第六話 霊長類最強の男と初めてのクエスト
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ラトンルシアニヴァへの馬車旅は、とても快適なものだった。
揺れは少なく、広々とした室内は三メートル大のアラガミが座っても問題なく機能しており、御者の親父もとても気さくで良い人物だ。
それだけではない。
白と黒を基調としたでシックな室内。充実した各種アメニティ。
異世界に来たばかりのアラガミであっても十二分に理解できる程にこの馬車のレベルは高かった。
「良く一日でこれ程の馬車を確保できたな」
「あーソレね」
アラガミの隣でリンゴをしゃくしゃくと齧りながらティーは事もなげに言ってのけた。
「ちょっと前にランテスの馬車組合からの依頼を受けた事があってね。それ以来ランテス経由の馬車に関しては色々顔がきくようになったのよ」
金髪エルフは別段誇る事もなく語ったが、それに「いやいや」と待ったをかけたのは御者のおやじだった。
「ティーの譲ちゃんは俺達の恩人だよ。こうして俺が無事に御者を続けてられんのもあの時譲ちゃんが身を粉にして助けてくれたからさ」
それから親父は熱を持った口調でティーが捕えた『馬荒らし』という名の盗人について語ってくれた。
かつてランテスの町を震撼させた稀代の馬泥棒がいかに悪辣非道で、そしてそれを見事ひっ捕らえたティーに馬車組合がどれだけ感謝していたか――――そんな話を小一時間ほど聞かされたアラガミが述べた感想はたった一言
「そうか」
のみである。
内心ではまたティーの評価が一段上がったものの、それを言葉や仕草としてあまり表に出さないのがアラガミという男である。
親父に褒め殺しにされて顔を真っ赤に染め上げあたふたしている隣の金髪エルフとは対照的だ。
「まったく! あんまり親父さんの言う事真に受けちゃだめよアラガミ」
「わかった」
即答のアラガミ。それはそれでちょっと寂しいティーだった。
「コホン。そんな事より今の内にパーティの役割分担を決めておきましょ。オーソドックスにいくならアンタが前衛で私が後衛っていうのがバランスいいと思うんだけど、アラガミはどうしたい?」
「ふむ」
アラガミは顎に手をあて少しだけ考える。
「恐らく俺が前面に立った方がお前の武器を活かせるだろう。ただその場合、敵が背後から襲ってきた際に反応が遅れる可能性があるな」
「心配しなくても後ろは私が守るから安心して! 能力で劣っていてもランク5の冒険者としての経験でバッチリサポートしてあげるわ!」
そう言ってちょっぴりドヤ顔で愛弓を構えるティー。
「これでも射撃技術はB級なのよ。凄いでしょ」
「凄いな」
「もうっ、反応薄いわね! ひょっとしてアラガミって淡白な性格?」
「それ程でもない」
かしましい金髪エルフ少女と霊長類最強の男の旅は概ねうまく行っていた。
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三日後、アラガミとティーを乗せた馬車は無事に目的地へと辿り着いた。
「ここが噂の“森”ね」
馬車から降りたアラガミ達の目に映ったのは鬱蒼と生い茂る針葉樹林の森である。
森と言ってもただの森ではない。この森こそ勇者殺しの吸血妃伝説の舞台であり、そして今回の調査対象である古城の聳える場所なのだ。
「……不気味だわ」
ティーの口から自然とそんな言葉が漏れだした。
日の光を遮る黒緑の葉がいかにも何かが出そうな雰囲気が悪い意味で情緒に溢れている。
「それじゃあ先にラドキ村で待っとるから、二人とも無事に帰って来るんだぞ」
馬車に乗って去っていく御者の親父の後ろ姿に手を振りながら、ティーはいそいそと身支度を始めた。
「ここから先は何が起こるかわからないからね。いつでも戦えるようにしておかないと」
矢筒を取り出しやすい位置に持ちかえ、弓を握るティー。
その姿は確かに様になっており、彼女が熟練した弓使いである事が分かる。
「オーケー、準備完了。それじゃあ行きましょうかアラガミ」
「うむ」
準備を終えたティーと共に、アラガミは昏い森の中へと踏み入った。
森閑とした暗がりの森に響き渡る二つの足音。
日中だというのにまるで夜闇の中を歩き回っているような奇妙な感覚に襲われながらも二人は臆せず進み続けた。
「この森、何かいるわ」
歩き始めてから一時間、突然ティーが要領の得ない事を言いだした。
「何かとはなんだ」
「わかんない。でも森の民であるエルフの直感よ。的外れじゃないと思う」
ティーが言うには、この森は死んでいるのだそうだ。
「生き物や木霊の声が聞こえない。木々からは生命力もマナも感じない。なのにこの森は“ある”の」
「循環の要素から逸脱しているにも関わらず植物だけが生えていると、そういう事か?」
「ちょっと違う。人間に例えるなら五感を奪われて食事も与えられず、魂もないのに身体だけ動いてる――――多分そんな感じ」
「成る程。つまりこの森は」
生きた屍なのだとアラガミは言った。
「うん。残酷だけどそれが一番近い。この森は死んでいて、なのにゾンビみたいに生きている。だからきっと、そんな惨い事をした何かがいるはずなの」
それが生き物なのか無機物なのか魔法なのか吸血妃なのかはわからない。
けれど、この森を殺しながら生かしている“何か”は近くに在るとティーはアラガミに伝えた。
軽い気持ちで引き受けた激レアクエストは、どうやら何もなしとはいかないようだ。
◆
そうして更に歩く事約一時間、彼らはついに噂の城へと辿り着いた。
「嘘……本当にあったんだ」
ティーが現実を疑いたくなるのも無理はない。
その城はこのような辺鄙な森に建てられたものとは思えないほど大きく、そして洗練されていた。
灰色の煉瓦、急斜面の屋根、槍のようにそびえ立つ二つの尖塔。建築家の意向なのか完全に左右対称に作られた目の前の巨大建築物は、まさに城と呼ぶにふさわしき威容だった。
「こんな、これだけの城が今まで誰にも見つからなかったなんて」
「わかるぜ、お嬢さん。あり得ないよなマジで」
圧倒されるティーにかけられる渋声。
振り返るとそこには浅葱色の着流しを着たちょんまげヘアーの男が立っていた。
「あんたは?」
「俺はアレクサンドロ・ダンテロ。アレックスでいい。アルノア支部の冒険者だ」
顔立ちはラテン系のちょんまげ侍アレックスの自己紹介に応じる形で二人も名乗りを上げる。
「ランテス支部の冒険者ティルフィーゼ・ティタニエル・ティリス。長いからティーでいいわ。そんでこっちは」
「荒神王鍵だ」
「ティーにアラガミだな。オーケー、アミーゴ! 皆の所に案内するから着いて来てくれ!」
陽気な声で案内役を買って出てくれたラテン系ちょんまげ侍アレックス。
二人は素直に彼の後へとついて行く。
ぬかるんだ道のせいで足音がネチャネチャした。