第二話 霊長類最強の男、とんでもないインチキチートを授かる
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「アラガミよ、いくらお前さんが霊長類最強と称される猛者だからと言って、流石に何も渡さずに残怪物を倒すっちゅうのは荷が重い。そこでワシから幾つか恩恵を授けたいと思うのじゃが、どうじゃ?」
仙人風の老人創造神グランギエータの申し出に対して、荒神王鍵はためらいなく首肯した。
「ありがたく頂戴する。恩恵の詳細について尋ねたい」
「うむ。まずは、これじゃ」
そう言ってグランギエータが右手を天へかざすと、彼の掌から水晶玉程の大きさを持つ白く発光した球体が現れた。
「それは?」
掌から謎の発光現象が起こった事については一切ノーリアクションなアラガミに若干寂しさを感じつつもグランギエータは球体の説明を始める。
「この球体にはワシらの世界で最強と称される神獣エンシェントライガーの因子が眠っておる」
「ライガーという事は獅子と虎の雑種か」
「左様。正しくは聖獅子ナラシンハと神獣白虎の掛け合わせで生まれた一代限りの合成神獣なんじゃが、まあ良いわい。そういう細かい事項は現地で幾らでも聞けるじゃろうからな。ともあれ、これを取り込む事でお前さんの身体は更に強くなる」
それを聞いたアラガミは、プロテインの神様バージョンのようなものを想像した。
ライガーエキス配合のプロテイン。効能が高そうである。
「ふむ。強くなるとは具体的にどういう事だ? 肉体性能が頑強になると言う事か?」
「いいや、それだけではないぞ。神獣の因子を取り込むということは、肉体としての出力は勿論、そのスキルや耐性、そして成長性まで引き継ぐ事が出来るんじゃ。霊長類最強とまで呼ばれたお前さんが獣王エンシェントライガーの因子を取り込めば、国士無双の究極戦士の出来上がりじゃろうて」
「成程」
確かにそれはアラガミの能力に適した恩恵であった。
「エンシェントライガーの因子、ありがたく頂戴する」
「まぁ待ちんしゃい。こいつはあくまでオマケじゃ。本命は別に用意しとる」
そう言ってグランギエータは、今度は左の掌から紅く光る球体を呼び出した。
「こいつの名は『殲光』。ワシが世界を創りだした時に編み出した言わば消しゴムの様なものじゃ」
「消しゴム? 何かを消失させる能力があるということか?」
「何かを、ではない。何もかもじゃ」
その言葉に、アラガミは久しく感じた事の無かったうすら寒さを覚えた。
「殲光を浴びたモノは物質であれ概念であれ魔法であれスキルであれ例外なく消失する。その気になれば世界だって消し去れるじゃろう」
それは冗談の様な代物であった。
まさにチートの中のチート。
それがあれば容易く世界を征する事も可能な究極の権能である。
「そんなものがあるのなら、適当な相手にソイツを渡してレガシーを根絶やしに出来ただろう」
アラガミの最もな問いにグランギエータは至極残念そうに首を横に振った。
「そういうわけにはいかんのじゃ。先も言ったように恩恵というものは狂わせる側面がある。特にこやつは破壊衝動の塊の様なもんじゃからな、凡夫が殲光を手にしたら即座に自我を壊されて最悪のレガシーと化すじゃろう」
「俺がそうならないという保証はない」
最もな指摘をする霊長類最強の男。
しかし創造神は頑なに彼の意見を否定した。
「いいや。お前さんは大丈夫なんじゃ。むしろお前さんだからこそ選ばれたのじゃ。霊長類最強の男という肩書に一切嘘偽りのないその肉体と実力。機械と見まごうばかりの平坦かつ包容力に満ち溢れた精神性、そして衝動に一切左右されない虚無的な魂――――これ程までに殲光の担い手として適した存在はお前さんの世界はおろかワシの知りうる異世界の中でもまたとおらん。お前さんは、トクベツ中のトクベツなんじゃ!」
グランギエータの言葉には真摯な熱が込められていた。
やっと見つけたという安堵、そしてアラガミならやってくれるという期待、そして一知性体としてアラガミという究極の雄に抱く圧倒的な羨望……。
そういったものを感じ取り、そしてアラガミは感じ取っただけでそこに何ら感慨を抱かぬまま口を開いた。
「アンタのその熱意は伝わった。しかし、それだけの代物を何の訓練も実験もないままに実戦で使用するというのは危険すぎる。創造神グランギエータ、可能であるならばアンタの世界へ飛ぶ前に殲光の試用を行いたい。頼めるか」
「うむ。お安い御用じゃとも。ホレ」
グランギエータが宙に浮かべたエンシェントライガーの因子の下で小さく指を鳴らすと、純白の世界はたちまちその在り様を変えた。
先程まで真白の空間であったその場所は、瞬く間に無数の木々と山々に囲われた大自然へと様変わりしている。
「これでも一応、創造神なんでな、この程度の空間操作はお手のもんじゃい」
「ふむ。ではここでスキルを使ってみても?」
人間の常識では計り知れない創造神の空間操作を目の当たりにしても驚きの声一つ上げないアラガミ。
やはりこの男、感性が死んでいる。
「おっ、おう。すごいのお前さん。ワシの空間操作を初見でノーリアクションとは恐れ入ったわい」
「認識の問題だ。創造神が空間の一つや二つ創り上げたとしても、それは驚くべき事ではない。動物園の猿が同じような事をやったら俺も驚いていたさ」
「あー、うん。同じ台詞を高校生のひょろガキが言ってたらワシもハッ倒していた所じゃが、なんかお前さんに言われると別になんとも思わんのう」
何せアラガミという男は身長二メートル五十センチの巨躯であり、霊長類最強の男と謳われる格闘技チャンピオンである。
その巌の様な声音で発せられる言葉は、まさに絶対王者だとか世紀末覇王といったようなオーラに包まれており、他愛のないすかした台詞ですら重みのある一言に聞こえてしまうから不思議だ。
「それでグランギエータ、先程の問いに対する答えを聞かせてもらおうか」
「あっ、うん。勿論ええよ。ちなみにここはどれだけ壊れても新たな空間を創れるし、時間の流れや環境設定も好きにいじれるから実験や修行にはうってつけじゃ。思う存分活用してくれて構わん」
「助かる」
「んじゃあ、ちゃっちゃと恩恵を授けちゃおうかのう」
そう言ってグランギエータがぶつぶつと念仏を唱えると、紅と白の二つの発光体がふよふよとアラガミのいる方向へ飛び始めた。
「白を先に取り込み、その後紅を受け入れるんじゃ」
グランギエータの言いつけどおりはじめに白い球を掴みあげ、アラガミは純白の光を体内へと浸透させていく。
「!」
かつて感じた事のない様な重圧が体内にのしかかる。
しかし、その重みに慣れる間もなく、今度は紅の発光体をアラガミは体内に受け入れた。
「!!」
続けざまにやって来たのは燃えるような熱さ。
まるで内側から炎で焼き尽くされるような地獄の熱が体中を暴れ狂い、先の重圧と合わせてアラガミの肉体を容赦なく蹂躙していく。
そのような悪夢の時間が秒を越え、分を過ぎ、そして一時間が経とうとしている間、アラガミは顔を歪ませる事も、汗をたらすこともないままひたすら黙して耐え続けた。
◆
「――――どうやら恩恵の授与は無事完了したようじゃの」
結局、アラガミが二つの恩恵の受け入れを終えたのは、始めてから約三時間の時を経た後の事であった。
「待たせたなグランギエータ」
「いいや、むしろ早すぎるくらいじゃ。普通なら殲光の受容だけでも三日はかかるだろうに、それを三時間で、しかも眉ひとつ動かさずにとは恐れ入ったわい。やはりお主は大した男じゃ」
褒めるグランギエータをよそにアラガミは恩恵を受け入れた自分の身体に関心を寄せていた。
「特別目立った変化は見られないようだが……」
「安心してええよ。お主は立派に恩恵を受け入れておる。創造神たるワシが保障するぞ」
「そうか。ならば早速検証に移らせてもらう」
そう言ってアラガミは前方の景色に視線を向ける。
「特別な事はせんでええ。撃ちたい方向に手をかざして殲光と念じれば力は自動的に発言する」
グランギエータの言葉に従い、アラガミは前方に広がる大森林と山々へ視線を送りながら静かに念じた。
(……殲光)
刹那、アラガミの掌から深紅の閃光がほとばしる。
熱を帯びたその光は、音すら置き去りにして前方を進み、そして次の瞬間
「!!!!」
目の前にそびえ立つ無数の山々が跡形もなく消え去った。
まるではじめから山脈などなかったという具合に一切の痕跡を残さず、山という山が消え去り、後には平たい大地だけが寂しそうに広がるばかりである。
「……グランギエータ。確かこの場所は、好きなように時の流れをいじれるんだったな」
「そうじゃ」
「そしてアンタは創造神だ。正常な時間の流れる別空間を創る事など容易いだろう」
「うむ」
「ならば申し訳ないがどこか別の空間で時間をつぶしていてくれ。俺はしばらくこいつの力を使いこなす為の修行に入る」
アラガミの申し出を受けたグランギエータは出入り口となる扉だけ用意し、早々に別空間へと引っ込んでしまった。
「――――さて、まずは威力調整からだ」
そう言って一人謎のトレーニング世界で修行を始めたアラガミ。
その後彼がグランギエータの元に姿を現したのは現実世界で三十分、現地時間に換算して約七年後の事である。
第三話は本日23時頃投稿させて頂きます。