火種
大和との大きな戦が始まり、半年ほど経っただろうか。はじめは均衡した戦いも、徐々に傾きつつあった。
これまでに二度、大和は我々を従えようと軍を送り込んでくるが、いずれも虚しい結果に終わってしまっている。
呰麻呂が反旗を翻してから、大将阿弖流為に率いられた我々は、ことごとく大和を潰し回ってきた。
この間殺した大和の兵は私のことを鬼、獣だと最後の力を振り絞って罵ってきた。真っ赤な血にまみれた顔で、それこそ鬼の眼で睨みつけてきたのが記憶に残っている。
そしてその記憶が蘇る度、私は少し笑ってしまうのだ。遣る瀬無さを伴う怒りの感情とともに。
我々が自身の身を汚した血を洗い流すように、戦で流された血、亡者の哀れな叫びで汚れたこの日本の地は今、大嵐に見舞われていた。
この時期に嵐がやってくるのは全く珍しいことではなく、我々に豊穣の雨を降らせるということで、大変歓迎されるものである。
勿論両軍共に嵐への対応に追われ、戦は沈着状態になっている。この状態はあと二日は続くだろう。
だが私はそんな中今、嵐の真ん中に立っている。猛烈な風を受け、雨に体を打たれながら走り、いつしか周りの景色は森の中に開けたなだらかな土地に変わっていたのだ。
見上げると青い空が広がっていたが、雷の轟音が絶え間なく響き渡り、霧のような小雨が目に映っている。
風は全くない。が木々や草は身に纏った雨粒を披露するかのようにかすかに揺れていた。
そして今、私の目の先には、一人の人間がいる。
長い髪をもった、背の低い女子のように見えた。真っ白な衣に身を包み、木々と共鳴するように髪をなびかせていた。
こちらにはずっと背を向けおり、その場から一歩も動かなかった。
私は一歩、足を踏み出す。不意に雷の音が止んだ。足が地面につき、草を踏みしめる音がかすかに響く。
その瞬間、これまでに経験したこともないような突風を体に受け、思わず声を上げてその場に尻餅をついてしまった。
あまりの突発的な出来事に驚き、慌てて顔を上げると、さっきまで見通しのよかった景色が一転。濃霧に飲まれていた。
雨が強くなり、雷鳴が轟く。草木も荒々しく音を立て始めた。
とっさに立ち上がり、その場であたりを見回して少女を探す。衝撃と霧のせいで方向感覚がおかしくなっていたが、霧の中に少女を発見した。
少女はゆっくりと歩き出し、霧の中に消えそうになった。
私はそれを追わんとまた一歩踏み出すが、また正面から突風が突っ込んでくるではないか。
足腰に力を入れて必死に踏ん張り、腕で顔に当たる風を凌いだ。腕越しに目をすぼめ、歩いていく少女を追う。
風と霧、雨が彼女の姿を白く霞める。そのうち霧の中に全く姿を消しそうになった。まもなくして再び私の目前に姿を見せた時には、真白な髪を風にたなびかせていた。
私は微笑んだ。
大和の終焉は、まもなくして訪れるのだ。ーーー