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第10話 お兄ちゃんの子供が欲しいの……

「なぬ?」

「だから、お兄ちゃんのお嫁さんにして!」


 いきなりのリジーの告白に、俺はひっくり返りそうになった。


「お前、意味分かって言ってるのか?」

「うん」


 うん、じゃねー。


「あのな、兄妹は結婚できないんだ」

「できるもん。血が繋がってないと結婚できるもん。さっき読んだ童話に書いてあった」


「だから、それはラノベ! 妹趣味のラノベ!」


「結婚してたもん!」


 何を言っても、リジーは「やだー、お兄ちゃんのお嫁さんになるー、童話にお兄ちゃんと結婚できるって書いてあるー」と大騒ぎだ。


「ダメですエリザベスお嬢様! キングスランドの王子様ともう婚約しているのですよ!」

 アスカがたしなめる。


「大丈夫、婚約破棄するもん」

「大丈夫じゃありません! だいたい、こんな貧相な人間族のどこがいいんですか?」


 リジーが俺の顔を見る。


「……全部」


 え?


「初めて会ったときからね、好きだったの……」


 リジーの顔が赤くなった。


 まさかの告白。


 ちょっと待ってくれ。


「おい、リジー、何を言ってるんだ? 俺はお兄ちゃんだ。お兄ちゃんというのは妹と結婚したりしないもんだ」

「するって書いてあった。図書館にあった童話に」

「それは妹趣味のラノベだ。空想上のお話だ」

「えー……うそー」


 そこに目を輝かせてドラゴンが話に割り込んできた。


「いや、出来るね。法律上は血が繋がっていない兄妹は結婚できる。民法を解釈するに、そうだね」とドラゴン。


 くそ、ドラゴン。妙に博識じゃねーか。六法全書読破しやがってたのか。


 リジーが俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。


「あ・な・た」


 俺にもたれかかる。


「おい、まだ結婚するって言ってないぞ」

「じゃ、言ってよぉ」


 リジーがキラキラした目で俺を見た。


「おい、アスカさんとやら、どうにかしてくれ。短期間妹として世話をするのは問題ない。だが、結婚するとなると話は別だ。リジーを魔王国へ連れ帰ってくれ」


 俺はアスカに言った。


「もちろん、連れ帰ります。エリザベスお嬢様! 今度こそ逃がしませんわ!」


 エリザベスを捕まえようとしたアスカの前に、ドラゴンが立ちはだかった。


「なんですの? 火炎でも吐きますの? 淫の血統(サキュバス)の催淫魔法はドラゴンにも効くって、ご存知?」


 ドラゴンは火炎を吐かなかった。かわりにアスカに話しかけた。


「アスカ。君は、リジーの世話係だろ?」

「ええ」

「だったら、リジーの幸せを願うべきなのでは?」


 アスカが黙り込む。


「リジーは遠藤ユウヒが好きなんだ。その思いを尊重することが、世話係の本来の役目なのでは?」

「でも、キングスランドの王子様は、それは立派で、かならずお幸せに……」

「ならないもん! 私、お兄ちゃんが好き! お兄ちゃんの子供が欲しいの! 私の幸せはここにあるの!」


 リジーがさらに強く俺にしがみついた。


 おいおい、いつの間にそこまで俺に惚れ込んでいたんだ……。


「そこまで、その人間を愛しているんですか?」

 アスカが言った。


「うん」


 リジーが力強く頷く。


「……裸見られたからではなく?」

「それもあるけど」


 アスカがはーっとため息をついた。


「……確かエリザベス様が10歳の時でしたね、私がお仕えしたのは。当時私は12歳。まるで妹のようにお世話したことを懐かしく思い出します。いろんなお話をしましたわ。……私の初恋の相談にものって頂きました」

「アスカ、親愛なるクリストファお兄様が好きだったのよね」

「……今にして思えば、恐れ多いことです。ふふ」


 アスカが優しく笑う。


「……わかりました。私は魔導転送機(トランスフェル)で帰ります。魔王様には……そうですね、エリザベス様を見失ったと報告しておきます」


 アスカは俺を見た。


「ありがとう、アスカ」

「……私は、エリザベスお嬢様の世話係ですから。ユウヒさんだったかしら。エリザベス様を泣かすようなことがあったら、私許しませんからね」

「お、おう、わかった」


 俺の返事を聞くと、アスカは微笑みながら空に向かって飛んでいった。


 その姿を目で追っているうちに俺は気がついた。


 周囲の生徒は誰も動いていない。不自然なポーズで止まったままだ。


「……時間が止まっている? 魔法か?」

「違うよ。前にも言ったとおり、いくら魔法でも時間をコントロールできない」


 ドラゴンが言った。


「でも、みんな止まっているぞ?」

「そう。みんなの動きを止めたんだ。デヴィが舞い降りてきた瞬間、ボクの魔法で周囲の人間族をフリーズしたんだ。ユウヒは魔法力無効(キャンセレーション)固有技能(スキル)のせいで、影響なかったみたいだね」


「……解除してやれ」


「そうだった」


 ドラゴンが呪文を呟くと、生徒達が動き出した。


 さて。


 ドキドキしながら、俺はリジーの方を見た。

 どうしよう。告白されてしまった。どう対応したらいいのか。


「なあ、リジー。さっきの件だが……」

「ありがとね、お兄ちゃん!」


 俺が台詞を言い終わる前に、リジーが言った。


「ああ。どういたしまして」


 意味が分からないままに返事をする。


「ごめんね、お兄ちゃん。あーでも言わないと、アスカしつこくて。あーでもよかった。うまく騙せたよ」


 騙せた?


「……言ってる意味が分からないんだが?」


 リジーが俺を見て笑った。


「本当にお兄ちゃんが好きなわけないでしょ!」




 え?




 ドラゴンが説明してくれた。


「ボクが考えたんだ。今度アスカが来たら、リジーはユウヒが好きだってことにしようって。アスカは優しいから、リジーがこっちの世界に好きな人がいるって言えば、きっとお幸せに、って言って帰って行くと思ったんだ!」

「大成功だね! ドラちゃん! ドラちゃん賢い! さすがだね!」


 手を取り合って喜ぶリジーとドラゴン。


「つまり、あの告白は……演技?」

「うん。なかなか演技派だったでしょ、私。演劇部に入ろうかな」


 リジーがケラケラ笑った。


「あ、でも、裸見られたのは本当に恥ずかしいんだからね! すごくすごく、恥ずかしいんだから!」


 うっすら顔を赤らめてリジーが言った。


 なんだろ。どっと疲れが出た。


 そんな感じで、登校1日目が終わったのだった。 

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