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第三話 霊長類最強の男、冒険者ギルドへ行く








「待たせたな」




 そう言って三十分ぶりに姿を現した荒神王鍵(あらがみおうけん)の姿は、すっかり様変わりしていた。




「おっ、おっおっお前さん、一体どの位の時の流れの中におったんじゃ」



 彼を時間の流れを自由に調整できる謎空間に送りだしたグランギエータは彼のあまりの変わりぶりに動揺を隠せなかった。



 元々二メートル五十センチ以上もあった身長は三メートルに迫る勢いまで成長し、腰を越える長さにまで伸びきった後ろ髪は人間離れした白色に染まっている。


 そして彼から発せられるその生命力(オーラ)は創造神グランギエータですら身震いするほどのレベルにまで成長しており、ぶっちゃけ彼がラスボスと言われても誰も疑わないレベルの進化を遂げていた。




「三十分を七年まで引き延ばした。時間を自由に使える以上、可能な限り能力を修めておきたくてな。気づけばそれだけの時間が過ぎていた」



 そんな事を次元皇帝とか全ての武を修めた究極の求道者のような迫力で言われても、グランギエータとしてはただ、ただドン引きであった。



「め、飯とかどうしとったんじゃ?」



「なんてことはない。その辺の()()を摂取した」




「嘘じゃろ!?」



 恐ろしい言葉が、グランギエータを襲う。

 山や森を『食べた』。

 確かに今のアリガミならばそれは可能だろう。

 獣王と謳われたエンシェントライガーの因子を取り込んだアリガミは、今や自然界のあらゆるものを自身の栄養源として捕食する事が可能だ。

 しかし理論上可能であるという事と、実際にそれを行う事は全くもってわけが違う。



(……化けモンじゃ、完全に化けモンじゃ)



 渡された恩恵を使いこなす為に七年の時を黙々と費やせる慎重性と決断力。

 自身が人の領域を踏み越える事を躊躇なく実現し、山すら平らげる高みへと至った覚悟と適応力。

 その肉体、その精神、その能力、その在り方、何もかもが全くもって規格外。

 グランギエータは目の前の男に今まで感じた事のない恐怖を感じると共に、彼ならば必ず成し遂げてくれるという確かな安心感を覚えたのだった。




「天晴れ! 天晴れじゃアラガミ! お前ならば必ず憎き残怪物(レガシー)共を根絶してくれようぞ!」



 興奮するグランギエータに、アラガミは王者の気迫に満ち溢れた顔つきで言葉を返した。




「任せておけ」











「さてアラガミよ、出立の前にお前さんに渡しときたいもんがある」




 その後いくつかの確認と質問を繰り返し、とうとう出立の時を迎えようとした頃、グランギエータは懐からいくつかのアイテムを取り出した。



「それは?」



 四次元空間じみた創造神の懐から取りだされたのは白のコートと、文字の書かれた羊皮紙、そして大量の硬貨が詰められた麻袋であった。




「コートはワシの力で編み込んだ特別製じゃ。あらゆる災厄からお主を守ってくれるじゃろう。そっちの紙は身分証明書みたいなもんじゃ。こいつを出しとけば大抵のトラブルは避けられるじゃろうて。んで後は金じゃ。先立つものは必要じゃからな。とりあえずむこう数カ月は遊んで暮らせるだけの金を詰めておいた」




 防具に身分証明書に軍資金。

 至れりつくせりである。



「感謝する」

「なーに、問題ない。お前さんにはレガシーの討伐に集中してもらいたいからのう。こいつらは単なる事前準備の一環じゃ」




 コッコッコッと笑うグランギエータにもう一度一礼し、アラガミは贈呈された白コートに袖を通した。

 驚くべき事に件の白コートはアラガミの超巨体に適したサイズとなっていた。



「言語の方はエンシェントライガーの因子を受け継いだお前さんなら問題なかろうし、後は行先じゃな。どこか希望する場所とかあるかえ?」



 場所、と言われてもアラガミはこれから向かう異世界について何も知らない。

 故にここで問われているのは『地域』としての場所ではなく『状況』としての場所である。

 数瞬悩んだ後、アラガミは拠点として利用可能な『都市』を選択した。




「良いじゃろう。ならばランテス辺りにしとこうかのぉ。あそこはそこそこ栄えとるしワシの影響も強い。あそこなら悪いようにはならんじゃろ」



 ランテスというのは中央大陸という場所で栄えているファスト王国が領有する都市なのだそうだ。

 港湾都市であり、他国との貿易流通も盛んである為情報も集まりやすく、なにより創造神グランギエータへの信仰も篤い為、アラガミが拠点とするにはぴったりの立地だそうだ。




「了解した。その場所に飛ばしてくれ」

「うむ。任せんしゃい」




 そう言ってグランギエータが右指を鳴らすと、アラガミの目の前に大きな扉が現れた。



「その扉の先はランテスの路地裏と繋がっておる。着いたらまず冒険者ギルドへ行き、冒険者となるのじゃ。王国騎士を目指すっちゅうルートもあるが、お前さんには冒険者の方がむいとるじゃろう」


「そうしよう。では、世話になったなグランギエータ」



 挨拶も簡潔に、アラガミは三メートル近い身体を揺らしながら、扉へと向かう。



「あぁ、待てアラガミ!」



 アラガミが扉に手をかけいよいよ異世界へと向かおうとする直前、グランギエータは明朗な声で彼を呼び止めた。




「――――よい異世界ライフを」


「善処しよう」



 それが二人が交わした最後の言葉。

 アラガミは光さす扉の向こうへと消えていき、後にはいつまでも扉を眺め続ける創造神の姿があった。










 扉を抜けたアラガミが初めて目にしたものは河であった。

 蒼く透明な流水、その上に建てられた暖色の橋、そして橋の先には大小様々な路が支流のように枝分かれしている。

 建ち並ぶカラフルな建造物、活気あふれる住民の声、鼻孔をくすぐる香ばしい匂いはのは近くに見える屋台のものだろうか。

 地球で言えばベネツィアの街を想起させる景観である。

 しかしアラガミがこの街をイタリアの地方都市だと見間違う事は無かった。

 決定的な違いが存在するのである。

 それは歩く住民の姿だ。

 街を行きかう人々の中に見受けられる尖った耳の美系や、猫の様な耳を持つ活発そうな少女。子供じみた身長ながら隆々とした筋肉を持つ髭もじゃの男性の集団が仕事道具を抱えながらせわしなく動く姿も印象的だ。




(エルフに獣人、それにドワーフか)



 どれも向こうではファンタジーとされている存在が、中世風な趣のある街で日常生活を営んでいる――――それは、異世界の生活を夢見た者ならば誰もが感慨を浮かべる光景だろう。




(地理的特徴はグランギエータの言っていたランテスの街に類似している。後は現地民との言語疎通を確認し、同時に冒険者ギルドへのルートを聞き出せれば最善だな)



 だがしかし。

 霊長類最強の男にそんなロマンチック回路は存在していなかった。

 彼の脳内にあるのは課せられた使命と生活環境の確保のみ。

 荒神王鍵(あらがみおうけん)、どこまでも虚無的な男である。







「――――それでさらにその先を右に曲がれば冒険者ギルドです。剣と盾をシンボルにした看板が目印ですのでわかりやすいと思います」

「了解した。親切な忠言、痛み入る」

「いえいえー。それでは大きな旅人さん、お気をつけて―」



 気立ての良さそうな茶髪の夫人に一礼し、アラガミは教えてもらったルートに従い歩み始めた。



 結論から言えば、言語は問題なく通じた。

 グランギエータの言うとおり身体の中に眠るエンシェントライガーの因子は滞りなく発言しており、こちらからの発話も、向こうからの言葉もまるで問題なく疎通出来たのである。

 声をかけた夫人に依頼し簡単な文字を書いてもらったがこれも問題なしだ。

 しっかりと読めるのである。



(後は『書き』か)



 流石にこればかりはどうしようもなかった。

 会話は通じるし、文面も理解できる。

 しかし知りもしない言語を書き記す事は流石のエンシェントライガーの力を以てしても無理だったようだ。



 要修練だな、と一日でも早いライティングの習得を決意したアラガミは、その足で冒険者ギルドを目指した。



 昼下がりの街道を歩くアラガミの姿はとにかく目立った。

 エルフや獣人が闊歩する異世界でも、流石に三メートルを越えた(しかもゲームのラスボスも真っ青な覇気に満ちている)大男の存在は珍しい様で、すれ違う人々の多くが驚きか好奇の目でアラカミを見た。


 しかしそこはアラガミである。

 道行く人々の視線などなんのその、彼らの視線に気づいていながらその事に一切情動を動かさず、ただ愚直に冒険者ギルドへ向けて歩を進めた。





「……ここか」



 そうして歩く事約十五分、アラガミは無事冒険者ギルドに辿り着くのだった。

 親切な婦人の言っていた通り剣と盾をシンボルにした看板が立てかけられており、その上に達筆な字で『冒険者ギルドランテス支部』と記されている。



 アラガミは大樹の幹の様な腕で冒険者ギルドの門扉を開け、中へと入った。


 ギルド内はまるで西部劇の酒場の様な雰囲気で、恐らくは冒険者であろう強面(こわもて)の連中が酒を片手に騒いでいた。

 それもひと組や二組では無い。

 店内に用意された席の大半は埋まっており、そのほとんどが大層景気の良い顔で酒と料理に舌鼓を打っている。


 建物の案内図によると、どうやら一階は食事スペース兼酒場として提供されているらしい。

 目当てである冒険者ギルドの受け付けは二階にあるみたいだ。


 目的地を確認すると、アラガミは小山の様な巨体を揺らしながら二階へと向かった。



 二階は一階とは打って変わり、落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。

 茶を基調とした木製のインテリアに、品の良さそうな職員達。

 一階が酒場なら二階はさながら役所である。


 アラガミは『冒険者登録受け付け』と書かれたカウンターの列に並び、静かに自分の番を待った。



「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」



 アラガミをもてなしたのは、茶髪ボブカットの利発そうな女性職員だった。



「冒険者登録を頼みたい」

「かしこまりました。身分証明書のようなものはお持ちですか?」

「ある」



 そう言ってアラガミはグランギエータから受け取った羊皮紙を、職員に見せた。


「はい、ありがとうございます。アラガミ・オウケン様ですね。私は冒険者ギルドランテス支部のミソワと申します。よろしくお願い致します」



 職員の女性ミソワは折り目正しく挨拶をし、その後テキパキと冒険者登録の流れを説明した。



「アラガミさんは身分証明書のご提示を頂いたので、手続き自体は非常に簡単に終わります。ステータスのチェックと簡単な適性検査、後は必要書類を明記していただければ本日中に等ギルドの冒険者として登録されます」



 ミソワが言うには身分証明書の有無によって冒険者登録までの手順が、大きく変化するそうだ。

 冒険者とは言わば、戦闘能力を持った日雇労働者である。

 ギルドに貼られた様々な依頼をこなし、その対価として金銭を獲得するという彼らの仕事方法であり、そしてそんな彼らをサポートするのが冒険者相互扶助組合(ギルド)だ。

 その中でもギルドが発行している冒険者カードというのは、ギルドが提供する最たるサポートなのだそうで、昔は冒険者カードを発行する事だけを目的にした『空登録者(ブランク)』が後を絶たなかったそうだ。




「冒険者カードは優秀な身分証明書として利用できる半面、ギルドで冒険者登録さえしてしまえば簡単に入手出来てしまいますからね。悪用しようとする者や適性のないものまで無条件に発行しまうと社会の秩序を乱しかねません」



 故に明かに冒険者カードが目的の者、つまり身分証明が不可能な者には金銭による相応の支払いと職能試験が実施されるそうだ。



「その点で言えばアラガミさんは完璧です。ご提示いただいた羊皮紙(スクロール)は、あなたが最高位の武芸者であるという事を、最上レベルの確度で示していらっしゃるのですから」




 どうやらグランギエータの書いた身分証明書は、とてつもない効力を持つモノであったようだ。





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