4.入学式
夏の暑さが残るシステル王国の空は、綺麗な青で覆われている。
今日は私たち、第500期生の入学式の日だ。
服装だって略式の普段着でなく勲章やらがじゃらじゃらした正式なものに着替え、意気込みはバッチリだ。余談だがこの服、相当重くてこの服着ながら戦いたくはない。
けれど、部屋のみんなも服装チェンジしているわけではなく、あくまでいつも通りだった。
「強いていうならばエリナがネックレスつけてるくらい?そんなに品質高くないけどそれ全部魔石だよね?高くない?」
「わたくしはただ単にいつもきているこのワンピースが1番の上物なの。ネックレスに関してはわたくし一時期冒険者をしていてね?その戦利品よ。それにいつもネックレスはしているけれど、学生がアクセサリーだなんておかしいと思って」
魔物というものは魔法を使う為、本能なのか魔石を身につけていることが多い。
魔物狩りをする冒険者は(もちろん魔物狩りだけをしているわけではないが)その魔石を装飾品として身につけていることが多い。多ければ多いほど、品質が高ければ高いほどより多く、強い魔物を討伐した証になりうるからだ。
「学生でもアクセサリーは普通やと思うで?ココオンやって右手に豪華なブレスレットしてるし、学生やないけれどサラやって大きな赤いイヤリングしとるし」
「これはまあブレスレットじゃなくて武器だけどね…。それならキリエもそうじゃない?その右手の指輪、なにかの家宝だったりする?」
「…質問に答える理由はある?」
「理由はないよ。ただの興味というか話の流れだし」
「なら答える義理はない」
「…まあ、そうなんだけど」
キリエは前世とはまた違う意味でのコミュニケーション障害を患っていると思う。
「ちなみにうちの服はこれ自体が正装やからやな。シルディとキリエもそうやと思うで」
「じゃあ普段から正装じゃないのって私だけだったんだ」
「まあココオンさんの服は僕たちと違って意味が重すぎますからね」
「まあ確かにそうかもしれない」
アコルデの正装を着るということはつまり、アコルデを代表して出席しているということになる。
アコルデ家は世界に名を轟かせる名家。その服を着ればそれに見合った立ち振る舞いを求められるし、その場に『アコルデ家』がいる証明にもなりうるしね。
「さて、そろそろ移動しますか」
「せやね、はよ行こか」
入学式の会場である講堂は、寮からは少し離れている。
隣接する校舎のさらに隣にあり、ちなみに町は講堂、校舎、寮の裏側に広がっている。
特に急がねばいけない時間に出たわけではないので、のんびり歩きながら向かうと改めてこの学園の大きさがわかる。
軍本部を兼ねたアコルデ家より、なんなら城よりも大きい。まあ移動用の馬車便があるくらいだし…。
なんて考えながら歩いている間に講堂に到着。
少し緊張して講堂に入ると、中には在校生200人が座って待っており、広大な学園の敷地に対して人数は少ないなと感じた。
式のプログラムは前世のそれとあまり変わりはない。違うところを強いていうならば校長先生のお話ならぬ国王陛下のお話と部屋発表がある程度か。
この国王陛下のお話は地理的な都合上、システル王国周辺の国が順番に請け負っている。
今年はシステル王国の隣の隣の国。ルーテシア王国の国王らしい。
ルーテシア王国は300年前に王都全域を覆った大火事があった国で有名だ。水の魔法を使って必死に消化を試みたものの三日三晩燃え続けたとかなんとか。あと昨日サラが食べまくっていたのもルーテシアの料理だ。
特に特筆するべきこともないスピーチを終え(そもそもお偉方の話だなんて基本はそんなものだけれど)さっさと後方に下がったその国王を見て私はどこか既視感を抱いた。
なんだろう、と疑問に思っていると肩の上から「ふぁぁ」と呑気にあくびをしているサラを見てその正体に気づいた。
「なんかルーテシア国王、サラにどことなく似てるね」
「え?どこが」
「全体的なパーツかな。瑠璃色っていうのかな?綺麗な青い髪と瞳がサラみたいに真っ赤だったら家族って言ってもうなずくレベル」
「…家族かぁ」
「まあ精霊に家族はいないか」
精霊はアコルデのようなセイレイを含めて自然発生するもの。強いていうのならばこの世界が家族か。
「そんなことない」
「え?」
「ううん、なんでもない。ルーテシアの国王は『親霊族』でわたしは『精霊族』だし、種族が違うよ。それよりココオン、ちゃんと話聞かなくていいの?」
「やば。真面目にしないとね」
なんやかんやサラと話しているうちにプログラムは進行していたらしく、次は新入生代表挨拶だ。
前世同様、首席の生徒が行うそれは、今年はどうやらキリエの役目らしい。私の見立ては間違っていなかったようだ。
壇上に上がったキリエは緊張した様子もなく、人の前に立つのに慣れている感じさえあった。
「私は目的があってこの学園に来た。馴れ合うつもりも一位の座も譲るつもりはない」
たったそれだけの新入生代表挨拶。
生徒たちどころか先生までも呆気にとられている。
普通こういうのは「入学できて嬉しいです、精進します」とかそんな内容だろう。それをこうも喧嘩腰で…
「キリエ、敵作ったなぁ」
「こんな言い方されたら誰だってカチンと来るよね。特に貴族のボンボンが多いこの学園だと」
あまりにざわついた講堂に「静かに!」と先生の叱責が飛ぶ。
少し落ち着いたところで次のプログラムに進行するべく先生が声を上げた。
「最後に、9ノ月の部屋順位を発表する!」
講堂に大きなスクリーンが現れ、1から60までの部屋が書かれていた。
当然、新入生の部屋も提示され、改めて自分たちが一位であることを確認。新入生の2番手は男子1班の21位らしい。
「うちらより上の10位までには3年ばっかやなぁ」
「唯一、1位の部屋だけ2年生ですね」
「2年生で3年生を抑えて1位って相当ですわよね?」
「あれ…?この1位の部屋って10班じゃない」
「嘘?!」
10班とはつまり入学時最下位だったということだ。
それが今や学園内トップ。入試の時に手を抜いているとでもない限りありえない。
「では第1位、2年女子10班は前に出て挨拶を」
「どぉも〜、5月からずーっと1位のぉティルサ・フォン・リルラでーす」
「ティ、ティルサ?!」
「リルラ家…『魔のリルラ』やん!」
「今年はぁ、ココオンちゃんが入ってくるから期待してたのに11位って全然だめじゃんかっ!!!しかも首席じゃないとかぁありえなーい。男女の首席どちらもシステル王国民じゃないとかぁ、10年ぶりらしいよ?」
「お言葉ですがティルサ様、入試結果により1位となるのは制度上ほぼ不可能です。それに今年度はココオン様の他にも精霊体質者や幽鬼族が入学したと耳に挟んでおります」
「ふーん、どーでもいいや。ともかく、ココオンちゃんが全然ダメってならオトーサンが言ってたあれ、私がやっちゃってもいいんだよネ?」
オトーサン-リルラ公爵が言っていたのいうのは十中八九『犯人』についてのことだろう。
恐らくティルサはリルラ公爵から私が国王殺しの犯人を見つける、というように伝えたのだろう。
ワーファ公爵は「手がかりが掴める」程度にしか言っていなかった気がするけど…。
いや、ティルサのことだからきちんと伝えたところで曲解したかもしれない。あいつは自分に興味があることしか聞いていない。
「ティルサ様、これ以上はお控えください」
「ちぇー、わーかったよ。じゃあねー、ココオンちゃん。楽しみにしてるよ?」
ティルサは不満そうに壇上から降りる。
拍手は起きなかった。
入学式が終わり、寮の部屋に戻ってゆっくりしていると、突然外の呼び鈴が鳴らされた。
「はーい、どちら様でしょう」
「失礼いたします、ココオン・フォン・アコルデ閣下はいらっしゃいますでしょうか」
ドアを開けると4人の女子生徒が立っていた。
「はい、ココオンは私ですが…」
「ティルサ様のことで謝罪に伺いました」
改めてその生徒たちを見ると特徴的な尖った耳を持っていた。
なるほど、閣下と呼んだのもうなずける。
この学園内では身分は関係ない、なんてことはない。テストの点数は身分関係なく厳正なものではあるけれど、それとこれとはまた別の話だ。
当然、私も様付けで呼ばれる立場ではある。しかし閣下とは『アコルデ公爵』への敬称だ。
つまりはこの4人はココオンに会いにきたのではなくアコルデ公爵に会いにきた、ということになる。
「リルラ家の分家筋がいかがしましたか」
「御前失礼いたします。先程の無礼な発言、主人に変わりまして謝罪に参りました」
その尖った耳はエルフである証。そして、世界にはリルラ公爵家とその親戚筋にしかエルフは存在しない。これには色々と複雑な事情があるけれど割愛。
ちなみに、分家の人間は本家には敵わずとも各家の能力に秀でている。アコルデ公爵家なら剣の腕、リルラ公爵家なら魔法の腕ってね。
「入学式におきましてはティルサ様が大変なご無礼を申し上げ、謝罪いたします」
「いえいえ、お気になさらないで…とはさすがに言えませんが。リルラ家から正式に謝罪を受け取らせていただければ結構です」
「元よりそのつもりでございます。リルラ公爵閣下にご連絡申し上げましたので数日中に」
話をまとめると、ではそろそろ失礼いたしますとそのエルフたちは帰っていった。
「しかし、わたくしも閣下は主席でご入学されると思っておりましたので正直驚きました」
傷をえぐる言葉とともに。
「あれ、ココオンさんどうしたんですか?ドアの前でつったって」
「リルラ家に喧嘩売られた…」
「え?」
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