第5話 魔王の娘が異世界に来たので、のんびり庶民ライフを楽しむことにしました!
「……いいのか? 指先とはいえ、お前の胸いきなり触ったんだぞ。そんな男が兄貴でいいのか?」
俺は言った。
「だから、それを許すかわりに、私のお兄ちゃんになって。……ここに住まわせて。昔話にあるじゃん。あるお兄ちゃんの家に、海の底から妹がやって来て、お兄ちゃんがとーっても妹をかわいがる話。私、あの昔話大好きなの。昔からのあこがれなの。お兄ちゃんは優しくて、強くて、妹のために命を懸けて戦ってくれるんだよ。助けてくれるんだよ。私、そういうお兄ちゃんが欲しかったの!」
「どこの昔話だ?」
「……魔王国の。知らない? 妹姫ってお話」
「しらんなあ」
リジーががっかりした。
「知らないなら仕方ないけど。ね? いいでしょ? 妹にしてよ、お兄ちゃん! 胸は触っちゃだめだよ!」
その時だった。リジーの腹の虫が鳴った。リジーの顔が真っ赤になる。
「腹減ってるのか?」
「……減ってないもん」
全力で否定した。が、再び腹の虫。
「き、気のせいよ!」
「魔法でどうにか出来ないのか?」
「……魔法で食べ物を作ることは出来ないもん。だいたい、魔法使うとお腹空くし。ていうか、別にお腹空いてないし!」
言った直後、再びリジーの腹が鳴った。リジーは耳たぶの頂上まで真っ赤だ。
「腹空いてんじゃねーかよ」
「だーかーらー、お腹いっぱいだってば!」
あくまで否定するつもりのようだ。
「腹減ってんだろ?」
「……」
俺は大きく息を吸ってから、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「俺はお前の『お兄ちゃん』だぜ? お兄ちゃんてのは、妹の世話をするもんだ。今から飯を用意する」
「え?」
リジーが戸惑いの表情を見せた。
「どゆこと?」
「俺はお前の『お兄ちゃん』なんだろ? お前がそう言ったんだぞ。ということで安心しろ。ここが今日からお前の家だ。胸触った罪滅ぼしもあるしな」
俺の喋っている意味をやっと理解したらしい。
リジーの顔が明るくなった。満面の笑みだ。
「わーい! やったー! ありがとう、お兄ちゃん! ドラちゃん、ここに住んでいいってよ!」
経済的には問題ない。我が家は両親共働きで、生活には余裕がある。
実際、俺は常識の範囲内というゆるい制限で、事実上使い放題の家族カードももらっている。妹一人とペットのドラゴンが増えたくらい、なんてことないだろう。
異世界から来た身寄りのないお姫様とドラゴン。どうして放置できよう。
俺は優しいのだ。
――というのは表向きの理由である。
俺はリジーのつるぺたバストを見た。
なるほど、今は貧乳かつスレンダー。俺の劣情を刺激するには未熟すぎだ。さっき触ったが、何の興奮もなかった。
だが、これから数年後、目の前の未熟な少女が、巨乳かつダイナマイトバディにメタモルフォーゼしないと誰が言えよう? いや言えない(反語)。
そうなれば、同じ屋根の下に血の繋がらない巨乳妹が同居中、という夢のようなシチュエーションが現出するのだ。
リジーは「お兄ちゃんかー、お兄ちゃんだー、わーい」とはしゃいでいる。こいつ、そんなにお兄ちゃんに甘えたかったのか。たしか、元の異世界に兄がいるんじゃなかったけ?
「なあ、リジー。お前、元の世界でも兄がいたんだろ? なんでそんなに嬉しそうに『お兄ちゃん』って連呼してんだ?」
「ああ、『親愛なるクリストファお兄様』のことね」
リジーはふーっと大きなため息をついた。
「クリストファお兄様はね、次期魔王様なの。お兄ちゃん、なんて気軽に呼べるような存在じゃないのよ。どんなときも『親愛なるクリストファお兄様』って呼ばされていたわ。年だって、15歳も離れているしね。私にとっては兄というより、二人目のお父様ってイメージよ。とーっても厳しかった」
「ふーん」
「私、魔王の娘じゃない? だから、お父様とお兄様からそれはそれは厳しいしつけを受けていたのよ。魔王家のレディとして恥ずかしくないように行動しなさいって。とても窮屈だった。……それもあったのかな、異世界に逃げ出してきたの」
リジーがドラゴンの頭をなでる。ドラゴンは猫のように喉をゴロゴロ鳴らしている。
魔王の娘。ロイヤルファミリー。
庶民の俺には贅沢三昧遊び放題に思えるが、実際には伝統としきたりに縛られ、思った以上に不自由なのかも知れない。想像出来ないが。
「で、お前はこっちの世界で、どうしたいんだ」
「そうね……」
うーん、と考え込む。
「……庶民ライフ、かな?」
「庶民ライフ?」
「うん。のほほーんと、何も考えずに、その日暮らしをしたいな」
「庶民だって、色々大変だぞ? 魔王国の庶民がどんなのかは知らないが、きっと仕事やお金の心配はしているぞ。何も考えてないことはなかろうよ」
「そんなの、王族の悩みに比べれば軽い軽い!」
断言したな。魔王国の庶民が聞いたらきっと怒るぞ。
まあ、政略結婚なんて、考えただけでもぞっとするのは確かだ。異世界の魔王様ご一家に限らず、ロイヤルファミリーにはロイヤルな悩みがあるってことだろう。
「わかった。庶民ライフな。見てわかるとおり、俺の家は庶民だ。よかったな。希望通り庶民ライフが送れるぞ、リジー」
リジーは嬉しそうに頷いた。
「魔王の娘が異世界に来たので、のんびり庶民ライフを楽しむことにしました!」
右手を大きく挙げて、元気よく宣言するリジー。
「なんだ、その駄目なラノベみたいな人生目標は」
「ラノベ?」
「なんでもない。気にするな」
こうして、俺とリジーそしてドラゴンの同居生活が始まったのだ。