第5話 放課後から始まる異世界ライフ
リジーを連れて1年の教室に戻った時には、もう2時間目が終わりかけていた。リジーが倒れて介抱していたと適当な嘘をつき、俺は自分の教室に戻った。
破れたスカートは魔法で繕った。魔法でゼロから物を作るのは困難があるようだが、修理したり復元するのはできるようだ。
毎時間様子を見に行ったが、特に問題はなかったようだ。「手術がー」「お兄ちゃんはねー」「ほら、介助犬だよー」という声が聞こえて来たので、普通の話をしていたのだろう。
一日が終わった。
俺はリジーを迎えに1年1組に向かった。
教室では数人の生徒が残って談笑していたが、リジーはいない。
「リジーちゃんのお兄さんですか?」
1人の女生徒が話しかけて来た。
「はい、そうです。リジー迎えに来たんだけど……」
「リジーちゃんなら、図書館に行くって言って、出て行きましたよ?」
「図書館?」
「ええ」
何のために図書館に行ったんだろう?
俺は図書館に向かった。
閲覧室に入る。勉強している生徒や読書している生徒のなかにリジーがいた。
机の上に何冊もラノベを並べている。足元でドラゴンも本を読んでいた。ドラゴンは百科事典を読んでいるようだ。
俺は周囲の邪魔にならないように、小さな声でリジーに話しかけた。
「……本を読んでいるのか?」
「しーっ!」
リジーがノートの切れ端に鉛筆で字を書いて渡した。「図書館は私語厳禁なんだよ」と書いてある。
リジーから鉛筆を受け取り、「話がしたい。外に行こう」と余白に書いた。リジーが頷き、立ち上がった。ドラゴンもあとをついてくる。
図書館を出て中庭のベンチに座った。自販機でオランジーナを2つ買う。
「なんでまた図書館なんかに行ったんだ?」
オランジーナをリジーに渡しながら、俺は言った。
「これどうすんの?」
缶ジュースの飲み方かがわからないようだ。プルタブを引っ張り、飲めるようにしてやった。
「おお、シュワシュワだー! 甘いねー、これ! 美味しい!」
魔王国には炭酸飲料がなかったのか。
「それはよかったな。で、なんで図書館に行ったんだ?」
「それはもちろん、知識を身につけるためさ!」
リジーの代わりにドラゴンが答えた。
「魔王国では“智識の塔”に本が集められている。ボクがこんなに賢いのは“智識の塔”に入り浸っていたからさ。心理融合よりも、本のほうが深い知識ば学べるんだ」
「ほほう」
「で、休み時間に調べたら、この学校にも“智識の塔”みたいなのがあるじゃないか。だから、放課後リジーを誘ったのさ」
「それが図書館だったと」
「そう」
なかなか真面目だな、このドラゴン。
「特に辞典というのがすごいね。百科事典に歴史辞典、地名辞典……この世界のこと、理解してきたよ!」
得意げなドラゴン。
「何冊か読んだのか?」
「何冊どころか、ほぼ全部読んだよ。ボク本読むの速いんだ。賢者ドラゴンの異名は伊達じゃないからね」
リジーはなんでラノベを読んでいたんだろう? 俺はリジーに尋ねてみた。
「ラノベ? よくわかんない。私が読んでいるのは童話だよ」
確かにラノベは中高生向けの童話と言えなくもないか。
「で、どんな話を読んだんだ?」
「トラックに轢かれた高校生が異世界に転生して大活躍したよ。死んでも死んでも生き返るんだよ」
「面白かったか?」
「うーん。微妙。面白いというか、暇つぶし」
お前、正直だな。
「勉強にはなったかも。男子高校生はえっち、ってわかった! お兄ちゃんも、そうなの?」
リジーが俺をじーっと見た。
「ふ、何を言ってんだ。ラノベ主人公は男子高校生を過度にスケベに描いている。現実はそこまでエロくない」
若干の焦りを感じつつ、俺は答えた。
「そーなんだー」
「息抜きにはそういう本もいいかもしれないが、勉強するならドラゴンみたいに辞典がいいんじゃないか?」
「えー、あれ、つまんないよ」
確かにそうだが、ラノベ読んでも何の役にも立たないだろう。
「とりあえず、今読んでる童話の残りを借りてくるね」
「おう。家で読むのか?」
「うん」
リジーがにっこり笑った。
「そっか。じゃあ、本読んだあとでいいから、いろいろ教えてくれ。さっきのデヴィ・カバデルのこととかな」
「わかった」
俺とリジーが立ち上がろうとした瞬間、上空から何かが降ってきた。
ズバーン! と勢いよく着地し、土埃が舞い上がる。
姿がよく見えないが、人間のようだ。
やがてその姿がはっきりと見えてきた。
デヴィ・カバデルだった。
デヴィが空から降ってきたのだ。
「よくも、あんな異世界に送り込んでくれたわね!」




