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第十五話 霊長類最強の男、絶対破壊の究極チートを顕現させる









 荒神王鍵(あらがみおうけん)という男が授けられた恩恵は二つある。




 一つは神獣エンシェントライガーの因子。

 これは霊長類最強の男の肉体をより強固なものへと変質させ、聖属性の付与や獣の王としての特殊能力、そして最早生物としての次元を超越したかのような出力の向上など、今のアラガミを支える基幹となって彼の旅路を支えている。



 エンシェントライガーの因子が彼にここまでの恩恵を授けたのは、偏にアラガミという男が最高の素体であったからである。

 霊長類最強の男としてあらゆる格闘技の無差別級チャンピオンとして君臨し、時には自分よりも遥かに巨大な捕食者達を捻り潰したというその膂力と体躯。人間という種族が到達しうる臨界の頂きに立つ彼だからこそここまで至れたというのが究極進化の理由であり、仮にその辺のトラック如きに引かれる程度の凡人であれば精々がケルベロス級のモンスターを打倒するのが関の山であっただろう。




 惑星を粉砕せしめる程の一撃に耐えうる程の進化を遂げたアラガミの肉体。

 しかし忘れてはならないのは、エンシェントライガーの因子はあくまでオプション機能であり、本命の恩恵にアラガミの身体が耐えられるだけの性能を整備したに過ぎないという事だ。




 グランギエータがアラガミに授けた本命の恩恵『殲光(エリミネイト)』は、エンシェントライガーの因子に輪をかけて使い手を選ぶ。

 その無敵の力の余波によって自身の肉体を滅ぼさない程度の頑強性は勿論の事、あらゆる感情を破壊衝動へと変換する極めて悪質な精神汚染に耐えきれるだけの精神性が求められるこの能力は、故に世界の創生より一度として人の手に渡された事は無かった。




 そしてそれらの条件を奇跡的にクリアしたアラガミでさえ、殲光(エリミネイト)の制御には七年の月日を要したというのもまた事実である。

 霊長類最強の男であり極めて稀有な精神性を持ち合わせているアラガミが、エンシェントライガーの因子により究極生物として進化を遂げ、更に七年の修行を必要としてようやく実用段階に至ったという気の遠くなる様な難易度の恩恵





「顕現せよ殲光(エリミネイト)





 その威烈なる鮮紅が、蒼の世界に灯る。

 霊長類最強の男の拳から煌々と輝く破滅の光。それがどれほど危険なものであるかをジュデッカは本能的に理解した。

 六枚の黒翼をはためかせ、衝動のままに後ろへと退避する吸血妃。

 それは彼女が長い生涯において初めて経験する危機感であった。




(あれは……まずい)




 無限の出力を誇り、全能とも言える権能を誇る世界の主は、しかしそれでもアレには勝てないと早々に悟った。




(出力や相性の問題ではない。あの光はそれ以前の存在だ)




 篝火の様に世界を照らす紅い光にジュデッカが抱いたのは絶対的な自身の終焉である。

 勝負どころではない。アレに少しでも触れれば全てが終わるという確信めいた絶望が吸血妃の心に重くのしかかった。




「光が怖いか吸血妃。ようやくヴァンパイアらしい立ち振舞いが見れた気がするよ」



 絶対破壊の殲光をその右腕に宿したアラガミは、いつも通り淡々とジュデッカに語りかける。



「この紅き光の権能は不可逆の絶対破壊。物理、精神、魂魄、時空、因果、次元、法則、概念――――その他あらゆる要因を無視して完全に抹消し、根絶する」

「随分と強力な切り札をお持ちなのですね」

「切り札と呼ぶ程、誇るべきものではないさ」



 寧ろその対極にあるような鬼札だと、アラガミは自身の能力を捉えていた。

 絶対破壊。例外なくあらゆる全てを鏖殺する万夫不倒の恩恵。それはどのような強者であろうと打ち倒し、術者に約束された勝利をもたらす力だ、

 必ず勝つ。発動すれば終わる。字面だけ見れば完璧な能力だろう。

 しかし前述したとおり霊長類最強の男の感想は真逆である。



「全てを破壊するといえば聞こえはいいが、それはつまり全ての物事を無価値に変えるという行為にも等しい。努力は蹂躙され、誇りは堕落し、決意は不要と踏み捨てられる――――この力は、人のあらゆる想いを塵屑の様に消し去るんだよ」



 それをジュデッカに語る事に果たしてどれだけの意味があるのかを他ならぬアラガミ自身もわかりかねていた。

 殲光を帯びた拳を振り上げれば全てが終わる。

 効率を重視するならば黙したまま即座に行動に移すべきであると鋼の理性は告げている。大人しく全てを破壊しろと鏖殺の恩恵がけたたましく騒ぎ立てる。


 だがアラガミはそれらを振り切って言葉を続けた。

 黙れ、と一喝する感情の正体は敵への惜しみない敬意であった。




「美しき吸血妃よ。お前は強かった。魔法について理解の浅い俺だが、それでもお前が極天に位置する魔法使いなのだという事は分かる。惜しみない恭敬と感謝を。お前と戦えた事は俺にとっても誇りだ」

 



 荒神王鍵(あらがみおうけん)という男は虚無的である。

 神様に拉致されてもあっさりと受け入れ、美しい異世界の街にも無感動、魔物との初戦闘も難なくこなし、目の前の至高の淑女を拝んでも一切動じず戦える――――それがアラガミという男のメンタリティであり、これまでもこれからも彼はそのようにして生きていくだろう。


 しかしそんな彼でも他者を尊敬し、礼を尽くすという機微は持ち合わせていた。

 いや、寧ろ自身に無い輝きを持つ者を敬う感性は他の情動が薄い分、人一倍強いのかもしれない。




「素敵な時間を共有できたという事でいいのかしら」

「うむ」




 二人の気持ちは一つであった。

 互いを尊敬し、好敵手と認め、過ごした時間を尊く想う。

 そして



「では――――」

「――――参ろうか」




 決して止まらず勝ち抜けるという強靭な決意まで両想いであった。



 世界の主の元、宙天を舞う星々があらゆる魔法攻撃となって襲いかかる。

 鳴動する星霜の魔法群。幾億幾兆の魔法の威力はその一つ一つが超新星爆発に等しきものであり、まさに決闘の終幕にふさわしい大技であった。



 天を埋めつくす無数の死星。対しアラガミが拳を向けたのは鏡の様に透き通った氷の大地である。

 これまで惑星崩壊クラスの攻防が巻き起こっても罅一つ入らなかった堅牢なる地面にアラガミはあらん限りの力を込めて破壊の鉄拳を振りかざした。



 星天が落ち、氷獄の大地に紅の光が灯る。

 そして両者の決着は一瞬の内に終わりを迎えた。














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