第10話 さようならデヴィ
「きっと、自分のうちに帰ったんじゃない?」とリジー。
「クリストファの家って、どこだ? 魔王国か?」
「そう」
「アスカは? アスカはお前の世話係だろ? お前を置いて帰るのか?」
「そっか」
リジーがうーんと唸る。
「ユウヒの家だよ、たぶん。僕の嗅覚では、ユウヒの家の方角から二人の匂いがする」
ドラゴンが言った。こいつ、そんなに嗅覚良かったのか。
「それじゃ、私は魔王国へ帰るわ」デヴィが言った。
「おう。色々世話になったな」
デヴィが俺の目を見ながら、近寄ってきた。口を耳元に寄せる。
「知ってるよ。私をオカズにしたでしょ。気持ちよかった?」
心臓が止まるかと思った。
な……なんで、分かるんだ、と自問してすぐに答えが分かった。
魔眼だ。デヴィは魔眼で俺の心を覗いたに違いない。
くそう。
正直に答えるしかないのか。しかし、そんな恥ずかしいこと出来るわけ無い。今の俺に出来る返答は……。
「……お世話になりました……ありがとう……」
「顔赤いよ?」
ふふ、とデヴィが笑う。
「私がいなくなったら、寂しくない? ……どう? 魔王国へ来ない?」
「え?」
突然の申し出に俺は驚いた。
「俺、ただの人間だぞ? 魔王国なんかに行ったって……。ま、まさか、デヴィ、お前、俺のことを……」
デヴィがキッと俺に視線を送る。
「な、何勘違いしているのよ。に、人間族の研究用だからね!」
語気を強めてデヴィが言った。
「……魔王国に帰ってしまうと、人間族に接する機会はないわ。あるとしても国境付近での小競り合いの時かキングスランドにスパイとして潜入した時くらい。じっくり研究は出来ないわ。その点……あ、あなたなら……わ、私に協力してくれるでしょ? ホントにそれだけなんだからっ!」
かすかに頬が赤い。
「お兄ちゃんを横取りするなーっ!」
リジーが後方から叫ぶ。
「私が先に見つけたんだよ?」
デヴィを睨みつけながらリジーが言った。
なんだその理由。まるで捨て犬じゃないか。
「はいはい。そうでした。あなたはリジーのおもちゃ、下僕だもんね。ま、いっか。移り気なエリザベス様のことだからどーせすぐに飽きるでしょう? その時まで待つわ」
とデヴィ。
「飽きないもん」
リジーが言い返す。そして俺を見た。
「ね、お兄ちゃん!」
俺に振られても。
「お兄ちゃんか。そうだったわね。妹姫のお話かー。私もあの話好きなのよね」
デヴィが軽くため息をつく。
「……下僕さん、妹姫の結末知ってる?」
「いいや」
「そう……知らないんだ」
意味深な表情のデヴィ。
「なんだよ、教えろよ。気になるじゃないか」
「気になる?」
「焦らすな」
俺が言うと、デヴィは悪戯っぽく笑ってから、俺の耳元でこういった。
「……妹姫はね、お兄ちゃんと結婚するんだよ。リジーもその結末期待しているのかもね」
それだけ言うと、デヴィは「さよなら」と言って消えた。
「何話していたの?」
むっとした顔でリジーが俺に近寄ってきた。
「いや、特に……」
「ふーん」
リジーがねちっこく俺を見る。
「お兄ちゃん、デヴィのこと好きなの? おっぱいおっきいから?」
「だからそういう話じゃないって」
「お兄ちゃん、意外とえっちぃね」
リジーが両腕で胸を隠した。
「リジーの胸見ないでよね。えっち!」
見るほどのものはなかろう、と言いかけてやめた。
どちらかと言えば俺はエロい。えっちと糾弾されても仕方ない存在だ。
それはともかく。アスカとクリストファだ。特にクリストファ。あいつがいないとリジーは異世界に帰れない。魔導転送機は壊れたままなのだ。
「リジー、家に帰ろう。ドラゴンが言うとおり、クリストファは多分俺の家だ。まず、本物のお兄さんの無事を確認しないとな」
リジーがこくんと頷く。
そんなこんなで。
俺、ドラゴン(介助犬に偽装)、リジーは俺の家へ向かった。




