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第八話 霊長類最強の男の初バトル









「まったく! まったくまったく!」



 抜かるんだ地面を親の敵のように踏みつけ怒りを露わにするティー。相当お冠である。



「そりゃあ、こっちは二人だし? ランクも低いし? けどだからって見張りって何よ。こんなの子供でも出来るじゃない!」



 彼女の怒りの原因は今の境遇そのものである。

 古城調査の依頼で集められた四つのパーティ。その内三つのパーティは既に古城内での調査に取りかかっている。

 そんな中アラガミ達はというと



「もう、外回りなんてうんざりよ!」



 ひたすら外縁部をぐるぐると回りながら、城の景観を眺めるばかりである。



「完全に足元を見られたわ! 畜生! なーにが『危険な場所の調査は俺達にやらせてくんねぇか?』よ! それっぽい理屈つけて取り分横取りしているだけじゃない!」



 恐らく願い出たアレックスの言葉に嘘は無かったのだろう。

 ランクが低く、二人の内一人は駆け出しの冒険者パーティをわざわざ危険にさらしたくないという心使い――――それ自体はありがたい事であるし、少し安心してしまった自分がいるのも確かだ。


 しかし彼の言葉が百パーセントの善意で出来ていたのかといえば、それも否だろう。


 冒険者というのは言ってしまえばフリーランスの代行業者だ。報酬を得るためには、しっかりと仕事をこなし成果を上げなければならない。だから複数の業者が同じ仕事を任せられれば当然、蹴落とし合いや生存競争が始まるし、そしてその犠牲者がたまたま今回はアラガミ達だったというだけの話だ。



 理解は出来る。同様の立場であれば彼女も同じ様な事をしていただろう。

 けれど、だからといって納得できるかと言えばそれはまた別問題であり…………




「あのちょんまげ侍、私達を軽く見たツケはいつか絶対に返してやるんだから!」


 怒髪天。

 傷つけられた冒険者としてのプライドを天高く叫ぶティーの姿はまるで怒れる猛獣の様であった。




「……………………」

 


 一方猛獣の様な外面をしているアラガミはというと、こちらは至って冷静に平常運転。灰色の城の外縁部を言われた通り調べ、時折り「ふむ」等と顎を撫でては、また確認作業に移るという地味な作業を淡々とこなしていた。




「アラガミは悔しくないわけ?」



 口を尖らせたティーがそんな事を尋ねたのは、作戦が始まって一時間程経った後の事だった。



「何がだ?」

「あいつらに足元見られて、こんな美味しくなさそうな場所に回された事よ」



 アラガミは「問題ない」 と簡潔に言葉を返した。



「仕事というのは経験と実績がモノを言う世界だ。そのどちらも不足している我々が取り分の少ないエリアに回されるのは当然だ」

「それはわかってるわ。でも――――」

「悔しいものは悔しい……とでも言ったところか」

「うぐっ」


 

 痛い所を突かれたティーは、続く言葉を見失った。

 アラガミは世界の真理を知った裏ボス的求道者のような澄ました顔で「いいじゃないか」と少女を諭す。



「無理に発散しようとせず怒り続けろ。月並みだが悔しさや怒りを糧に変えれば、仕事への精力も増大する。きっと次へと繋がるはずだ」



 三メートル近い渋顔の大男が語るにしては異様にポジティブな解答。

 内容と本人のギャップが何とも言えずおかしくて、気がつけばティーの唇は小さく綻んでいた。



「アンタ、見かけによらず真面目よね」

「それ程でもない」


 いつもの虚無的な瞳で答えるアラガミ。

 彼の言葉に従ってティーは、その怒りを活力へと変換すべく頬を強めに叩いた。



「――――よっし! 気合入ったわ! いいわ、やったろうじゃない。怒って怒って怒りまくって、そのままあいつらを追い抜いてやるわ」

「うむ」



 力が漲り、決意が(ほとばし)る。

 霊長類最強の男の発破は確かに少女の胸に響いたようだ。



「んじゃ、とりあえず目の前の仕事をきっちりこなすわよ!」

「うむ」

「……それとさ、アラガミ」



 少しだけ上ずった声でティーは感謝の言葉を述べる。



「ありがと。元気出た。もうウダウダ言わないから――――」



 しかし彼女の声が最後まで伝わるよりも前に



「うわァアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 耳を(つんざ)く様な悲鳴が彼らを襲った。








「今の、何? 城の中から?」




 ティーの瞳に緊張の光が灯る。

 突如として響いた叫び声。その発生源の先に視線を定め、様子を伺う。



「西塔からだったわよね」

「あぁ」

「どうするアラガミ?」



 ティーの問いにアラガミは一拍だけ間を置き



「西塔へ向かう」



 突入を、決意した。



「そうよね。あんな悲鳴聞かされて見て見ぬふりは出来ないもの」


 弓矢を取り出し、臨戦態勢を取るティー。その出で立ちには、先程までの様な緩みはまるでない。



「オッケー、アラガミ。急いで西塔行くわよ」

「ふむ」


 そんな彼女の姿を見て、アラガミは何か思案するかのように自身の顎をなぞった。



「なに?」

「急ぐのだな」

「当たり前じゃない。これは明らかに緊急事態よ」


 ここから西塔の入口までの距離は地球のメートル法換算でおよそ三百メートル。そこから更に塔を昇っていくとなると冒険者の足をもってしても相応の時間を要するだろう。こうして問答している時間すら今は惜しい。




「ならば乗れ」



 そう言ってアラガミが差した先は、自身の肩だった。



「は?」

「乗れと言っているんだ。その方が二人で走るよりも早く着く」



 彼の言い分を直訳するとこうだ。

 

 ティーを肩に乗せて走る>>>>>>>>>二人で並走



「いや、あり得ないでしょ!?」



 至極真面目に突っ込むティーに対してアラガミは右手の中指と人差し指を天へと立てて言う。



「二秒だ」

「へ?」

「ティーへの負担を考えて速度は極限まで加減する(・・・・・・・・)が、それでも二秒あれば西塔へ着く」


 ティーは、アラガミが何を言っているのか全くわからなかった。



「アンタ、何言って――――」

「時間が無い。抗弁は後で聞こう」



 そう言ってアラガミはタオルでも乗せるような軽やかさでティーを担ぎ、そしてそのまま力強く地を蹴った。



「えっ、ちょっ…………」



 刹那、ティーは世界が止まったかのような錯覚を覚えた。

 衝撃や風圧を感じる間すらなく、音さえ遠ざかるようなそんな違和感。

 ふわふわと浮いているような感覚に支配されながら一度ぱちり瞬きをすると、気がつけば目の前には巨大な尖塔が建っていた。



「ホントに着いちゃった」



 余りの事態に唖然とするティー。

 文字通り一瞬で辿り着いてしまった事への驚きがじわりじわりと湧きあがって来る。



「アラガミ、アンタ何したの?」

「特別な事はしていない」



 アラガミは誇るでもなく、淡々と当たり前の事を口にした。



「ただ走っただけだ」



 その当然過ぎる解答は、だからこそティーの驚愕に深みを与えた。



「一瞬であの距離を――――それも私を担ぎながら走ったっていうの?」

「うむ」

「しかもあんな静かに?」

「あぁ」



 脱帽。ここに来てティーはようやくアラガミの力の一端を垣間見たような気持ちになった。



「中に入るぞ」



 西塔の扉を開けるアラガミ。ティーの驚きなどどこ吹く風といった様子である。致し方なし。彼にしてみれば、一連の動作は本当に加減して走っただけに過ぎないのだから。



「もしかしてアラガミって音より速く動けたりする?」


 ティーの問いにアラガミは「ふむ」と顎に手を当てながら答える。



「走るという動作に限定するならば、むしろ音より遅く動く事の方が難しい。どうしても加減が必要になるだろうな」


 想像よりも遥か斜め上の答えが返って来た。








 西塔の中に潜入した二人はそのままティーを担ぐスタイルで天辺を目指す事にした。

 理由は単純で一にも二にも速いからだ。



「じゃあ、アラガミ。お願い」

「うむ」



 石造りの階段を、そのまま一気にアラガミが駆け抜けようと足に力を込めようとした瞬間



「!? 待ってアラガミ! 何か来る!」



 ティーの声に遅れる事およそ数秒、薄暗い室内に、黒い靄のようなものが現れた。



「ティー、あれは?」

「眷族召喚――――強い魔物なんかが使える下位の魔物の生成と使役よ。自分の領域内の中ら自由な場所に魔物を出し入れする事が出来るの」



 魔物。それは人に仇なす害獣や精霊に向けられる『敵』の同義語だ。類似した言葉にモンスター、限定された言葉として妖魔なども挙げられる。

 ソレらは基本的に討伐対象や捕獲対象として指定されており、冒険者ギルドでもその手の依頼は非常に多い。



 だから魔物と戦う事自体にはティーも動揺はなく、また眷族召喚自体も幾度か目の当たりにした事があるのでアラガミの問いに答える事が出来た。




「…………でも、これは」



 それでもティーが言葉を詰まらせたのは、目の前に現れた魔物が余りにも強大だった為だ。

 

 漆黒のフルプレートメイルに身を包み、手に持った両手剣(クレイモア)を片手で持ち上げる不死者の騎士。

 特筆すべきは首の上。生命としてあるべき筈の頭部が丸ごと消失しているというその異様が、敵の不気味さを一層引き立てている。



「デュラハン、ランク7相当の魔物よ。アレックス達が束になってようやく勝てるくらいの相手」



 ティーの言葉は状況が切迫している事を告げていた。



「本で蓄えた知識だけどデュラハンは非常に固い魔物なの。鋼の剣を容易に弾き、低位の魔法を完全に無力化する鎧の身体で敵を蹂躙する厄介さから専門のハンターチームが結成される程の猛者よ」



 ティーは抱えられた態勢のまま弓を構え、同時にアラガミに指示を飛ばす。



「アラガミ、私が弓で牽制するから一旦外に戻りましょ。幸いデュラハンはあんまり速く動けないから。アンタの脚力なら十分逃げ切れるはずよ。逆に正面戦闘なら幾らあんたでも分が悪い。デュラハンとタイマンなんてアレックス達だって不可能だわ」



 言いながらティーは自身の無力さに歯噛みする。



(私にもっと力があれば近距離タイプのデュラハン相手に立ち向かえたかもしれないのに。自分の至らなさに反吐が出るわ)



 しかし




「ふむ」



 指示を飛ばされたアラガミはそのままズカズカとデュラハンの元へ詰め寄っていく。



「ちょっとアラガミ! なんで近づいてるの!? 逃げなさいって言ってるでしょ」

「悪いが少し検証に付き合ってもらうぞティー。何分修行を終えたばかりの身でな、イマイチ自分の力量を把握できていなかったのだ」



 そのままアラガミは自身の拳を軽く(・・)握り



「鋼鉄よりも固いというその肉体に俺の拳がどれ程通用するのか試させてもらうぞ」



 ゆっくりと拳を振り上げるアラガミ。相対するデュラハンは剣を突き出そうとするも、それよりも早くアラガミの拳が首なし騎士の胸部を捉える。





「成る程。この程度では検証にならんな」




 そして次の瞬間、デュラハンの身体は粉々に砕け散った。




「――――は?」



 ティーの口がぽかんと開かれる。

 薄暗い塔内に舞う黒い粉塵。それが元々デュラハンの物であったと誰が信じられようか。鋼の剣すら通さない強固な肉体を持つデュラハンが、たったの一撃で文字通り粉微塵に砕け散るなど常識ハズレもいい所である。




「えっ? アラガミ、アンタ今何したの? 完全に人間やめた一撃だったけど一体どんな必殺技? それともアンタ魔術師だったの?」



 飛び出しそうなほど目を見開いたティーの詰問に対し、アラガミはいつも通り淡々と答えを述べる。




「特別な事は何もしていない。ただ拳を奴の胸部に当てただけだ」




 涼しい顔で返すアラガミに、ティーは呆れて言葉も出なかった。








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