティよ。アンタの馬鹿力に比べたらガラクタも同然だわ」


 しかしながら空間の僅かな揺らぎや魔力の振動を読み取り、果ては出現する敵の数まで予知するといったレベルの超能力は、いかに森の民たるエルフといえど易々と獲得できるものではない。

 本人は同胞よりもちょっと目が良い位の感覚で自身のアビリティを評価しているが、当然ながら予知レベルの【気配感知】がガラクタな筈はなく、またこの能力が今まで何度も彼女を助けてきた事を彼女だけはイマイチわかっていない。




「隣の芝生は青いというやつか」

「何それ? どういう意味?」

「故郷の訓示だ。ティーのような者を言い表している」

「???」



 頭にクエッションマークを浮かべるティーをよそにアラガミは階段を力強く跳躍する。

 アラガミの中での彼女の評価がまたもや一段上がった事に当然ながら気づかないティーであった。







「どうやらここが頂上みたいね」



 階段を昇り切った二人の前に現れたのは巨大な紅い扉だった。

 


「覚悟はいいか」

「勿論。こちとら冒険者ですもの。何があったって覚悟は出来ているわ」



 ティーの言った覚悟とは、これから起こるかもしれない激しい戦闘に対してのものではない。

 というかその辺の感覚はアラガミによる出鱈目な無双っぷりのおかげで絶賛麻痺状態に陥っており、完全に機能不全と化している。

 

 彼女の覚悟とは、先に調査へと向かった冒険者パーティの事である。


 忘れてはならないがティーがここまで五体満足に塔の最上階へ到達する事が出来たのは、ひとえにアラガミが例外的に強かったからである。彼女単体であれば、初戦のデュラハン戦で手も足も出ずに完敗し、今頃尻尾を巻いて逃げていただろう。

 

 そしてそれは実の所、アレックスや他の冒険者でも大差ない。

 彼らの冒険者ランクは各リーダーが7、その他のパーティメンバーがおよそ5相当であり、リーダーを中心にパーティ全員で上手く立ち回ればなんとかデュラハン単騎を倒す事が出来る位の戦力である。

 おそらくどのパーティも死人を出さずにデュラハンを討伐する事は可能だろう。しかしそれでもデュラハンの脅威度はランク7相当。彼らのリーダークラスがようやく相手になるレベルの強敵である。複数相手などもっての外だろう。




「この扉の先で誰かが死んでたとしても取り乱したりはしないわ。えぇ、それくらいの覚悟がなければ冒険者なんて務まらない」


 

 その言葉はまるでティー自身に言い聞かせているようだとアラガミは感じた。

 だが感じただけだったので、そこから彼が彼女に気の利いたアクションを取るとかそういう事は一切なかった。



「行くぞ」

「えぇ」



 両手でゆっくりと紅い扉を開けてゆく。



 徐々に開かれていく視界から確認できたことは、そこが寝室であるという事だった。

 天蓋つきのベッドがあり、アンティークの置物や古めかしいドレッサー、そしてビンテージ物のワインが置かれたテーブルに扉の色と同じ紅い色をした絨毯が目に留まる。



「普通の部屋ね。特に変わった事は…………待ってアラガミ、中に凄いのがいる!」



 ティーの警告が呼び水となったのか、室内にいた何かがゆっくりと蠢いた。


 一見、ソレは空気の様であった。透明であり、形も不定型、目をこらさなければ視認する事もままならない。


 だがしかしソレは確かに部屋にいて、こちらを覗き、そして確かな殺意をこちらに向けて発している。



「多分だけどアレはレイス。呪詛をばらまく霊体系のアンデッドよ」




 徐々に徐々に徐々に、ソレは膨張を続け、やがて天井を覆い尽くす程の大きさとなり、同時に全体のフォルムを髪の長い女の様に形成していく。



「レイスの厄介な所は物理攻撃を透過してしまう所なの。倒す為には魔法や神官の祈祷術、後は聖なる加護を受けた武器の攻撃しか通らないわ」



 言っていてティーは状況のまずさを認識していた。

 アラガミは確かに強い。だがその強さは物理的な強さであり、物体を透過してしまう霊体系との相性は最悪だ。



「あの大きさだと低く見積もってもランク9。上級冒険者が束になって討伐するレベルの大物よ。悪い事は言わない、ここは一旦引きましょう。レイスが出没したという情報は何としても冒険者ギルドに持っていかなきゃならないわ」



 目の前で不気味な咆哮を上げる女型の巨大幽霊はそれだけ危険な相手だ。頼みの綱のアラガミの拳法が通用しない以上、ここは逃げの一手しか選択肢はない。

 自分達は見張りの任を任されたのだ。それは実力を侮られ、安全を配慮された末の不甲斐ない仕事だが、それでも任された以上最後まで成し遂げなければならない。




「ふむ」



 しかしティーを担ぐ男の結論は少し違ったらしい。



「確認するがあの魔物は、物理攻撃を通さず、魔法や祈祷術、聖なる加護を得たモノの攻撃でなければ通らないのだな」

「えぇ。そうよ。だからアンタの攻撃も――――」



 言い終わる前にティーは地面に下ろされ、そして衝撃的な言葉を受ける事になる。




「ならば何の問題もない」



 アラガミは端的にそれだけ言うと、金切り声を上げる怨霊に向けて拳を構え




「待ってアラガミ! アンタの攻撃はきかな」

 


 ティーが終わる前に放たれた正拳突きは、次の瞬間莫大な衝撃と風圧を放つ。

 部屋の窓が割れ、ワインが砕け、そしてついでのようにレイスが弾け飛んだ。

 天井を覆い尽くすような巨体を持つ怨霊がまるで風船が割れるようにパチンと霧散し、その後少し遅れてとてつもない爆音がティーの鼓膜に流れ込む。




「へ?」




 口をあんぐりと開けながら、ティーは事態の収集に取りかかった。

 けれどさっぱりわからなかったので直ぐ様アラガミに問いただす事にした。



「れいすは?」

「倒した」

「どうやって?」

「殴った」

「ぶつりこうげききかないあいてをどうやってなぐったの?」

「ふむ」


 アラガミは顎に手を当てながら思案した。

 アラガミがレイスを殴打出来た理由は、端的に言えば内に流れるエンシェントライガーの因子の力に起因する。



 エンシェントライガー。聖獅子ナラシンハと神獣白虎の掛け合わせで生まれた一代限りの合成神獣であり、この世界最強の生物として君臨していた存在(モノ)


 創造神グランギエータが去り際のわずかな時間に補足してくれた情報によれば、この生物はあらゆる法と正義を体現し、その究極の聖性によってあらゆる邪悪を打ち払ったという。

 そしてそんな最高位の聖獣の因子を取り込んだアラガミは、現在獣王エンシェントライガーという属性を完全に受け継いだ状態にあり、更にはその究極の聖性もその他の特性と同様完璧に引き継いでいる。



 簡単に言い換えればアラガミの一撃は全てが神器や聖剣、最上位クラスの聖属性魔法と同等以上の『聖性』を付与された状態にあり、怨霊のレイスなど触れただけで昇天レベルの聖光に満ち溢れているのだ。



 だがしかし、アラガミはそれら全てをティーに説明するのは時間ロスだと考え、短くかつ的確な言葉で言い換える事にした。




「一言で言えば、体質だ」

「ふざけてんのアンタ」



 どうやら短すぎたようだ。












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