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【Program2】8(1)

 彼女に近寄っていた竜称カミナは踵を返し、邑樹スミナに向かっていく。邑樹スミナを左に置いた位置で立ち止る。

「だから嫌だと私は言ったんだ」

 悔しいと言わんばかりの言葉。

 邑樹スミナ竜称カミナに反論しない。むしろ、それで彼女に向き合わなくてはと思ったのか。彼女の前まで歩いていくと、ひざまずく。

「すまない。想像しかできないが……強い衝撃と恐怖を感じたのだろう」

 邑樹スミナは静かに彼女の手を取り、深く頭を下げる。

 彼女は邑樹スミナの姿を瞳に映したまま、次第に膝が折れていった。涙は止まらず、激しくなり。嗚咽は、大声の悲しみになり。

 しゃがんで号泣する彼女を、邑樹スミナは抱き寄せる。

「今は泣いていい。泣いて、恐怖を払拭しておいた方が……。ただ、聞いてほしい。竜称カミナは一番永くこの地にいる。もう何年も、だ。私や刻水トキナとは比にならないほどに。……私の推測だけれど、彼女はこの地に来たとき、救いの手なんて一切なかったんだと思う。だから、貴女にも強く言ってしまうだけだろう。強くないと、生き残れないから」

 背中をなでながら、宥めるように言う邑樹スミナ。──彼女は落ち着きを取り戻すと『時林ユキナ』と名を邑樹スミナに告げた。


 その日は、いつもの洞窟へと五人で向かった。見慣れた景色だが、四人には懐かしい場所だったかもしれない。

 持ってきていた食料をしっかり食べ、しっかりと寝て体力を回復し、次の朝を迎える。今度は、覚醒した時林ユキナを含めて、五人で。

「最後の戦いに行く」

 竜称カミナの一言で、他の四人の表情が変わる。『付いてこい』と言う竜称カミナに、四人は顔を合わせ、足早に歩く竜称カミナを追っていく。


 辿り着いた先には、道中にはいなかった魔物がウヨウヨ。

 ただし、これまで戦ってきた場所との違いはわからない。

「どうして、ここが最後だとわかるの?」

 刻水トキナの質問に、皆が注目すると、竜称カミナはにやりと笑う。

「これでも、次期当主だったんだぞ?」

 竜称カミナが腕を伸ばし、一点を指す。

「あの石碑は、大神を守る女神『四神シシン』が初めて降り立ったとされる場所。天界が調和を崩し魔の力があふれているとすれば、降り注ぐのはこの場所。つまり、コイツらを滅ぼし、我々が地を清めれば収束する。……恐らくな」


 見えなかった終わりが、見えた瞬間。

 それは、歓喜と絶望が入り混じった瞬間でもあり。


 戦いは竜称カミナ邑樹スミナが指揮をとり、刻水トキナはふたりの補佐を。龍声リュウナ時林ユキナをフォローしていた。時林ユキナにとっては皆と戦うのは最初で最後の戦い。


 この先が見える分、長くも短くも感じられる戦い。──五人で、竜称カミナたちは最後の戦いをした。



 彼女たちはひとりも欠けずに、魔物は滅びた。戦いに幕を閉じるため、石碑に五人の清い乙女の生き血を垂らす。

 一瞬だけ空が雷を落とすように光り、鎮まる。


 流れるのは静寂。

 それは、喜びに包まれた『勝利』と呼ぶにはほど遠いもの。──この地で失った命は、多すぎた。




 静寂の中、軽く風が吹く。呆然と立ち尽くしていた五人だったが、それをきっかけに、ひとりが口を開く。

「よかった。これで……みんなは救われたんだ。やっと、私たちも戻れる。友達にも……会いに行けるんだ」

 明るく希望をまとった声は、龍声リュウナ。ふと、龍声リュウナ刻水トキナを見ると、パッと笑う。

刻水トキナ、これで刻水トキナも大事な人のところに帰れるね。今まですごく大変だったけれど……生き残れてよかったよね」

 屈託のない笑顔に刻水トキナは表情を曇らせることもできなかったのだろう。誰となく顔を見合わせるが、誰も笑い返せずにいる。

 刻水トキナ邑樹スミナも、竜称カミナも、この笑顔が大好きなのだろう。だからこそ、苦笑いすらできない。失いたくない、壊したくないと思う、支えられてきたものなのか。歳月で姿は変われど『人間』なんだと思わせる一種の魔法のような、龍声リュウナの笑顔。

 刻水トキナが返答に困っていると、竜称カミナが近づき、言いにくそうに口を開く。

「けれど、龍声リュウナ。私たちはこんな姿になってしまったんだ。帰っても、そうかんたんには……」

「どうして? そんなこと、ない。あり得ないよ! 私たちは命を懸けてみんなを守った。そうでしょ? みんなだって、それを理解してくれているはず。あたたかく……迎え入れてくれる。そう、竜称カミナだって。これから絶対に幸せになれる!」

 必死に叫ぶような龍声リュウナは、強く竜称カミナの言葉を否定した。

 四人はあまりにも強い言葉に、もう一度顔を見合わせる。


 やがて、ひとり同意するようにうなずいたのは、竜称カミナ

「そう……だな」

「そう……ね。そうよね」

 続くのは、刻水トキナ邑樹スミナはぎこちなく賛同し、時林ユキナも何となく首肯する。

 四人が肯定したことで、龍声リュウナは満足そうに笑った。


 彼女たちは、龍声リュウナの言葉を甘えだと思いながらも信じたのだろう。いつだって、希望は龍声リュウナが一番強く持っていた。いつも無邪気な言葉を明るく言って支えてくれていた。──だからこそ一縷の望みを信じようと思ったのかもしれない。いや、ただ龍声リュウナを──龍声リュウナの気持ちを守りたいと思っただけだったのか。

 期待すればするほど、裏切られたときの胸の苦しみ、痛みは計り知れないものだと幼さを過ぎた四人は知っていたはずだ。


 四人は『当然の結果』が待っていたら、『龍声リュウナがいてくれればいい』と思っていたのかもしれない。




 五人は村を目指した。来てまもない、時林ユキナの村だ。


 現実は、竜称カミナの言った通りだった。五人の変わり果てた姿を見て村人たちは恐れ、拒んだ。


 龍声リュウナは、激しいショックを受けたように固まり、罵る村人たちを遠い存在のように眺めている。

 残りの四人はため息をつき、来た道を戻ろうと背を向ける。だが、龍声リュウナは足を動かそうとはしない。


 竜称カミナがそっと龍声リュウナの背を押す。

 ふと、龍声リュウナは顔を上げた。

 竜称カミナを見上げ、龍声リュウナの瞳に涙がじんわりと浮かんでくる。竜称カミナは、更に龍声リュウナの背を押す。


 先頭は邑樹スミナがすでに歩いている。トボトボ続くのは時林ユキナ刻水トキナも歩いていたが、足を止めて動かないふたりに振り返り見つめる。


 促されるまま、龍声リュウナは足を鉛のように引きずる。支えるのは竜称カミナ

 龍声リュウナは、竜称カミナにもたれかかり、泣きじゃくっていた。




「確かめたいことがある」

 龍声リュウナだ。

 泣きじゃくっていた瞳ではない。数日が経ったのだろう。

 荒野でちいさな焚火を囲う中、龍声リュウナだけが立っている。四人は各々座っていて、龍声リュウナを驚いたように見ている。──竜称カミナを除いて。

「ひとりで行ってきたいところがあるの」

 見たことのない、真剣なまなざしで続ける龍声リュウナに対し、

「駄目だ。ひとりで行動するなんて」

「いいじゃないか。行かせてやれ」

 否定したのは邑樹スミナ。被せるように肯定したのは、竜称カミナだった。

 竜称カミナは、別人かのように変わっている。表情にも声にも覇気がない。一方で、思い詰めた表情の龍声リュウナ。──龍声リュウナは以前のように笑わなくなってしまったのだろうか。

「いいの?」

 問うのは刻水トキナだ。竜称カミナの言葉を疑うように再確認している。竜称カミナは虚ろな瞳のまま、だるそうに答える。

龍声リュウナは自らの意思で行動したいと言っている。なぜ、それを止める?」

「危険じゃない?」

 時林ユキナ竜称カミナに意見するとは、珍しい。

「奇襲でもかけられたら……」

「あんなヤツらがいくら集まったところで、龍声リュウナに危害が及ぶとは思えないな」

 馬鹿らしいと言いたげに、竜称カミナは嘲笑う。覇気がないとはいえ、時林ユキナ竜称カミナが怖いのだろう。竜称カミナの視界に入ると、言葉を失ってしまった。

龍声リュウナ、行ってきなさい」

 竜称カミナは見上げる。その声は強く、やさしい。──だが、その瞳には、たっぷりと潤いが含んでいる。

 これは、賭けなのだろうか。龍声リュウナの気が済めば、再び笑顔を取り戻してくれるのではないかという賭け。


 言われた龍声リュウナの表情は、厳しいまま。力強くうなずくと焚火に背を向け、しっかりと踏み締めて四人から遠のいていく。

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