第七話 霊長類最強の男と集いし者達
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城の外縁部を半周した所に設けられた庭に、『彼ら』は集まっていた。
「よう皆! ランテス支部の面々が到着したぜ!」
アレックスの陽気な声に反応して皆の視線がアラガミ達へと向けられる。
「ランテス支部のティルフィーゼ・ティタニエル・ティリスよ。んでこっちは――――」
「荒神王鍵。同じくランテス支部所属だ」
何気ない自己紹介。
けれどアラガミの完成された肉体を拝んだ冒険者の面々は、即座に彼が実力者であると実感したのであった。
「情報ではランク5と聞いておったが、その分なら問題なさそうだな」
前に出てきたのは髭モジャの男。
体躯は百二十センチ程しかないがそのはち切れんばかりの筋肉は、彼が只者ではない事を示していた。
「ゾルゾ・ゾバルナ。ゴルパン支部の冒険者で<ドワーフ・ブリッツ>というパーティを率いてる。よろしくなランク5」
そう言ってゾルゾはアラガミに向かって握手を求めた。
オレンジ色の髭をしたドワーフの勘違いに気づいたアラガミとティーはなんとなく互いの顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
押し黙る二人。
しばし顔を見合わせた後、ティーは気まずそうにゾルゾの手を握った。
「よろしくゾルゾさん。ランク5の若輩者ですが精いっぱい努力いたしますわ」
張り付いた笑顔とわざとらしいお嬢様言葉。ここに来てゾルゾは、自身の勘違いを悟ったのだった。
「あぁ、スマネェ。嬢ちゃんの方がランク5だったのか。うん? って事は……」
情報を修正したゾルゾは改めてアラガミを見上げる。
三メートル近い体躯とゾルゾ以上の筋肉密度。精悍な顔立ちの奥に潜む鋭い双眸は、まさに頂点捕食者が如き威厳に満ち溢れている。
その男が、大地を震わせるような声音で言ったのだった。
「俺はつい先日冒険者になったばかりの駆け出しだ」
「えっえぇええええええええええええええええ!?」
目玉を飛び出さんばかりの勢いで驚くゾルゾ。
彼が驚くのも無理はなかった。アラガミの巨体と身に纏う威圧感は、とてもルーキーと呼べるような風格ではない。どう考えたって伝説の傭兵とかギルドの秘密兵器とかそういう類の存在感である。
「ルーキー? アンタが?」
「そうだ」
「とてもそうは見えねぇよ……」
「それ程でもない」
筋肉男達の無駄な問答に溜息をつくティー。
そんな彼女にニコリと微笑みかける男がいた。
「アナタの連れ、中々良い男じゃナァイ」
黒い肌の長身で整った顔立ちのソフトモヒカンという中々奇抜な伊達男である。
ピコンと伸びる長耳を見るにティーの同族であるエルフの血を引いているのだろう。
「アンタは?」
「私はゲロッパ。ジュルチュパ支部のゲロッパ・パンチェッタよ。可愛らしくゲロちゃんって呼んでね」
「ティルフィーゼ・ティタニエル・ティリス。こっちもティーで良いわ! よろしくゲ……ロちゃん!」
一瞬、吐瀉物を連想してしまったが、頑張ってゲロちゃんと呼ぶティーだった。
「ゲロちゃんのパーティは、みんなダークエルフなの?」
「そうよん。ダークエルフだけのパーティ<エシャロット>っていうの。可愛いでしょ」
「……そうね!」
ゲロちゃん以外のメンバーがみんな年端もいかない男の子に見えたが、特に気にしないように努めるティーだった。
「それじゃあみんな集まった事だし、そろそろ作戦会議を始めるか!」
パンパンと手を叩き、皆の注目を集めるアレックス。
後ろに控えているメンバーは全員ラテン系の顔立ちで、ちょんまげである。
(変な人ばっかりね!)
出会った三つのパーティを総括した所、そういう結論に落ち着いたティーだった。
◆
四つのパーティによる合同ブリーフィングは、約一時間に渡って行われた。
情報共有を兼ねたこの作戦会議は終始なごやかに進行し、一番立場が弱いティー達の意見も、皆真剣に聞いてくれた。
「だからこの森には“何か”いると思うの」
道中に感じた異変を訴えかけるティー。彼女の言葉にゲロちゃんは深々と頷いてくれた。
「それは私も、というか<エシャロット>全員が感じてたわ。自然と密接に繋がったエルフだからこそ感じる違和感なんだけど、この森死にながら活かされてるようなの」
「そう! そうなのよ! この森全体がどうも魂を抜かれてるように静かなのよ」
「わかりみ~」
すっかり意気投合したらしいティーとゲロちゃんは、しきりにこの森の異常について喚起した。
「森の民であるエルフの意見だ。とても無視はできねぇなぁ。ゾルゾの旦那はどう思う?」
ちょんまげ侍アレックスに話題を振られた髭モジャドワーフゾルゾは、自慢の立派なひげをモシャモシャと触りながら私見を述べた。
「当然、注意するべきだろう。だが忘れてはならんのは、ワシらの目的はあくまで調査っちゅう事だ。冒険者である以上降りかかる火の粉は払うべきだが、突かなくて良い穴蔵を無用に刺激する必要もあるまい。仮に何かがいるとしても、その討伐に重きを置きすぎるのは危険だろうて」
「つまりゾルゾの旦那は、今回のクエストでは調査のみに留めるべきだと……そう言いたいのかい?」
「そうは言わん。だが「何か」を発見したとしても無闇に戦闘行動を取るべきではないと言うておる」
ゾルゾの意見は概ね採用という形になった。
今回は調査を主体とし、異変の元凶を見つけたとしても出来る限り戦闘は避け、情報を持ちかえる事に終始する――――それが四パーティが下した結論である。
「それじゃあ後は調査箇所か。西塔と東塔、そして中央の館組の三つをそれぞれのパーティで調査していこうと思うんだがどうだろうか?」
「アレックスよ、分けるなら四つの方がいい。西塔と東塔と中央の館、そして外と周囲を調べる見張り組だ」
ゾルゾの言葉にアレックスはしばらく考え込み、そしてわかったと首肯した。
「四つでいこう。んで提案なんだが、その見張り組の役はランテス支部の二人にやってもらいたいんだが、どうだい?」
その提案を、ティーは速攻で蹴りたくてたまらなかった。
(外回りの見張りって……一番おいしくない場所じゃない! 畜生、このちょんまげ! 完全に足元を見てるわ! 死ね!)
ティーの顔色が変化した事を察知したのかアレックスは「おいおい」と宥めるような声でティーを諭す。
「別にアンタ達を除け者にしたいわけじゃない。たださっき嬢さんも言っていたように、この森には何かある。更に言えばこの館に何かある可能性が非常に高い。……だから危険な場所の調査は俺達にやらせてくんねぇか? 勿論、分け前はちゃんと払う」
頼む、と格下の冒険者に頭を下げるアレックスは非常に出来た大人だ。聞けば彼はランク7の冒険者らしい。ゾルゾやゲロちゃんも同様で、ランク5のティーからすれば遥か格上の冒険者だ。アラガミからすれば言わずもがなである。
「ティー、従うべきだ」
巌の様な声が彼女に響く。
仲間の判断はひどく正しく、だからこそティーは飲まざるを得なかった。
「……わかったわ。その代わりなんか異変を感じたら私達も城の中に入るからね」
「ありがとうアミーゴ! 感謝するぜ!」
こうしてアラガミ達の初仕事は外回りと見張りという大変地味な作業となったのである。
次回から戦闘パートに入ります。