第十一話 霊長類最強の男、ボス部屋に辿り着く
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スカルドラゴンの討伐に成功し、部屋の捜索に取りかかった二人はまたしても奇妙な物体を発見した。
「ヒゲ……じゃないわね」
「うむ」
部屋に落ちていた物体は髭ではなかった。ソレはモジャモジャというよりも緑色のファサッとした感じの体毛であり、ティーは何となく持ち主の見当がついてしまった。
「ゲロちゃんの……モヒカン」
ジュルチュパ支部のゲロッパ・パンチェッタ――――気さくでオカマなダークエルフのゲロちゃんの頭に張り付いていた緑色のモヒカンがティーの脳裏に浮かんでくる。
その形状、その色彩、そして西塔との類似点からソレが否定のしようもなくゲロちゃんのモヒカンだとティーは分かってしまった。
「ティー」
「良いのアラガミ。分かってる。これはモヒカンよ。ゲロちゃんのモヒカンなの。きっとゲロちゃんはここでスカルドラゴンにやられて……そしてモヒカンを……っ」
そこまで言ってティーはちょっとだけ涙ぐんだ。
短い付き合いであったがゲロちゃんはとても朗らかで優しいオカマだった。
「ゲロちゃん、必ず私達が敵をとるからね……っ」
緑色のモヒカンを抱えて打ちひしがれるティーの姿にアラガミはかける言葉を失った。
決して同情をしたわけではない。
モヒカン相手に涙ぐむティーの姿がシュール過ぎたのである。
◆
東塔の調査によって発見できた物は、結局ゲロちゃんのモヒカンだけだった。
「嘆いていてもしょうがないわ。アラガミ、本館に向かいましょう」
「うむ」
再びティーを乗せ、東塔を立ち去るアラガミ。その後またもやアンデッド達がしょうこりもなくわらわらと押し寄せてきたが、例によっていつもの如く瞬殺しながらアラガミは本館への道を突き進んだ。
通路を抜け、本館の玄関口を駆け抜ける一行。
赤いじゅうたんの敷き詰められたエントランスルームに跋扈する死霊達を拳の風圧一つで吹き飛ばしながら、同時に周囲に沸いたデュラハンを殴殺していくアラガミ。
「敵の攻撃も苛烈になって来たわね」
ティーが肩の上から弓矢を取り出し、流麗な動作で射出する。
見事命中したエルフの矢はデュラハンに蚊ほどのダメージも与えられず弾かれてしまった。
「恐らく上に何か守りたいものでもあるのだろう」
即座に弓矢を弾いたデュラハンを粉砕するアラガミ。ダメージが一切与えられないティーの弓でもマーキングの役割くらいは果たせるらしい。予測した方向に声を上げるよりも速く弓を射出する事でアラガミに敵の位置を知らせるという作戦は、地味ながら多少役に立っているようだ。
「いると思う? 吸血妃」
黒い靄の発生するであろう箇所に弓を射るティー。
「先に相対したレイスやスカルドラゴンよりも強大な存在が待ち構えているという可能性は高いだろう。それが件の吸血妃であるかどうかまではわからないが」
弓が射られた個所へすかさず拳を突き出すアラガミ。そしてドンピシャのタイミングで現れたデュラハンは、登場と退場をほぼノータイムでこなしながら砕け散った。
息のあった連携で、二人は本館に群がるアンデッド達を駆逐していく。
階段を登りながら撲殺。
踊り場にかけられたステンドグラスを眺めながら蹴殺。
紅い絨毯の上を駆けまわりながら鎧袖一触。
予知じみた感知能力と圧倒的な武力の前に為す術もなく崩れ去るアンデッド軍団達。二人は破竹の勢いで本館を進んでいき、そして――――
「見えたわアラガミ! あれが最後の扉よ!」
視界の端に見えたのは一際瀟洒に飾り付けられた紅の扉。やにわに駆け寄ろうとするアラガミだったが、それを寸前の所でティーが制止させる。
「待ってアラガミ! でっかいのが来るわ!」
ティーの発話通り、扉の前に黒い靄が現れる。
それは今まで見た中でも一等大きな靄だった。
「扉の前の番人といった所か」
「そうね……番人としてはちょっと別格すぎるけど」
ティーの頬を嫌な汗が伝う。
行く手を阻むように現れたのは巨大な犬獣だった。
首の周りと尾に無数の蛇を携え、口からは青色の焔を吐きだすその異形。そして何よりも目を引くのが頭部である。
思わず目を背けたくなるような畜生狼の頭は計三つ。三つの頭がそれぞれ尋常ではない殺意を持ってアラガミ達に吠えかかる。
「「「GUUULUUUUUUAAAAAAAAA!!」」」
迸る強者の咆哮にティーは精いっぱいの勇気をもって向きあいながらアラガミに怪物の正体を告げた。
「ケルベロス、地獄の番犬とあだ名される二桁ランクの大怪獣よ」
「特徴は?」
「レイスみたいに特殊な防御体質はない。ただ全てのスペックが恐ろしく高いわ。単純な堅さだけでもスケルトンドラゴンの数倍はある」
「ふむ」
そう言ってアラガミは無造作に三つ首の魔犬へと近づいた。
彼らの威容に恐れをなさず、どころか傲岸不遜にも扉を通ろうとする冒険者に当然ながらケルベロスは牙を剥く。
(えぇ、わかってるわ。流石に私も学習してる。ケルベロスなんて実際だったら冒険者ギルドが緊急クエストを出して複数の二桁ランク冒険者をかき集める程の大災害よ)
三つ首の魔犬の爪が迫り、口腔から蒼炎が吐き出される。
圧倒的な暴威。地獄の番犬による死の裁きが命知らずな冒険者の魂を狩り取ろうと無慈悲な勢いで差し迫る。
(でもアラガミ「ならば」)
音もなく放たれたのはいつも通りの正拳突き。
そこに特段の気合も、格別な感情も乗っていないアラガミの通常攻撃は的確に魔犬の首元を捉え
「何の問題もない(わ)」
直後、ケルベロスは今まで散っていった無数のアンデッド達と同様に破砕された。
一撃。地獄の番犬と称される大怪獣でもあっけなく粉微塵。ランク二桁の凶獣相手ですら、アラガミの前では只の負け犬である。
「底なしよねアンタ」
「敵が脆すぎただけだ。大した事ではない」
地獄の番犬を一撃で沈めるという大偉業を「大した事じゃない」の一言で片付ける霊長類最強の男。やはりコイツは只者じゃないわと呆れ混じりの溜息を漏らすティー。
(でも……ううん。だからこそ、コイツなら大丈夫って思わせてくれるのよね)
あらゆる魔物を一撃でなぎ倒してなお、アラガミの限界は見えて来ない。
同じ冒険者として色々と思う所はあるが、それでも今この状況において荒神王鍵という男が居るというその事実はティーにとって何よりも代えがたい僥倖であった。
「アラガミ」
「何だ?」
「帰ったらご飯奢らせなさいよね!」
今伝えられる精いっぱいの感謝を口にするティー。それを聞いたアラガミは「ふむ」と一度頷き
「ここで死亡フラグの補強か。やるな、ティー」
意味は分からないが、何だか凄く馬鹿にされている気がしたティーだった。
「……ん? あれ、アラガミ。あそこに落ちている物は何かしら?」
ティーが目敏く見つけた物体は、先程までケルベロスが立っていた場所に落ちていた。
ゲロちゃんのモヒカンに少し似た、しかし真っ黒で丁寧に結われたその体毛群。
「チョンマゲね」
チョンマゲだった。分かりやすく乱雑に人数分置かれている事から間違いなくアレックス達の物だと理解してしまうティー。アラガミの肩から降り、そっと床に伏せたチョンマゲを拾い上げる。
「……複雑な気分だわ」
アレックス達とは一悶着あった。
自分達の経験不足を理由に、半ば強引に調査箇所を外周りにされた恨みは今でも決して忘れた訳じゃない。
チョンマゲ侍の所業は狡猾で、そこに善意をまぶしていたから余計にタチが悪くって、だからこそ、だからこそ――――
「こんな姿になっちゃったら、返せるツケも返せないじゃない」
床に散らばるチョンマゲを見ながらうなだれるティー。やっぱりシュール過ぎたのでアラガミは口にチャックで愁嘆場を乗り切る事にした。
◆
そうしてチョンマゲ相手に少しの間感傷を見せたティーはすぐに持ち直してアラガミの肩に乗った。
「行きましょうアラガミ、きっとこの先に敵の親玉がいるわ」
「うむ」
ゆっくりと紅のドアに手をかけるアラガミ。
(大丈夫、どんな敵が来たってアラガミの力があればなんとかなる。絶対に生き残って、必ず事の真相を突き止めるんだから)
決意を胸にティーは開かれた扉の先を見やる。
そして――――
「ようこそいらっしゃいましたお客様」
そして扉の先に待つ「彼女」の姿を見た瞬間、その決意は儚く崩れ去った。