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第十三話 霊長類最強の男の規格外超常決戦










「提案がある。場所を変えたい」




 互いの名乗りを上げた後、唐突にアラガミがそんな事を言い出した。侵入者側に都合のいい提案を、しかし吸血妃ジュデッカ・レヴァインテインは二つ返事で了承した。




「いいでしょう。お仲間の始末は貴方を片付けた後にします」



 「ついて来て下さいな」と百合の花の様に歩く吸血妃の後に従い、アラガミは部屋を後にする。




「ごめん、アラガミ。私はこんな様だから後は任せる」

「あぁ。任された」



 去り際に短い挨拶だけ済ませ、ティーの元を離れるアラガミ。

 こみ上げてくる情けなさと申し訳なさを噛みしめながら、それでもティーは彼に託す。



「信じてるから。アンタの事」



 遠のいていく相棒の背を見つめながら、ティーは祈るような声音でそう呟いた。

 








「この辺りでよろしいかしら」



 辿り着いたのは一階のエントランスホール。敷き詰められた紅い絨毯の上で、両者は相まみえる。

 


「館の内部は私の魔法でそこそこ頑丈に出来ておりますの。……最も多少壊されてはいるようですが」



 ジュデッカが軽く指を鳴らすと、先の雑魚敵との戦いで割れてしまったステンドグラスの破片がひとりでに元の形へと修まっていった。




「あまり森は壊したくありませんし、出来れば館内で決着がつけばよろしいのですが」

「森だと?」

「何か問題でも?」

「……いや、なんでもない」



 アラガミは首を横に振って別の問いを投げかけた。



「先程と同じ質問になるが、他の冒険者達をどこへやった?」

「食べましたよ全員。一部汚らしい物体をつけているもの達がいましたから、それらはその場に捨てましたが」

「…………」



 衝撃の事実が明かされた。ヒゲやモヒカンやチョンマゲが捨てられていたのは汚物認定されていたかららしい。



「吸血鬼ならば血さえ吸えればいいのではないか?」

「あのような欠陥品のヒル共といっしょにしないで下さいな。アレらは血を吸わなければ生きられない出来そこない。本来我らは――――」



 瞬間、ジュデッカの背後からおびただしい数の()が現出した。



「血ではなく、魂を狩りとりますの」



 黒い靄に包まれた『口』達が、一斉にアラガミを目がけて飛翔する。




「成る程、つまりお前は吸血鬼達の大元となった存在なのだな」



 アラガミは返す刀で震脚を行った。地震と惑乱する程の巨大な衝撃は、そのまま聖なる波動となって押し寄せる『口』達を掃討する。



「正しくは大元の大元ですわ。陳腐ではありますが、神という表現が一番近いかと」



 吸血妃が女神の様な頬笑みを浮かべると、何もなかった空間から無数の黒杭が現れた。

 ジュデッカのフィンガースナップで放たれる漆黒の杭。それら一つ一つが魔槍と称される程の力を持つ威力を誇るのだが、霊長類最強の男の前は飴細工の様にそれらを容易く粉砕した。



 しかし




「まぁ、凄い。ではもっと数を増やしましょうか」




 次の瞬間、アラガミの周囲三百六十度を数え切れないほどの槍衾が覆った。

 間髪入れずに襲いかかる数千の魔槍。逃げ場のない地獄の様な空間で



「数は問題ではない」



 軸足を中心に身体を回転させ、そのまま宙空でコマのように旋回した。

 旋風脚。中国武術に伝わる基本的な回転蹴り。しかし霊長類最強の男が放つその技は、まるで倶風のような勢いで回り続け、数千の魔槍を瞬く間の内に蹂躙した。





「質をお求めですか。ではコレならばお気に召していただけるかと」



 着地の瞬間を狙い澄ましたかのように現れたのは、塔を握り潰せそうな程の大きさを持つ巨大な黒腕。常人どころか武術の達人ですら認識できない程の隙をつくようにアラガミに襲いかかり、そのままアラガミを城の柱へと押しつけた。




「これまでの貴方の戦闘能力を分析し、それを基に即興で作り上げた『腕』ですわ。都市の一つや二つなら、これ一つで事足りますわね」


 ニコニコと宝石の様な微笑を浮かべる吸血妃。即興で創り上げた被造物が都市災害級の力を持つ辺りに、彼女の底知れなさが伺える。

 だが……。



「ならば問題ない」


 それはこの男も同じ事。己の能力を参考に創り上げられた都市災害級の化物をいとも容易く引き千切り、悠々と地面へ着地するアラガミ。



「加減した俺の膂力を参考にした化物など相手にはならん」



 そのまま今度はこちらの番だとばかりに吸血妃へと詰め寄るアラガミ。にこやかに笑う美女の脇腹に向けて放つ鉤突きはまるで霊長類最強の男の重みをそのまま凝縮したかのような『圧』を秘めており、いかな吸血妃といえど直接的な接触は避けてくるかに思えた。




「よい一撃です。その拳撃(せいけん)の切れ味、癖になりそうですわ」



 が、しかし。ジュデッカは当然の様に防御。威力、スピード共に上階の戦いの比ではない程に向上しているアラガミの拳を何の苦もなく受け止める。

 柳の様に舞い、瞬きよりも速くアラガミの首元へと移動する吸血妃。同時に彼女の掌から漆黒の雷霆が唸りを上げた。



「想定内だ」



 だがそれよりも速くアラガミの回転手刀打ちがジュデッカの急所を狙い打つ。正鵠を射たようなタイミングでの攻撃に吸血妃は眉を潜めながら回避。去り際に黒雷を放出し、同時に次の魔法を三種同時に展開する至高の美女。

 けれど後方へと下がった彼女の元へまたもやドンピシャのタイミングでアラガミの正拳突きが打ちこまれる。




(誘導されている? しかしどうやって?)



 迎撃として火炎と吹雪と烈風の魔法を放ちながら、さらに五種類の魔法の射出準備を終えるジュデッカ。彼女の脳裏には先程から続く不可解な連続攻撃への疑念が(うごめ)いていた。




(彼の攻撃は確かに強力無比。けれど現状では私の受け筋は無数に存在します。回避、防御、迎撃――――どのうような手段であれ、自由に選択するだけの余裕は十二分にある筈なのですが)



 アラガミが底を見せていないようにジュデッカも未だ全力とは程遠い出力で戦っている。



(けれど彼が無数の選択肢を予測して攻撃をしかけているのもまた事実。どうやってと言う仮定に意味はありません。検証すべきはどの位の精度があるか、ですね)




「試してみましょうか」




 火炎と吹雪と烈風の三重奏を正拳突きの一発で相殺するアラガミに、更に五種類の魔法を展開するジュデッカ。

 床を抉る岩の刺、四方八方から襲いかかる光の矢、空間を歪ませるほどの重力波と瘴気に侵された水流の刃が両辺から襲来し、天井からは数千の怨念を凝縮した霊体爆弾が投下される。



 どれか一つでも超常と呼ぶにふさわしき威力を誇る魔法の五種同時攻撃。されどアラガミは魔法による超自然現象の数々を当たり前の様に殴り、蹴飛ばし、破壊していく。



 拳一つで魔法を打ち消すなど規格外にも程があるが、ジュデッカは我が意を得たりと微笑し、そのままふわりと大地を蹴った。



 刹那、自身の施した館内の結界を貫通する程の脚力でエントランスを飛び立つ吸血妃。弾指の百分の一にも満たない移動時間で彼女は西塔の頂上の部屋へと移動した。



(成る程、これには反応できないと)




 待つ事数秒、粉塵を撒き散らしながら彼女の前に姿を現すアラガミ。たった数秒、けれど確かに彼は遅れてやって来た。

 つまりアラガミの予測攻撃の連打は、彼女の上澄みを見た上での判断能力しかないとジュデッカは結論付けた。



(それでも彼の分析能力が厄介な事に変わりありませんが)



 彼の連続予測攻撃は、あの時点での彼女の動きを完全に熟知したものだった。

 全力とは程遠いとはいえ、先程まのジュデッカのでも、かつて勇者と呼ばれた存在を圧倒した時程度の出力は満たしている。それに完璧に対応できる程の実力を持ち、その上未だ底を見せない眼前の男。長い時間退屈を持て余してきた彼女にしてみれば非常に興味深い存在である。



「ふむ。しかし魔法とは厄介な者だな」



 吸血妃の興味の対象になった事などちっとも存じ上げない霊長類最強の男。アラガミはいつも通りの虚無的な表情で魔法の凄まじさについての感想を述べる。




「まるで無から有を創り出すかの如き多様な攻撃。初見(・・)とはいえ、大いに戸惑ったぞ」




 ジュデッカは耳を疑った。豪雨の様な魔法の連続攻撃をあれだけ的確に処理し、あまつさえ吸血妃の行動選択まで読み切っていた男は、魔法が初見なのだと言う。



「てっきり対魔法戦のスペシャリストだと見込んでおりましたが」

「そんなことはない。生まれてこの方魔法とは無縁の世界で生きてきたからな。お前の魔法が正真正銘初めての経験だった」



 事実である。アラガミに魔法使い戦の経験は無い。

 ここまで的確に対応できているのは、グランギエータの元での七年の修行の際に多種多様な環境設定で己を鍛え上げ、大抵の自然現象に適応できる肉体を作り上げたからであり、アラガミ自身は魔法の原理すらわからない。

 炎や氷、雷や超重力といった現象そのもには高い耐性を持つが、その発生の仕組みや発動条件などについては皆目見当がつかないというのが今の彼の状況である。




 ありえない、とジュデッカは驚嘆した。否認ではなく驚嘆。最上級という言葉すら生ぬるいというレベルにあるジュデッカの魔法を初見で見切り、あまつさえ反撃に転じた男の言葉を彼女は正しく認識したのである。

 ハッタリという可能性を全く考えなかったわけではない。しかし、ここまでの力量を持つ男がこちらを煽る為だけの嘘を並べるだろうか。




(いいえ。否です。少なくともこの男は、そのような小細工を弄するタイプではありません)



 戦いを経て、ジュデッカがアラガミに抱いた印象は威風堂々。搦め手を用いず、只ひたすらに己の肉体で盤面を制圧していく彼の戦闘スタイルに嘲弄(ちょうろう)の影はない。己の実力に絶大の自信があるからこそ貫ける王者の流儀を、吸血妃は今日初めて会ったこの男から感じ取ったのだ。



(恐らくこの男の言葉は真実。にわかには信じられませんが、この男は魔法というものに対して全く無知のまま、私の攻撃を捌いている)




 信じがたい現実に直面し、驚愕し、是認してその上でジュデッカは女神の如き微笑を浮かべた。




「長い間生きておりましたが、ここまで心が躍ったのは初めてです」



 人間、魔物、精霊、転生者、同族や亜神に果ては魔王や勇者まで――――ありとあらゆる存在と相対し、そして戯れにも満たない力で彼らを挫いてきた吸血妃。何をやっても誰と戦っても満たされなかった彼女の心は今かつてないほど高揚していた。



「じっくり時間をかけて楽しむつもりでしたが、ふふっ、貴方が相手であれば余計な心配をせずに済みそうです」



 至高の笑みを浮かべる絶世の美女。そして彼女がゆっくりと息を吸い込み、自身の枷を解除した。

 


「むっ!?」



 その瞬間、アラガミは異世界に来て初めて自身の肌が総毛立つ様を認識した。

 彼女を中心として発せられる魔力の奔流。魔法についてズブの素人であるアラガミですら反射的に危機感を感じる程の魔力密度は、勇者を圧倒したと言われる先程の彼女と比較しても別物である。


 少なく見積もっても(・・・・・・・・・)億か兆。天上知らずの勢いで上昇する彼女の魔力は、その余波だけで西塔を倒壊させ、更には周囲の空を黒く染め上げた。



 唐突に訪れる夜の帳。一時的か局所的か――――その規模と範囲まではわからないが、彼女は世界の『夜』を強制的に集めたのである。


 


「あぁっ、やっと。やっと本気で戦い合える相手に巡り合えた」




 そしてアラガミは気づく。空に夜を降らすという大偉業、それすらも今の彼女にとってはただの余興。 吸血鬼本来の(・・・)活動時間である(・・・・・・・)夜を連れ出す事すら平然とやってのけるのが今の彼女なのだ。




「存分に舞いましょう。存分に語らいましょう。どうかどうか、一秒でも長く私の傍に居てくださいな」




 聞く者によれば愛の告白とも取られかねない情熱的な言葉の抱擁。けれど投げかけられた当の本人であるアラガミは全く別の所感を抱いていた。



(ここからが本番だな)




 漆黒の帳の中でなおも美しく輝く吸血鬼。六枚の黒翼をその背に生やした無上の麗人は、謳うような心地でアラガミを誘う。





「さぁ、始めましょう」















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