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第十四話 霊長類最強の男と無敵の魔法








 魔法について



 魔法とは、魔力という万能のエネルギーを用いて一つの事象を抽出、加工し、恣意的な結果へと捻じ曲げる術の総称である。無から有を創り出すのではなく、有を別の有に変換するというのが魔法の基本原則であり、凡その魔法は必ずその効力に応じた魔力を消費する。


 無論、魔法はただ魔力を込めれば良いというわけではない。建物を建てるためには設計図がいるように、魔法の発動にはその効力に応じた適切なプロセスとルートが求められる。



 例えばそれは詠唱や触媒の必要性


 例えばそれは術の効用に正比例した代償の存在


 例えばそれは魔法間事の相関関係に応じた発生の条件



 魔力をこめ、詠唱と触媒を用い、術次第では大きな代償を支払いながら、更にそれぞれ固有の条件を満たす事でようやく発生する――――これが魔法という奇跡の大まかな仕組みであり、常識である。










“堕天の檻よ、終末の炎よ、今ここに暁の星を灯したまえ”




“鎖された翼は地下深く、害なす枝は地の果てへ。嘆き、怒り、凍てつき燃やすは森羅万象遍く摂理の円環也”



“咎ある者には慟哭を、罪なき者には苦なき死を。我は囚人にして裁く者、灰を這いて塵を散らせて、やがては須臾を那由他へ給う”



“是非は問わず、善悪の彼岸を飛び越え、目指す彼方は無限の垣根に。零落の氷獄も、黄昏の業火も等しく抱かれて星海へ沈め”



“今こそ第九の園は九つの鍵によって開かれる。天地を融かせ二つの極点、世界はここに境を失くす”




 それは彼女が紡いだ始めての詠唱だった。これまで無詠唱かつ無条件で魔法を乱発していたジュデッカが世界の法則に則り放つ唯一の魔法。




「<終末の明星コキュートス・ラグナ>」



 最後の宣誓を以て完成した彼女の奥義は、発動した瞬間に有機無機問わずあらゆる事象を取り込んだ。

 

 崩れ落ちる世界の理。境界線を失くしたテクスチャー。世界の終焉と新生がメビウスの輪の様に絡み合い、あらゆる因果と概念が無意味なガラクタへと朽ち果てる。

 歪む景色、消えた熱量、大地も空気も光すら彼女の魔法に習合し、一つのモノへと融けていく。


 吸血妃の術によって起こった引き起こされた変化は極めて明快だ。あらゆる全てである。世界を構成する全ての要素が彼女の一声によって書き替わったのだ。


 

 創造神の御業を再現し、自分だけの理を顕現させるその術の名は創生魔法。呼んで字のごとく世界を創り出す魔法である。


 

 世界を一時的に塗り替え自身の理に沿った世界を展開するこの術は、その唯一無二の強力さとあまりにも達成困難な発動条件から古の時代より究極の魔法とあだ名されてきた。


 特に発動条件の困難さは群を抜いており、世界一つを創り出すだけの魔力や自身の理を世界に組み込むだけの魔法知識、そして世界そのものを構築し破綻させることなく維持できるだけの演算能力など術者に求められる性能は極めて高度かつ枚挙に暇がない。


 これだけのスペックを持つ魔法使いなど有史から数えても数えるほどしかおらず、故に創生魔法の使い手はその誰もが例外なく魔法史に名を刻んできた。



 発現だけでその名が歴史に刻まれる程の大魔法、そんなあり得ない程の御業を目撃したアラガミの反応は至って淡白なものだった。




「ふむ」



 これだけである。魔法についてズブの素人であるという点や、創造神グランギエータのによる本家本元の空間生成を体験しているという点を加味しても、世界そのものが書き換わるというこれ以上ない程の奇跡を目の当たりにしてほぼ無反応というのは頂けない。

 

 霊長類最強の男の感性は、本日も平常運転で死んでいた。




「お待たせいたしました。これにて全ての準備が整いましたわ」




 世界の主が天上の音楽の様な美しい声音で挨拶をする。

 視界を埋めつくさんばかりの満天の星々と、鏡の様に透き通った氷の大地。口から漏れる吐息は白く、けれど肌を撫でる空気は春風の様に暖かい。

 景色は絶景で、けれどどこか現世とはズレた未知なる空間。そんな世界の中心で艶美に微笑む吸血妃の姿に、アラガミは誇り高き王者の資質を垣間見た。



 揺るがず、焦らず、卑に落ちず。彼女は微塵も勝利を疑わない。絶対的で、圧倒的で、大胆不敵に君臨する王にして神――――それが今の彼女であり、そしてこの世界の理なのだ。




「お手間を取らせてしまったお詫びにこの世界のルールについて説明致しましょうか?」

「聞かせてもらおうか」



 アラガミがジュデッカの話に乗ったのは単純な情報収集の為という側面もあるが、それ以上に彼女から時間を奪う事が目的であった。



 魔法についての知識が皆無なアラガミでも、この魔法が特別で規格外なものである事は理解できる。

 

 詠唱の宣誓に姿の変質、そして発動の前に世界を暗く染め上げたその行動――――それらはこの魔法が彼女にとっても別格に強力なものであることの証左であり、故にこそ発動後にも何らかの制限があるとアラガミは睨んでいた。



(本命は展開時間の制限、次点で時間経過による体力や魔力の消耗、大穴で段階的な空間規模の縮小といった所か)



 いずれにせよ時間はアラガミの味方だ。

 この魔法に耐えきり、術が解除されたその瞬間にこそ自身の勝機が訪れると踏んだ霊長類最強の男をいつでも迎撃に転じられるよう身構えながら、吸血妃の話に耳を傾けた。




「そうお構えにならないで下さいまし。この魔法(セカイ)は取り立てて警戒する程危険なものではありません。効力はシンプルに私の強化。ただそれだけの(モノ)ですわ」

「強化か」



 拍子抜けとまではいかないが、何か隠された効能があるのではないかと疑うアラガミ。無論考えたところで答えが出るはずもない。しかしそれでも顎に手を当て思索にふけるのは、対峙する相手がそれ程までに強大であると認識した故である。



(ブラフやハッタリで撹乱するタイプではない。自分の正当性を疑わず、真っ向勝負でねじ伏せる王族の気質――――ふむ、厄介な相手だ)




 それは図らずも吸血妃がアラガミに抱いた感想とほぼ同質のものだった。

 奇をてらわず、圧倒的な力で蹂躙する戦闘スタイル。それは相手の全てを受け止めて尚、自分が勝つという絶対の自信の表れでだ。

 勝利を疑わず、隔絶した力を持ち、自分自身が頂点であると自負しているからこそ成立する王者の戦い方は単純であるからこそ隙が無い。

 アラガミは迎撃の構えを取りながら、より一層警戒心を強めた。



「ふふっ、準備万端のようですわね」

「念の為だ。対話を続ける意志はある」

「それはそれは。……正直に申し上げますと、私ももう少し貴方とお喋りがしたいなと思っていたところですの」



 ですが、とジュデッカは優雅に首を振りながら言葉を続ける。



「今は言の葉での語らいよりも、こちらでの語らいに興味があります」



 突きつけられる吸血妃の拳。それは対話の終わりであり、そして戦いの始まりを告げるゴングでもあった。




「では、参りましょうか」

「来い」




 同時に駆けあがり、激突する両者。力と力がぶつかり合い、衝撃と風圧が蒼の世界に吹き荒れる。




「当然、この程度であれば合わせて来ますよね」



 拳をせめぎ合わせながらにこやかに語るジュデッカ。

 その出力は先程までの優に数十倍は上昇しており、アラガミの猛烈な拳打の嵐をいとも簡単に正面から相殺せしめる。



「これが強化の力か」

「いいえ。残念ながら私の強化はこれからです。そうですね、まずは百倍程上げましょうか」



 そう言って放たれた吸血妃の正拳突きを、アラガミは右手で受け流そうと構え




「!?」




 そして空高く吹き飛ばされた。


 空中に舞い上がる霊長類最強の肉体。それを美しき吸血妃は、悠々と目視し、そして次の瞬間には彼の背後へと回り込んだ。




「どうですか、百倍のお味は」



 打ち降ろされる無慈悲な手刀、しかしそれをアラガミはくるりと廻り込んで受け流し、返す刀で



「問題ない」



 と鉤突きを打ちこんだ。相手の出力が上がったのならこちらも同様に上げれば良い。未だ底を見せていない霊長類最強の男は出力百倍上昇の吸血妃を更に上回り、反撃を開始する。



「勿論、そうでなければ困りますわ。この程度で底を見せられては拍子抜けも良いところです。……だからさらに千倍程引き上げますが、ついて来て下さいね」



 笑うジュデッカ。霊長類最強の男の鉤突きを右わき腹だけで受け止め、そのまま大きく上げた左足をアラガミ目がけて一気に打ち降ろす。天から地へ。アラガミの身体が音を置き去りにした速度で叩きつけられた。遥か遅れて響き渡る轟音と共に吸血妃が宙より飛来する。



「ふむ」



 その一撃を的確に回避し、反撃に転じるアラガミ。だが



「万」



 吸血妃の出力が更に上がる。天災さながらの延髄蹴りがアラガミを遥か後方へと吹き飛ばし



「億」



 続け様に国一つを一撃で滅ぼしうる程の拳打の嵐が霊長類最強の男の正中線に穿たれる。



「兆」



 大陸を真っ二つに割る程の威力を持つ薙ぎ蹴りがアラガミの身体を遥か彼方へと飛ばしたかと思えば



「京」



 刹那の間隙も置かずに惑星を粉砕する膂力の掌底が霊長類最強の男についに膝をつかせた。



 インフレーションの崩壊ここに有り。天変地異級の神撃に、さしものアラガミもダメージの蓄積を隠せなかった。

 無論膝をつく程度で済んでいるのは、アラガミだからこそである。惑星粉砕クラスの一撃を膝をつく程度で耐える等完全に生物の次元を越えた領域であるし、更に驚くべき事にここに来てもまだアラガミは底を見せていない。


 まさに規格外の存在。だが、そんなアラガミですら膝を屈する程の相手が目の前に立っていた。


 


「際限がないのか」

「えぇ。無限です。この世界の中において私はどこまでも己を高める事が出来る。例えば一振りの剣が世界を燃やすかのように、あるいは一度の羽ばたきが地獄の嵐へと羽化するかの如く――――想像すれば想像するだけ自身を強化する絶対者の揺籃」


 

 至高の美貌を誇る吸血妃は謳うように宣言する。




「それがこの<終末の明星コキュートス・ラグナ>です」




 さしものアラガミもこの時ばかりは耳を疑った。

 無制限の自己強化、それが意味する所は即ち絶対的な勝利の確約である。

 相手を倒せるまで膂力を上げ、相手の攻撃が一切通らない領域まで防御を高め、相手が決して捉えられない速度まで加速する――――単純にして絶大、明快故に至高。ジュデッカの言葉を信じるならばこの世界で彼女に勝つ事は誰であろうと不可能だ。


 どのような生物であれ自身の引き出せる力、つまり出力には限界がある。それは神獣エンシェントライガーの因子を取り込んだ霊長類最強の男でさえ例外ではない。

 惑星破壊クラスの一撃を受けてもまだ膝を屈する程度で済んでいるのはまだ余力を残しているからこそであり、例え更なる上の領域で吸血妃が襲いかかってきてもしばらくは合わせる事が出来るだろう。


 だがそれは永遠ではない。幾ら桁外れの実力を持つアラガミでもいずれは限界に至る。有限と無限ではどうしたって後者が勝つのが摂理であり、そしてそのリミットは着々と近づいていた。



(……時間切れは期待できそうにないな)



 ここに来てアラガミは時間切れによる耐久勝利の線を捨てた。自身を際限なく強化できるのであれば、あらゆる限界を永遠に引き延ばす事も可能だろうと推測したからだ。

 そして残念ながら彼の下した結論は正しかった。

 ジュデッカは時の流れを弄っている。自身だけではない。この世界全体の時の流れを、である。

 極限まで時の流れが加速したこの世界の出来事を現実世界の時間に換算するとおよそ一秒未満。星空の世界の戦闘はまだ現実世界の一秒にも満たないのだ。


 そしてジュデッカは<終末の明星>を最大六十六分まで展開する事が出来る。秒数に換算するならば三千飛んで九百六十秒、単純計算で今の戦闘の約四千倍の時間的猶予を保持しているのだ。



 故に耐久戦闘は絶望的。タイムリミットが来る前に、必ずアラガミの限界が訪れるであろう事は想像に難くない。



(耐久戦は不可能、常に相手に先手を取られ続けこちらの限界が訪れた時点で敗北は必至。……成る程、このままでは負けるな)




 遠くない未来における自身の敗北を予測したアラガミは、この世界における創造主であり支配者でもある美しき吸血妃を見据えて言った。



「見事だ吸血妃。お前の術技は俺を上回った」



 それはいつも通りの仏頂面であったが、心なしかその声音は柔らかいものであった。

 敗北宣言ともとれるその讃辞に、ジュデッカもまた心からの敬意を込めて会釈した。



「貴方こそ――――とてもとても素晴らしかったです。貴方の事を私は永久に忘れません。最高の時間をありがとうございました」



 春風の様に穏やかな声地で吸血妃はしとやかに手刀を構えた。

 抱く想いは勝利への確信と別離への憂い。あぁ、きっと自分はこの瞬間を永遠に愛し、そしてその惜別を生涯嘆き続けるだろうと予感しながら、それでも彼女は奪うのだ。


 それは常闇の支配者としての業であり、頂きに立つ者としての務めでもある。

 人とは相容れぬ価値観であり、到底理解できぬあり方であるが、それでもアラガミは彼女の精神性を是認し、一人の武芸者として深い尊敬の念を抱いた。





「あぁ、それでも勝つのは俺だ」




 けれど。しかし。されども。霊長類最強の男は断言する。




「術技の比べ合いでお前が勝った事は認めよう。これが試合であればお前にチャンピオンベルトを渡し、新たなる王者として喝采を送っていた事だろうな」



 だが、とアラガミはゆっくりと立ち上がり、不思議そうに小首をかしげるジュデッカを見降ろした。



「生憎と今の俺の立場は武芸者ではなく冒険者だ」

「立場の違いにどのような差異がありますの?」

「大いに違う。武芸者は理の中に戦を置くが、冒険者にとっての戦とは単なる手段(どうぐ)でしかない」



 聡明な美女は、彼が言外にここからは手段を選ばないと言っているのだと悟った。





「なりふり構わなければ私を倒せると――――そう仰りたいのかしら?」

「戦の美学とはかけ離れた方法ではあるがな。この様な落着は不本意かもしれないが詫びはせんぞ」



 技術の勝負の終わりを惜しむようにアラガミはひっそりと目を閉じ、そして厳かに





「顕現せよ殲光(エリミネイト)



 己が内に眠る真の恩恵の名を口にするのだった。







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