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第十七話 霊長類最強の男、帰還する

今話が第一章吸血妃編のラストとなります。









「それでは務めが果たせない。真実を見極める事も不可能だ」

「そんな事、命に比べたらどうだって良いじゃない!」





 半ば怒り交じりのティーの正論にアラガミは首を縦に振る。





「そうだ。命は何よりも先に優先される」

「だったら!」





「だがここで俺が退けば皆を助け出せなくなる」





 その言葉にティーは耳を疑った。

 だって既に調査隊の面々は全滅したというのに。

 生き残ったメンバーはアラガミとティーだけだというのに。




「アンタ、正気?」

「少なくとも狂気に陥った覚えはない」


 それでも彼は大真面目にそんな事を言ったのだ。



「今の件、根拠は?」

「ない。だが可能性はある」

「その手段は?」

「これから検証する」



 大ざっぱで荒唐無稽な上、ひょっとしなくてもどんぶり勘定。

 それでも彼の言葉を信じてしまったのは己の弱さ故なのだろう。



「分かった。じゃあ私も」



 しかし、それでも。



「アンタに命を賭けるわ」



 あの時預けた心と命に、ティルフィーゼ・ティタニエル・ティリスは一片の悔いも無かったのである。










「ん……? あれ、私?」




 ぼんやりと明るさを取り戻していく。視界。瞼をこすりながら、ゆっくりと起き上るティー。



(そうか。私、吸血妃の魔力に当てられて、それで気絶……してたのかな)


 不確かな記憶を辿りながら、ゆっくりと辺りを見渡す。

 するとそこには――――。




「良かったティー! 目が覚めたのね!」




 どアップのオカマがいた。



「えっ? ゲロちゃん? ゲロちゃんなの?」

「そうよ! ゲロちゃんよ! ちょっと頭剃られてるけどゲロちゃんよ~~」



 そのままオイオイとむせび泣くゲロちゃん。見た所本物だ。モヒカンを剃られている所も含めて本物だった。



「良かったぁ。でもどうしてここに?」

「あぁ、それはね……」



 とゲロちゃんが説明しようとしたその時、地響きの様な駆け音が木霊した。

 「何事!?」と振り返るティー。


「目を覚ましたんだなアミーゴ!」

「ガッハッハッ。これで全員目覚めたようじゃのぉ」



 落ち武者の集団と、やたら顎周りがすっきりした小男の集団が近づいてくる。


「えーっと、落ち武者はアレックス達で、ヒゲ無しのドワーフはゾルゾ達であってる?」



 落ち武者とドワーフ達は溌剌とした笑みでティーの問いかけを肯定する。

 後ろにはゲロちゃんのパーティのショタッ子エルフ達の姿も見て取れた。



「待って。本当に待って。ごめん理解が追いつかない。アンタ達、死んだんじゃないの?」



 チョンマゲにヒゲ、そしてモヒカン。それらの部位が無いという事は、城内で見つけたあの毛だまりの持ち主が彼らである事は間違いないだろう。

 そしてあの恐ろしい吸血妃の桁外れな力量からして彼らが無事であるはずがないのだ。




「あぁ、それはね」




 ゲロちゃんがさっきの続きを話す。



「ご主人様達が助けてくださったのよ」







 ゲロちゃん達に連れられてティーは城の中庭まで降り立った。

 外はすっかり夜になっていて、松明が無ければまともに移動する事すらままならない。

 今回初めてアイテムが役に立ったわねと燃え上がる松明を掲げながら、金髪エルフは夜の世界を渡り歩いた。



「ゲロちゃん、良くこんな暗がりをズカズカと歩けるわね」

「ご主人様のおかげよん」


 ティーの前を歩くゲロちゃんは灯りもないのに迷いなく進んでいる。

 頼もしいには頼もしい。けれどその頼もしさは、少し不気味ですらあった。



「ご主人様って誰?」

「ご主人様はご主人様よん」



 さっきからずっとこんな調子である。

 イマイチ要領を得ないゲロちゃん達にやきもきしながらもティーは大人しく歩き続け、そして特別劇的演出もないまま彼女は彼の姿を見つけたのだった。





「ふむ。どうやら無事だったようだなティー」

「アラガミ!」



 暗がりのせいで良く見えないが、それは確かに荒神王鍵(あらがみおうけん)であった。

 霊長類最強の男は、当然の様に生きていたのである。

 その壮健な姿に無性に涙がこみ上げてくるティー。

 色々あった。危険なモンスター、不気味な城、消えゆく仲間達、そしてあの恐ろしい吸血妃。

 そんな幾多の困難を自分達は乗り越えたんだという達成感と安堵。何よりも彼が無事であるという事がティーにはたまらなく嬉しかったのだ。



「勝ったのね」

「うむ」

「じゃあ、あの恐ろしい吸血妃は消えたのね」

「……ふむ」



 霊長類最強の男にしては珍しい歯切れの悪い解答にティーは首を傾げた。



「えっ、アラガミあいつを倒したんでしょ」

「いや、討伐はしていない」

「え? じゃあ吸血妃はどこにいるの?」

「どこというよりも」



 アラガミは夜陰に隠れた己の右半身を指差すアラガミ。恐る恐るティーが松明の灯りを向けるとそこには――――




「あぁんっ。旦那様、灯りに照らされた姿もとても素敵です。なんて逞しいの、なんて雄々しいの。あぁ、どうして貴方はこんなにも私を焦がすのでしょうか」



 至高の美女がそこにいた。

 あらゆる芸術のアーキタイプのような絶世の美貌は見間違えるはずもない。

 それはもしかしなくても吸血妃ジュデッカ・レヴァインテインその人であった。



「なっなななななななななななんで吸血妃がここに|?」

「成り行きだ」

「それで納得するはずないでしょ!? きちんと説明しなさい!」

「ふむ」



 ティーの歯切れのいいツッコミに頷きを返すと、アラガミは愛を囁く吸血妃をお姫様だっこしたまま事の詳細を語り出した。






 以下はティーとアラガミが交わした問答である。




 Q:つまりどういう事?

 A:結論から言えば、俺は彼女にアレックス達の蘇生を頼んだのだ。彼女が霊魂の扱いに長けている事はわかっていたからな。



 Q:それって思い付きじゃない?

 A:無論、初めは推測の域を出なかった。しかし戦闘を重ねるにつれ彼女が稀代の魔法使いである事がわかり蓋然性は高いと踏んだのだ。



 Q:それでも確実じゃないわよね?

 A:うむ。ティーの言う通り、確信と言える程確かなものでは無かったよ。だが元々死者の蘇生などあり得ぬ話だ。無理であればそれも致し方なし。当然失敗や決裂の可能性も考えていた。



 Q:で、結局どうなったの?

 A:ジュデッカは見事やり遂げてくれたよ。取り込んだアレックス達の魂が完全に消化されていなかった事も幸いしたそうだ



 Q:という事は吸血妃の力でアレックス達は蘇ったっていうの!?

 A:眷族生成の応用という事になるのだろうな。アレックス達はジュデッカへの従属と引き換えに今生へ戻って来た。分類としては高位アンデッドという事になるらしい。



 Q:アンデッド!? しかも吸血妃の下僕にさせられたの?

 A:そうだ。彼らは一度死に、そしてアンデッドとなって蘇ったのだ。残念ながらジュデッカへの従属は霊魂の蘇生における必要条件である為動かす事は出来ないらしい。



 Q:そんな! アンデッドになった上に無理やり従わされるなんて! これじゃあ全然駄目じゃない!

 A:完璧ではないという意見に関してはその通りだと思う。しかし彼女はアレックス達の自由意志を最大限尊重すると約束してくれた。不安か? だが安心してくれ。彼女の望みを叶えるついでにジュデッカがアレックス達を悪用せぬよう見張っておく。



 Q:彼女の望みって何よ?

 A:彼女の望みが何かだと――――話して構わないかジュデッカ? ……うむ、わかった――――彼女の望みは俺の傍にいる事だ。



 Q:はぁっ!? アンタ正気?

 A:あぁ。ランテスに帰還し次第、適当な物件を見つけて彼女と住もうと考えている。同棲生活というやつだ。



 Q:いやいやこんな危険人物を市街地に放りだせるわけないでしょ!

 A:もっともな異議だが、ジュデッカの立場になって考えて欲しい。勝手に自宅に侵入した狼藉者達に家を滅茶苦茶にされたのだ。過剰防衛のきらいはあるが、こうしてアレックス達も無事に戻って来た以上、彼女の立場は最早被害者に近い。



 Q:仮に私達への行動が咎められなくったって森を滅茶苦茶にした件については言い逃れできないでしょ!

 A:いや、彼女は森の件には関与していないそうだ。というよりも彼女は今日五百年ぶりに目を覚ましたそうで、森の惨状については全く知らなかったらしい。



 Q:じゃあ犯人は別にいるっていうの?

 A:うむ。城の主は彼女だが、森の生態系を蹂躙した犯人は別にいるという事だ。そして彼女の城が姿を現したのも恐らくその『何か』の仕業らしい。城に貼られていた不可視の結界が知らぬ間に剥がされていたそうだ。



 Q:えっ? つまり吸血妃は私達への反撃以外は本当に無関与?

 A:あぁ。だから彼女はアレックス達への過剰防衛以外には何もしていない。証拠もない五百年前の勇者の件について問い詰めるのは野暮というものだ。



 Q:でも、やっぱり心配だわ。

 A:そうだな。お前の心配は最もだティー。だから彼女を止められる俺が傍につくのだ。吸血妃の意思を尊重し、未然の危険も防ぐ事が出来る。双方にメリットのある選択だ。






 一連の問答を終えた後、ティーは思いっきり頭を抱えた。



「つまりまとめると、ゲロちゃん達はアンデッドになってアンタは吸血妃と同棲、そして森を滅茶苦茶にした犯人は別にいるという事でオーケー?」

「うむ」



 こっくりと頷くアラガミ。

 お姫様だっこされている吸血妃が「頷くお姿も素敵ですわ」とほざいていた。黙れと思った。



「あのね、アラガミ。簡単に言うけど冒険者ギルドになんて報告すんのよ。吸血妃と同棲しますなんて報告で上が納得するはずないでしょ!?」

「ジュデッカは吸血妃の城の外で見つけた記憶喪失の一般人として報告する」



 堂々と隠ぺい宣言をかます霊長類最強の男。

 気が遠のく一方で、まぁ妥当な線だと納得している自分がいる事に金髪エルフは辟易とした。



「ギルドからの監査が入る事は頭に入れて置きなさいよ。魔力検査とか魔法道具による尋問とか、きっと彼女かなり細かく調べられるわ」

「うむ」



 そんな事を言いつつも、ティーは何となく予感していた。

 伝説の吸血妃であるジュデッカならば、魔法を用いた操作など余裕でかいくぐってパスするのだろう。それが何となく面白くなくて、ちょっと癪だった。



「なんにせよ、細かい情報共有が必要ね。ギルドを騙すなら徹底的にやんないと」



 しかしそれはそれ、これはこれと切り替えられるのがティーの美点である。

 一難去ってまた一難。新たに現れた問題に溜息をつきながら、それでも金髪エルフは前を見据える。




「さぁ、アンタ達。嘘と欺瞞に満ち溢れた報告書を作るわよ!」



 そうして始まった報告書作成会議は夜通しかけて行われた。

 途中疲れた時、買い溜めしていたポーションが大変役に立ったという。

 



(でも、犯人が吸血妃じゃないとしたらこの森を駄目にしたのは一体誰なんだろう?)



 

 一抹の不安を残しつつも、古城調査のクエストはこうして幕を閉じた。

 初めての冒険を終えた者、一回死んで新たな生を受けた者、悠久の時の中で初めての感情に焦がれた者、そして何だか無性にお腹が痛くなったもの――――それぞれが何かを得たり失ったり、けれどだれ一人欠けることなく(むしろ一人増えたりもしながら)彼らは城を後にした。



 

 主が去り、死の森に置き去りにされた古の城。

 この城が本当の意味で終焉を迎えるのは、もう少し先の話である。

 




 吸血妃編 了














 というわけで今回で「吸血妃編」はおしまいとなります。

 今後の予定と致しましては一日お休みを頂いた後、三話からなる日常回を投稿、その後もう一日お休みを頂いた後に第二章「ざまぁプランナー編」に移らさせて頂きたいと思います。

 日常回、二章共に毎日投稿で行きますので、また是非遊びに来て下さいね。

 最後にここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

 貴方に読んでいただいた事が、私の救いです。

 本当に、ありがうございました。

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