6.歓迎舞踏会 2
舞踏会の会場である大広間に向かうと、結構ギリギリだったらしく既に中は賑わいを見せていた。
「僕、舞踏会って初めてきました」
「確かに庶民には縁がないかもね…」
と言っても私もそんなに回数はない。公爵家とはいえ11歳の娘には舞踏会はまだ早いのだ。基本舞踏会は18歳からだからね。建国祭とかそういう一大行事の時にしか行ったことがない。
だからもちろん、在校生のほとんどは正式な舞踏会に出たことがないはずだ。だからこそ私が知っているものとは違う、ただ『楽しむ』ための舞踏会なのだろう。そこには裏も計略もない純粋な空間がある。
…あるのだけれども。
「ごめん、私ちょっと用があるから気にしないで楽しんでて」
「…?わかりました」
残念ながら私には用があった。
困惑するシルディたちを置いて会場を見渡す。
そして少し離れた場所に目的の人物を見つけ足早に向かった。
「ティルサ、ちょっといい?」
「あ〜、ココオンちゃん。どおしたの?」
「ちょっと話があるの。こっち来て」
と、人がいないバルコニーに連れ込もうとする。
「ここでいいよ。そうだなぁ、『光よ、この場は忌み場とせよ』とかでいいかな」
「…人を操るのはご法度じゃないの?」
「バレなきゃ犯罪じゃないんだよ?」
人避けの魔法なんてこの世界に存在しない。
ティルサは、新しい魔法を作り出すことに特化しているリルラ家の中でも随一の才能を持っている。
新しい魔法を作るにはその魔法が展開する理論を完璧に把握し、魔法行使によって変化する現象を計算し、さらにそれを精霊に伝え世界に登録する必要がある。
今回は、恐らくだけれど光魔法を使って範囲内の人間の電気信号に干渉、私とティルサがいる周辺を「なんとなく行きたくない」と思わせるように仕向けたのだと思う。この魔法を作成するには電気信号の法則を完璧に理解する必要もある。科学があんなに発展していた前世ですらまだわかっていない技術をこの世界で体現するティルサの天才さがわかるだろうか。しかもそれを一瞬で、だ。
つまり、科学/物理法則の完全理解をした上で魔法理論を組み立て、さらには精霊と交信する才能全てが必須という超一部の天才にしかできない。
ちなみに精霊と交信するには精霊と契約するのが手っ取り早い。ティルサは水の大精霊アクアと契約しているはずだ。
その才能も、契約精霊もまったくもって規格外である。
「あんな、システル王国民以外に人が多すぎる場所で機密に触れかねないことを言うなんてティルサらしくない。何が目的?」
早速本題に入ると、ティルサの顔が幾分か真面目なものになる。そう、入学式でのあの発言。
『ココオンちゃんが全然ダメってならオトーサンが言ってたあれ、私がやっちゃってもいいんだよネ?』
わかる人にはわかる、というこの発言。恐らくだが国王と公爵が同時期に代替わりしたことから推察する国は多いだろう。その前提を知っていればある程度の意味はわかる発言。
ティルサはなかなかに性格が崩壊しているが、思慮深い一面もある。いや、本来は思慮深い性格であったからと言うべきだろうか。ともかく、考えなしでうちの弱みがバレかねないようなことは絶対にしない。
「んー?世界中みんな困ってるかもしれない、からかなぁ」
「…ごめん、どういうこと?」
「つまり、これはシステル王国だけの問題じゃないってこと」
「……」
「だってぇ、不可解に国難に襲われる国が多いなって。はじめは500年前、ロゼリア王国が突然魔物に襲われた。次に300年前、ルーテシア王国が大火災に見舞われた。国じゃないけど、10年前には狐火商会の会頭夫妻が突然殺されてる。そんでシステル王国、国王と公爵が殺された。分かっているだけでこれだけ、不思議な話じゃなあい?」
「それ、今誰が知ってるの」
「ココオンちゃんに初めて話したよ?」
狐火商会の会頭夫妻が殺されているなんて今初めて知った。
更に魔物と大火災など偶然にしか思えない。偶々訪れた不幸、としか思えないのだ。
そう私が怪訝にしていると、ティルサは言葉を続けた。
「ルーテシア王国には当時大精霊が2人もいたってアクアが言っていた。さらにこの火事、アクアが出向くまで燃え続けてたらしいよ。それって明らかにおかしくなあい?」
「…それは確かに」
精霊とは世界そのものと言ってもいいような存在だ。その中でも大精霊とは最高格。そんな精霊が2人もいて永遠と燃え続けるというのは確かにおかしい。
つまり、人為的な何かによって発生した災害であるということだ。
これらに関連性は見られない。ただ突発的に国が傾きかけたというだけだ。
しかし、確かに『何者か』が全てでなくともいくつかに関わっている可能性は否定できない。
ティルサの考察は、突飛ではあるが道理は通っている。
それは、昔を彷彿とさせた。
「ティルサ、少し昔に戻ったみたい」
「…え?」
「だって、あの事件から突然口調も何もかも変わって。けどどこか無理してるみたいだったからさ」
「…あたしは庶民なんて死ねばいいとおもってる。図々しくもシステルに巣食ってる庶民なんて」
「あの事件で何かの価値観が変わっちゃったとしても、ティルサは私の大切な友達だよ」
ティルサは、年の近い唯一の友達だった。アコルデとリルラの後継者として、私たちは幾分周りより精神が成熟していたし、博識なティルサの話を聞くのは楽しかった。
しかし、数年前事件は起きる。当時から天才だったティルサの開発した戦闘用魔道具は隣国エーテル帝国との小競り合いで素晴らしい成果を挙げた。
それを恨んだ帝国の兵士は日頃から家族に不満を持つシステル王国の庶民を協力させティルサを誘拐する。私たちアコルデの捜索隊が見つけた時、そこは下手人の血の海だった。
ティルサは中心にぼんやりと佇んでいて、それ以降私と会ってくれることはなかった。
少しでも構って欲しくて、そして唯一の友達をなくしたようで寂しくて、私はリルラの家に精霊の召喚方法を教えてくれと押しかけた。
けれど、ティルサはやっぱり会ってくれなくて、私はサラという契約精霊を得た。
それからもう3年が経つ。ようやく、私は友人が戻ってきたような気がした。
「それに、庶民なんて信用しちゃいけない。守る対象ではあっても信用なんて絶対にしない。当然のことなんだから気に病まないでよ」
「ココオン…ちゃん?」
当然のことを言ったはずなのに、なぜかティルサは困惑し、すこし怯えたような表情を見せた。
「…そうだ、ココオンちゃん。アコルデ公爵継いだんだよね」
「うん。さっきも出たけどいろいろあったからね」
「それにしては…随分魔力が少ないね」
「え…?」
私の魔力量は魔力が多い貴族の中でも特に多い部類だ。
そのはずなのに、少ない?
いや、きっとティルサ基準なのだろう。純粋な人族としては最大の保有量を誇るハイエルフからしたら、私の魔力量なんてお粗末なものだ。
「ティルサの基準にしてみればそりゃあ少ないよ」
「いや、そうじゃなくて…」
そのままティルサとは別れ、歓迎舞踏会は終幕した。
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魔物に襲われたと出てきたロゼリア王国、今と設定が異なりますがメモリー&レコードの舞台になっています。タイトル上のリンクより飛べますのでぜひ。
登場2話目でキャラが若干崩壊(?)するティルサさん。初期構想ではチョイ役程度なはずだったのですが、大変便利であると気付いてしまい恐らくメインキャラに昇格しそうな子です。
次回は閑話、そんなティルサの過去回です。