この日常は特別なのか?
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七海 2018/9/2 18:22
@umi_nanami
初めて江ノ島に行ってきた!!
すごい歩いてクタクタだけど、いい景色も見れて満足!
また行きたいな……
和成 2018/9/2 19:18
@kazu_135420
返信先:@umi_nanami
その写真綺麗だね。
僕も江ノ島行ったことあるよ!
岩屋までの道のり、結構キツかったでしょ?笑
140の文字の中に、どれだけの思いを込められるだろう。
僕は目の前のツイートを凝視し、本当にこれでいいのか、と考え込んでいた。
『その写真綺麗だね。僕も江ノ島行ったことあるよ! 岩屋までの道のり、結構キツかったでしょ?笑』
旅行したと綴る彼女のツイート。それはどこか楽しさに満ちていた。七海という名前に似つかわしく、彼女は海の画像を載せていた。江の島の岩屋から見える幻想的な夕焼けに染まる海は、酷く幻想的で、眩しい。海に行ったという、それだけのツイートなのに、なぜか胸が締め付けられる。
僕は期待を込めて、その文章を送信した。
まるで返事を期待するような文章であることに、寒気を感じながら。
2tweet
七海 2018/9/3 8:14
@umi_nanami
返信先:@kazu_135420
そうだね、結構疲れた笑笑
十七時に送ったツイートへの返信が来たのは、翌日の九時だった。携帯の着信は返信に対する通知で、僕はスクールバッグから携帯を取り出し、ツイッターを開いた。
『そうだね、結構疲れた笑笑』
素っ気ない彼女の返信。それなのにこんなにも堪らない想いをするのは、なぜだろう。
「今、返信したのかな…」
授業が始まる直前、にぎやかなクラスの中、僕は教室の窓際でスマホをいじる彼女の後姿を見つめた。
七海。返信が送られた彼女のアカウント名は、海の大好きな彼女にぴったりな名前だ。
少し離れた席、携帯をいじっている彼女。
彼女は一体、何を思っているのだろう。
3tweet
七海 2018/5/28 20:08
@umi_nanami
返信先:@kazu_135420
フォローありがとう!
彼女のアカウントをフォローしたのは、彼女からのフォローがきっかけだった。
僕にはあまりフォロワーがいなかった。ツイッターを始めたのも、好きなアニメとか、俳優とかのツイートを見たかっただけで、友達もそんなにフォローしてはいなかった。だから高校の同級生、ましてや彼女からフォローされるとは思ってもみなかった。
なんてことない、多くのフォロワーの中の一人。そんなことはわかっていた。それでも、彼女からのフォローは堪らなく嬉しかった。
『フォローありがとう!』
なんてことない文章。
それを送るのに、十分もかかったことに、画面の時計を見て驚いた。
4tweet
七海 2018/6/14 18:21
@umi_nanami
返信先:@kazu_135420
あのさ、数学得意だったりする??
僕のツイートにいいねがついた。誰かと思い開いてみると、それは彼女からだった。
僕と彼女はフォロワー同士になった。
それでも、特に会話を交わすことはない。彼女のツイートをホームから眺め、たまにいいねをつける。彼女はよく海の写真を載せていた。みなとみらい、横須賀、いろんな場所の海を。しかしそれに対して返信を送れるわけでもなく、結局は彼女の充実した日常を傍観するだけだった。
だから何も変わらないし、変えようとも思わなかった。このまま、彼女の日常を眺めているだけでも、僕にとっては幸せだったから。
しかし、そんな時だった。
彼女から、僕宛のツイートが送られてきた。リプライも、ましてやいいねもしていないのに。僕は慌てて、ツイッターを開く。
そこには、一言だけ、記されていた。
『あのさ、数学得意だったりする??』
5tweet
和成 2018/6/14 18:56
@kazu_135420
返信先:@umi_nanami
まあ、それなりには出来るけど…
七海 2018/6/14 19:58
@umi_nanami
返信先:@kazu_135420
ほんと?! 期末テスト今回やばそうで…
放課後自習する日あったら教えてくれない?
和成 2018/6/14 20:12
@kazu_135420
返信先:@umi_nanami
火曜なら!
『まあ、それなりには出来るけど…』
『ほんと?! 期末テスト今回やばそうで… 放課後自習する日あったら教えてくれない?』
本当に些細なやりとりだった。クラスの中で、休み時間にやれば済むような会話を、僕と彼女はツイッターの中で交わしていた。
学校でしゃべればいい、ツイートする必要なんてない。そんなことわかっていた。けれど照れくさいし、それに、頼られている感覚が無性に嬉しく思えて、僕は返信を送ってしまう。
『火曜なら!』
予定のない、予定を作ってでも、それでも。
6tweet
自習帰りの電車は、いつもとは違い途中まで彼女が隣にいた。授業が終わった十六時頃から、僕と彼女は図書室の角の席で二時間くらい数学の勉強をした。彼女は確かに少し苦手だったけど、呑み込みは早くてそこまで教えることは苦痛ではなかった。
それに、彼女といる時間は、何よりも楽しかった。
「今日は本当にありがとう!」
「いや、僕もいるつもりだったし」
「それでも、ありがとう。おかげで次の期末テスト、何とか乗り切れそうだよ」
ありもしない事実を並べ、僕は彼女と一緒に勉強する時間を作った。馬鹿げているかもしれない。噓をつく理由もないし。でも、彼女のその言葉と笑顔が、嬉しかった。
ツイッター以外で言葉を交わしたことは、ほとんどなかった。だから、彼女とまともに言葉を交わすことは、これが初めてで。
すごく、胸が締め付けられる。
君は……
そのあとの言葉が続かないまま、彼女の降りる駅に電車は到着した。
7tweet
七海 2018/6/17 19:09
@umi_nanami
返信先:@kazu_135420
今日は本当にありがと!
好きな人いるの?
そんなこと彼女にいきなり聞く勇気は、僕にはなかった。
教室の隅で彼女の横顔を見つめていただけの、ただのクラスメイト、ただのフォロワーのうちの一人の僕に。
「またね」
彼女は電車から降りる時、精一杯右手を振っていた。
『今日は本当にありがと!』
送られた返信が、脳裏に焼きついて離れない。無邪気な笑顔、気さくな話し方、僕にも接してくれる、彼女の優しさ。
直接触れたのは今日が初めてだったのに、すっと心の奥底に記憶が浸み込んで、心から離れない。
ああ、そうか。
僕は彼女に恋をしたんだ。
8tweet
期末テスト後の帰り道、一人歩く僕に、彼女は声をかけてきた。
「テストちゃんと出来てたよ! 本当にありがとう!」
胸を締め付ける彼女の笑顔に、僕は良かったね、と返した。
「でも本当、教えるのうまかったよ。また教えてほしいくらい」
「僕でよければ、いつでも」
「ほんと、やった」
彼女は大きな笑顔を浮かべて、小さくガッツボーズをした。僕は少し顔を緩ませて、静かに彼女の笑顔を見つめる。
「そういえば、私の海の写真、よくいいねしてくれるよね。海好きなの?」
「綺麗な写真だからさ……」
「ほんとに? ありがとう」
彼女は嬉しそうに、また笑った。それからしきりに、海の話をし始めた。みなとみらいの海が大好きとか、今度の夏休みにも海を見に行こうと思ってるんだとか。彼女はとても、とても嬉しそうに、そう話していた。
彼女と別れた後、電車の窓から彼女の後姿を懸命に目で追っていた。
彼女の優しさと笑顔から、気づけば彼女が僕には特別な人となった。
フォローも、その笑顔も、僕には特別だった。
僕の特別は、君には日常なの?
そんなこと、僕に聞けるわけがない。
これから先、彼女と接し続けていれば、彼女も特別な人と思ってくれるのだろうか。図書館で数学を教え続けていれば、その日常は特別な日々に変わるのだろうか。
僕は、彼女と……。
何もかもがまだわからずに、ただ僕は、ツイッターを開く。
9tweet
七海 2018/9/2 18:22
@umi_nanami
初めて江ノ島に行ってきた!!
すごい歩いてクタクタだけど、いい景色も見れて満足!
また行きたいな……
和成 2018/9/2 19:18
@kazu_135420
返信先:@umi_nanami
その写真綺麗だね。
僕も江ノ島行ったことあるよ!
岩屋までの道のり、結構キツかったでしょ?笑
海は昔から好きだった。自分の名前の一部でもあるし、小さい頃はおばあちゃんの家の近くの海へ行き、いつまでも砂浜で遊んでいた。だから高校生になった今でも、海の近くが妙に恋しくて、私から提案する場所はそんなところばっかりになってしまう。
江ノ島のツイートをしたのは、家への帰り道だった。
慣れないベッドや枕のせいか、体が妙に重い。私はベッドから起き上がると、決まったルーティーンのように、スマホを取り出して、ツイッターを開く。
昨日の江の島のツイートに、リプはいくつか来ていた。綺麗な夕暮れの海の写真は、それだけで何か良いものみたいに作り上げてくれる。
ざっとリプを見返す。そのなかでも、彼からのは文章はちょっと長かった。
和成君。クラスメイトの彼をフォローしたのは、一か月ほど前のことだった。
「良い人、ではあるけどね」
私は思い出に浸りながら、投げ捨ててあったブラウスを羽織った。
七海 2018/9/3 8:14
@umi_nanami
返信先:@kazu_135420
そうだね、結構疲れた笑笑
学校で携帯を開き、私は手短に彼のツイートのリプを送った。そしてそっとツイッターを閉じると、昨日撮った江の島の写真を眺めた。
江の島の海をバックに映っているのは、私と、一緒に行った彼だ。
「次のデート、どこに連れてってくれるのかな」